055 片想いな彼女たちと
2万円って女子高生には大きな金額だよね。
というわけで翌日。
私に告白してくれた大好きなみんなをこれからも好きでいていいらしいので、私は少し浮足立っていた。
それでもまだすべきこと、向き合うべき人がいるから、今日も今日とて針の筵に正座する。
図書委員な彼女に、生徒会長。
保健室登校児な彼女はさすがにこのシチュエーションに呼びつけるのははばかられて、とりあえず通話をつなぐ形で聞いてもらっている。
今日のメンツは、大人組を除く私に恋愛感情を向けていない人たち……自分で言うと死にたくなるけど、ともかく。うん。
実際彼女たちは、違うんだ。それを表現する力が足りていないからひどい言い草になってしまってはいるけど。
「えっと。まず、今日は来てくれてありがとうございます」
深々と頭を下げると、向こうも口々に挨拶をしてくれる。
和やかな雰囲気だ。
もしかすると、このままするすると都合よくコトが進んでくれるかもしれない。
「今日集まってもらったのは、いろいろと……報告?というか、私が関係を持ったみんなに伝えなくちゃいけないと思ったからです」
関係を持つ、という言い方はあんまりだと思う。
図書委員ちゃんは顔を赤らめて、生徒会長さんは相変わらずの無で、電話の向こうからはため息が聞こえてきた。
でもそれ以上の言葉が思いつかないんだから許してほしい。
私はみんなを見渡し、深呼吸してから告げる。
「私は、クズになることに決めました」
さすがにどうかと思うくらいの言葉だけど、それでもかまわず続ける。
「たくさんの人を、好きでいることにしました。触れ合いたいとそう思うような好きです。好きでいてもいいのだと、そう言ってもらいました」
彼女たちは私のわがままを許してくれた。……まあおおむね。隙あらば寝首をかかれそうな気配はあるものの。そしてたぶんきっと、みんながずっと私を好きでいてくれる訳ではないのだろうけど。
それでも、私がそういう人間であるということは許容してくれたように思う。
彼女たちは、どうだろう。
私の人間性を、どんな風に受け取るのだろう。
「こうして複数に向けて言うのはどうかとも思いますが、私はあなたが好きです。仲良くなりたいと思ったから金で買いました。正直なところ全部下心です。さんざん悩んで、自分をクズだとかどうしようもないやつだとか言いながら、もっとみんなと仲良くなりたいとさえ思っています」
言葉を尽くすほどクソ野郎だ。
それが私だ。
「同じことを、言います。私を好きと言ってくれた人への言葉と、同じことを」
私は額を床にこすりつけ、そうして。
「これからも、好きでいさせてください」
言った。
どちらかというと、言ってしまったという思いのほうが強かった。
一度出した言葉はもうひっこめることができない。
前回は、断られたらもうどうしようもないのだとそう思っていた。
だけど、今は、欲望のタガが外れた私は、たぶんきっと、断られたら、耐えられない。
「わたしは、以前言ったとおりです」
するりと心にしみこむ優しい声。
くすくすと小さな笑いにホッとする。
彼女はそう、私をとっくに……ちょっとおかしな方向だけど、受け入れてくれている。
だから私の不安は、残りのふたり。
図書委員ちゃんの意思表明の後も、彼女たちはしばらく無言だった。
私は不安でも、頭を下げ続けていた。
『それって、ユミカ先輩はなんか変わるの?』
聞こえてくるのは、ユラギちゃんの問いかけ。
『それを言うから、じゃあ突然ぐいぐいくるとか、そういうことするわけ?』
「そのつもりはないよ。私はいつも通り、精一杯、好きでいる。ただ、けっきょく全部下心だって、そう分かったら、軽蔑するでしょう?」
『かわいい子といちゃいちゃとかなんとか言っといて今更?』
「あー……うんと、……そう、だね?」
そういえばそうかもしれない。
明らかに下心だ、そんなもの。
『べつに、じゃあいいよ。でもわたし、たぶんユミカ先輩を……なに、恋愛的な?そういうのムリだから』
「それは大丈夫」
