054 相思相愛な彼女たちと
妙に親しげな担任教師と保健室登校ガールの補習授業に同席したりしながらも、いろいろと考えた私はいったんの結論を出していた。
結論と呼ぶにはお粗末なものではあったけど、それでも私はそう決めた。
だから今、私の部屋には彼女たちがいる。
不良にスポーツ娘に女子中学生に先輩に後輩ちゃんに親友に双子ちゃん。
私に恋愛感情のようなものを向けてくれているだろう8人……改めて数えたら戦慄して怖気づいたし、こうして目の前にすると自分がどうしようもなくクズに思えてくる。
彼女たちから向けられる16条の視線が痛すぎる。針の筵をたたきつけられているような気分。いや、彼女たちは誰もにらんだりしていなくて、むしろ状況の割には優しい目をしているんだけど。
「えっと。みなさん、お集まりいただいてありがとうございます」
緊張のせいで司会者みたいな口調になりつつも頭を下げる。
レスポンスがないとこんなにも不安なものなんだなって、そんなことを思う。
深呼吸して、お腹に力を入れて、みんなを見回す。
「今日集まってもらったみんなは、……私に、告白をしてくれた人たちです。私を好きと、そう言ってくれた人たちです」
みんながみんなを見回す。
不良は呆れ、スポーツ娘は笑い、女子中学生はさすがに表情を引きつらせ、先輩は変わらずにこにこと、後輩ちゃんは目を伏せて、親友は頭を抱え、双子ちゃんは首をかしげる。
「本当は、ひとりひとりにちゃんと言うべきなんだと思います。だけど、こうなっているんだということを、まずお伝えしたかったので……それに、私もこうなっているんだと、ちゃんと向き合いたかったので」
思えば不思議なことだと思う。
なんでだよって、いまだにそう思う。
私なんかメじゃないくらいに魅力的な彼女たちが、どうして揃いも揃って私なんかを見ているのか。
いっそ不気味だ。
間違っていると思う。
だけどその理由の根底は、たぶんきっと、私が彼女たちを大好きだから。
彼女たちは、それに応えてくれたんだと思う。
だから私には、そもそも彼女たちの思いに応えるかどうかなんていう選択肢は存在していない。
応えてくれたのは彼女たちだ。そこを見誤っては、いけないのだろう。
「私は、誰かと付き合うとか、誰とも付き合うとか……それとも、誰とも縁を切ってしまうとか。そのどれもを、しません」
今からの行為はとても身勝手だ。
失望されるだろう。
顔を上げたらそこには誰もいないかもしれない。
だけど。
だけどだとしたら、そもそもきっと、誰かと恋人になっても同じことなんだろう。
私はこういう人間でしかない。
「私はみんなが好きです」
私は言う。
「自分だってイヤな目にあってるのに私を心配してくれる優しいあなたが好きです」
「こんなクズな私でもキレイだと言ってくれるキレイなあなたが好きです」
「背伸びせずに自分らしく、私のことを受け入れようとしてくれるかわいいあなたが好きです」
「私のことを多分誰よりも理解しているお姉さんなあなたのことが好きです」
「ほんとは怖がりなのに勇気を出して伝えてくれたいじらしいあなたが好きです」
「たまに暴走しちゃうけど、私のことを大好きな素直なあなたが好きです」
「いもうとちゃんを大事に想うように私を愛してくれる愛らしいあなたが好きです」
「おねえちゃんを大事に想うように私を愛してくれる幼気なあなたが好きです」
そうして私は頭を下げた。
謝罪だ。懇願だ。逃避だ。
「これからも好きでいさせてください」
自分勝手だと思う。
どうかしてると強く思う。
だけどそれでも、私は彼女たちが好きだ。
「あなた以外にも好きだから触れたくなります。あなた以外とキスだってしたい。好きと言ってもらいたい。デートもしたいし、意味もなくおしゃべりしたい。学校でも仲良くしたい。休日一緒に遊びたい。一緒にバイトもしたい。部活の応援をさせてほしい。お昼ご飯は一緒に食べたい。お菓子だって作りたい。恥ずかしくイジめられたい。イジめたい」
ひどい強欲だ。
どうしようもないクズだ。
彼女たちを自分の好き勝手にしようとしている。