好きとか嫌いとかを向けたくないと、彼女はいつかそう言った。
その思いは、私にも少しわかる。
だからいい。
というか、そもそも私のお願いはそこまでを求めてはいない。
「もしも私がうっとうしくなったら、いつでも言ってほしい。……や、まあ多分けっこう見苦しくすがりつくけど。なにせ大好きだし」
『それは見たいかも』
「えぇっ」
『冗談。じゃあちょっと切るから』
ぷつ、と通話が途切れる。
もしかして忙しかったりしたのだろうか。
だとしたら悪いことをしたなと、ちょっぴり思う。
そうして、すぐに気を引き締めた。
彼女が口を開く気配があった。
「―――島波さん。あなたの歪みは……ええ。歪みと、そう呼びましょう。私も感知するところではありました。それはあなたの個性であり、ひとつの魅力なのかもしれません」
委員長は淡々と告げる。
どんな表情をしているのだろう。
いつも通りの無表情、怒り、軽蔑、嘲るように、それとも。
「私もまた、あなたに惹かれている部分があるのは確かです。突拍子もないことをされて戸惑いましたが、あなたが私をとても大事に思ってくださっているのは理解しているつもりです。その想いは、私が初めて受け取る……心地よい、ものでした」
うれしいことを言ってくれている。
そう思う。
だけど彼女の口調は、どうしても、快く受け入れられるようなものではなかった。
たまらず見上げると、彼女は、静かに涙を流していた。
表情ひとつ変えず、声を震わすことさえなく、それでも彼女は泣いている。
「だから、私を好きでいるのはもうやめてください」
懇願だった。
私に代わり、今度は彼女が深々と頭を下げた。
「どうか私に、これ以上あなたの愛を向けないでください」
拒絶、とそう呼べるのか。
いや、拒絶ではある。
だけどこんな風に、軽蔑とかじゃない、こんなにもキレイな拒絶があるなんて。
「私は、本来は尊敬の念を抱いていただくような人間ではありません。むしろ軽蔑されるべき矮小で薄汚れた人間です」
「そんなこと」
「あなたが知らぬだけです」
きっぱりと言い切って顔を上げる。
決意のまなざしが私を貫く。
彼女は、なにか、とても大切なことを教えようとしてくれている。
「私は、心から愛する人を、嫉妬のあまりに傷つけてしまったことがあります」
「えっ」
彼女にそんな人がいるという事実と、そして彼女が嫉妬などというものを抱くのだという事実が、二重で私を驚かせた。
彼女は口惜しげに下唇を噛み、そうして続ける。
「小学5年生のことでした。幼かったと、そう言ってしまえるのかもしれません。けれど、だからこそ、それは私の中に宿るおぞましき本性なのです」
ぶるりと身震いをする彼女の語り口はあまりにも真に迫ったもので、私はごくりと唾をのむ。
強く気高い彼女にさえ、トラウマを植え付けるほどの嫉妬心。
その正体が、気になって気になって仕方がなかった。
「いったい、なにをしてしまったんですか」
私が訪ねると、彼女は恐ろしい過去を直視できないとばかりに顔を覆う。
それでも彼女は、私に、それを告げた。
「お父様のティーカップに、お、お醤油を垂らしたのです……ッ!」
「な、なんという……うん?」
ティーカップに醤油。
ちょっと雲行き変わってきたぞ。
「わ、私は、私を放ってお父様などと仲良くするお母様に嫉妬するあまり、ああ、なんと恐ろしい……飲み物に、お醤油を垂らすなど……」
毒薬混ぜたくらいのテンション感だけどそれファミレスの男子中学生くらいの次元だよ?大丈夫?価値観バグってない?
というかお父様などって。粢家の序列が悲しいことになっていそうだ。それとも禍根を残しているのか……。
「もちろん、今の私からすれば所詮子供のいたずらと理解できます」
「あ、ああ、よかったです」
いまだに醤油を劇薬と思ってたらさすがに心配だった。
「けれど当時の価値観に照らし合わせれば……きっと今の私は……あなたを好きになってしまえば、きっとあなたの飲み物に毒物を垂らすことさえするでしょう」
しないと思いますよ?????
と言いかけて口を閉ざす。
小5→醤油。
高3→毒物。
どういう飛躍なんだろう。七年熟成させても醤油は変わんないよたぶん。
おかしいな。この人が天然さんだとかいう噂は聞いていないんだけど。
え。それとも私がおかしいのかな……?いやそんなわけない。
いったん心を落ち着かせて、私は彼女に近づく。
びくっと震えた彼女の頬に手を触れて、逃さないようにと目を合わせる。
「もしも。もしも私を殺したくなったなら。いつでも言ってください」
「っ、そんなことがどうしてできますか」
「ねえシトギ先輩。嫉妬されるのって、嬉しいことなんですよ」
「うれしい……?」
理解ができない様子で首をかしげる彼女に、私は笑みを向けた。
「嫉妬って、それだけ私を独り占めしたいって思ってくれている証拠です。それって、私を好きでいてくれる証でしょう?」
「ですが、私はあなたを傷つけたくない」
「いいんですよ、あなたになら傷をつけられても」
そう言って私は首元をさらす。
ハイネックでぎりぎり隠せていた噛み跡。
私のいとおしい傷。
「好きな人になら、こんな風に傷をつけられてもうれしいんです。ほら、えっちなことをしたらキズモノっていうでしょう?好きな人とえっちをしたら、きっとうれしいと思うじゃないですか」
私は彼女に縋りつくようにして、上目遣いに見上げた。
「ねえ、シトギ先輩。……これからも、好きでいて、いいですか?」
私の問いかけに。
瞳が揺られて、ゆっくりと持ち上がった手が、そっと背に回される。
「あなたの望むような好きを、与えられる約束はできません。私は、あなたに安らぎを感じているだけです」
彼女の頬が少し頬骨を浮かせて、わずかに口元が弧を描く。
まなじりがそっと落ちて、長いまつげがふわりと揺れた。
「それでもよろしければ……どうぞ、ご随意に」
「ありがとうございます」
感謝を示すようにぎゅっと抱きしめると、ふにっと耳がつままれる。
「わたしは除け者ですか?」
ささやきが耳の産毛をざわめかせる。
いたずらめいた声ひとつであのときのことを思い出して、身体が熱くなるのがわかる。
声に反応して興奮するとか、終わってる。
パブロフもきっとこういう気持ちに学術的な理由をつけてごまかしたかったに違いない。つまり心理学者公認のやつなんだ、たぶん。
「わたしよりも生徒会長さんが好きなんですね。なんだかんだ言って優劣をつけて、わたしみたいな地味な子はおこぼれだけですか?」
「そんなことない!大好きだよ?」
悲しいことを言う彼女と真剣に向き合おうとすると、彼女はくすくす笑った。
「うふふ。嫉妬、してみました」
「かわいい。めちゃくちゃかわいい」
「わっ、えっと……ありがとうございます」
食い気味のかわいいに撃沈する。
全開でSっ気を開花したと思ったけど、やっぱり本質は変わっていないようだ。
私は彼女にずぃっと顔を近づけて、顎をつまんでくいっと見上げさせた。
「それってさ、挑発してるのかな。そんなにかわいくして、誘ってる?」
「いえ、あの、」
「ねえそれとも、大好きってちゃんと教えてあげたほうがいい?あんなにたくさん言ってあげたのに、冗談でもあなたへの好きを疑うなんてありえないよね。言葉じゃ足りないの?」
「た、たります!たたたたりてます!」
「島波さん。人の嫌がることをしてはいけませんよ」
「嫌がってますか?この顔が」
「……」
「い、嫌がってますよぅっ!」
生徒会長も黙らせる顔で言っても説得力がない。
けど、無理やり押しても意味はない。
というかほんとにそういうのじゃないだろうし。
それはそれとしてムラっときたので、いっそふたりまとめてシてしまおうかとかよこしまな気持ちがわいてくる。
とても調子に乗っているという自覚があった。
「―――こほん」
「わぁぉお!?」
背後からの咳払いに振り向けば、わずかに開いた扉からユラギちゃんが覗いている。
なぜが乱舞する私にかまわず部屋に入ってくる彼女の後ろで、姉さんがひらりと手を振って自室のほうに歩いていくのが見えた。
いつのまにかインターホンを鳴らしていて、姉さんが招き入れたということだろうか。
彼女は髪の毛をいじいじしながら私のそばにくると、ぺたんと座り込んで見上げてくる。
「お、おはよう」
「おはよう。えっと、いらっしゃい」
「住所教わったし、遊びに来てみた」
「う、うん。ようこそ」
どぎまぎとぎこちなくあいさつを交わして振り向く。
ふたりは声で電話の子だと気がついたようで、口々に彼女へとあいさつをした。
彼女は私を盾にしながらもそれに応えたけど、少し体が震えている。
私はそんな彼女の手を取って、にこりとほほ笑んだ。
「大丈夫だよ。ふたりとも、とっても優しいから」
とりあえず仲良くなるためにはあれだろうなと。
そんな気持ちが伝わったのか、彼女は安心したのか呆れたのかよくわからない表情になった。