倫理観も常識もなげうって。
「それでも、私はあなたが好きです。あなただから好きです。他の誰があなたに愛をささやいても、私以上にあなたを好きな人は存在しない。だからどうか、あなたを好きでいさせてください」
これで全部言い切ったと思う。
いっそ白々しいほどに。
もっと上手なやり方があっただろう。
丸く収める方法がきっとあっただろう。
だけどそんな風に取り繕ってどうなるっていうのか。
どうせ私はクズでどうしようもなくてすぐ流されて欲望に負けてほんと悲しくなるくらい最低なんだから、どんな選択をするにしてもこれを伝えない訳にはいかないんだ。
「―――つまり、てめぇがこれからも好き勝手やるからオレたちも好きにしろってこったな」
「そういうこと、だね……」
結局結論出てないじゃん、という話だ。
少なくともみんなからすれば納得のいく話ではないんだろう。
案の定、立ち上がった足音が部屋を出ていこうとする。
私はそれに縋りついた。
「や、やだっ」
見上げた彼女はにんまりと笑い、私のもとにしゃがみ込む。
「んだよ。てめぇ、この前は止めもしなかったくせによ」
「だって、やっぱりやだよ。私、サクラちゃんに嫌われたくない」
「あんなこと言っといてか?」
「それでもやだよ」
ぎゅっと抱き着くと、彼女はその隙に乗じて肩にかみつく。
肩というかほぼ首元だ。
この夏場では隠そうにも難しい位置。
かなりの力なのに、その痛みが心地いい。
彼女にもずいぶんと調教されてしまったような気がする。
甘い牙の心地に陶酔する私は、だけどぐいっと引きはがされる。
ハッとして見上げると、先輩がにこやかににらみつけていた。
「調子に乗らないでもらおうか、後輩クン」
「あ?んだよ。こいつが誘ってきたんだろぉがよ。……あんたらの前で、このオレを」
バッチバチに喧嘩売るじゃん……?
恐る恐ると視線を巡らそうとすると、先輩にガシッと顔を抑えられる。
見開かれた漆黒はまるでブラックホールのように私を吸い込んだ。
「ユミカ後輩、キミもキミだよ?あんな見え透いた誘いに乗るだなんて。ちゃんとボクが教育してあげないといけないのかな?」
「ひゃ、ひゃい」
「だめですよ~、おねえさまがた?ゆみかちゃんはわたしたちとけっこんするんです♡」
「ゆみを、いじめないで……?」
ぺた、と目を覆われる。
そして背中に拳銃のようにスマホが添えられる。
目を覆うのはいもうとちゃんだ。眼球が潰れちゃってもいいやっていうくらいの圧迫感で分かる。
ということは背中のスマホはおねぇちゃん。
私の弱みをたっぷり記憶したスマホを脅すように背中に突きつけるという鬼畜の所業をしているのはおねぇちゃん。
い、いじめでは……?
「あの、ふたりはあれね、あんまり私だけに集中しないようにというか」
「うふふ♡このあいだクラスでおねぇちゃんとキスをひろうしたらみんないなくなっちゃいました♡」
「いもうとちゃーん?」
「あのね、やっぱり、わたしたちにはゆみだけだとおもう」
おねぇちゃんも許容してんだ?っていうかそうか、チューじゃなくてキスか。なにやってるんだこの子達。そんなもんぶちかましたら普通は引くか遠目で愛でるに決まっている……あっれ、もしかして私って希少種……?
あわわ、と思っていると、周りのみんなを蹴散らして押し倒される。
馬乗りになって、どこからか取り出した腹筋マシンを握りしめるメイちゃんは、ほの暗い瞳で私を見下ろした。
「ユミ姉?キスって、言った?」
「ひぇ、あの、今のはあの子たちがしているっていうだけでね?」
「ユミ姉はしてないの?」
「……」
「へぇ」
おかしいなぁ、口が滑らないように縫い付けたのに伝わってるぞ。
これが沈黙は雄弁という意味なのか。
「わたしにはしないのにこんな小さな子にはするんだ?」
「いやあの、あの子たちは小さいから逆にというか」
「なにも知らないのにかこつけて奪ったの?」
「むしろ略奪されたというかなんというか」
「ふぅん……略奪すればいいんだ」
「そ、その結論はどうかと思うよ」
っていうかオハナシしながら腹筋マシーンをつけるのはなんのつもりなのかな?
その手に掲げるリモコンはどういう意図で……?
「センパイってこんな年下にもいいようにされちゃう情けない人だったんっすね~」
ひょいっとメイちゃんからリモコンを奪い取って、さかさまの後輩ちゃんが私を見下ろす。
さっきまでふだんと比べて心配になるくらい静かだったのに、今はすっかりいつも通りという感じがする。
「せんぱぁい。みう、ケッコーどきどきしてたんッスよ?あこがれのセンパイがあれから初めて呼んでくれたーって」
「う、うん……ごめん。後輩ちゃんにキスしてもらってから、こんな遅くなって」
「ちゃんと考えてくれるのはウレシーッスからいいんッスよ♪―――け、どぉ……♡」
後輩ちゃんの指がリモコンのオンオフボタンに触れる。
それだけで条件反射的に腹筋に意識が向いてしまう私を、彼女はくすくすと嘲笑った。
「なんかぁ、やっぱこぉんな情けないセンパイにしおらしくしてるのバカバカしくなっちゃったッス……♡」
「……嫌いに、なっちゃった?」
「それはぁ」
後輩ちゃんの顔が近づく。
チュッと唇に触れて、それから耳元に。
「ナイショ……ッス♡」
また笑った彼女が視界から消えると、今度はいつの間にかカケルが馬乗りになって見下ろしていた。
「モテモテだねぇ、ワタシの王子サマ?」
「正直ベランダから投げ捨てられると思ってたからびっくりしてる」
「そんなことしたらかすめ取っていきそうな人がいるからねえ」
ひらひらと先輩が手を振っている。
正直あの人は、私が全員と関係を持つことで破滅するのを心待ちにしている節がある。
どうやら彼女にもそれが分かるらしい。
苦笑していると、唇をふにっと指で押さえられる。
「好きにしていいっていうことはさ。これから、ずっとホンキでいいってこと?」
「あー……えと、ダメとは言えませんですはい……」
「ふふっ。オッケー」
頬にくちづけを落として、満足したらしく私の上からどいてくれる。
かと思えば今度は、親友が仁王立ちで見下ろしてくる。
「アンタってほんとどうしようもないやつよね」
「否定しないけど、その前にあの……下、見えてる」
「~~~ッッッ!バカァッ!!!!」
きゅっとスカートを抑えて私のおなかの上に座り込む親友。
座り込むというかほぼヒップドロップ。子宮ないないなっちゃう。腹筋マシンがめり込んで死にそう。
今わの際の光景があんな情熱的な赤なのか……悪くないのかもしれない……っていうかあれ明らかに普段履きじゃなくない?体育の時にも見たことないし。なるほどあれが勝負下着というやつか……。
走馬灯のように彼女の下着を思い出していると、ぐいっと襟首掴まれて顔が近づく。
「そ、そういうのはふ、ふたりきりの時だけにしなさいよねっ」
「あ……はい……」
どうしよう、死ねなくなったぞ。
いや死ぬつもりは毛頭ないんだけども。
というか。
「あの、えっと、ほんとに、なんていうか……えっ、なんで誰も帰らないんですか……?」
「てめぇが止めたんだろ」
「ボクはいずれにせよキミへの執着をやめるつもりはないよ」
「もんげんはろくじだから」
「うふふ♡」
「将来のお嫁さんがこれ以上悪いことしないように見張らなきゃでしょー!もう!」
「キガエは持ってきたッスよ……♡」
「粘り強いってよく言われるんだ、ワタシ」
「べつに、アンタがワタシのこと好きとか知ってるわよ。なんで帰ってやらなきゃいけないのよ」
どうかしている。
と、そう声にしようとした口は、にやにやと緩んでまともに使い物にならなかった。
ああやっぱり私はどこまでいっても自分勝手で、そしてどうしようもなく欲望に弱くて、クズだ。
溢れる想いをぶつける方法を、私はまだひとつしか知らなかった。




