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052 親しげな保健室登校児と担任教師と(1)

なんとも罪深いOLさんと生徒会長さんとマッサージの腕を磨いたりしている間に登校日。

うちの学校はたぶん緩いほうで、一部夏休み課題の提出をすませば午前中にあっさりと終わってしまう。

せっかくだから先生とお話がしたいなとそう思っていたけれど、どうも忙しそうなので他の要件を先に済ますことにした。


そんなわけでやってきた保健室。

住所も連絡先も知らない彼女がいるかもしれないという淡い期待があった。

普通に考えればいない。

登校日なら用を済ませてすぐ帰ってしまえばいい。なんなら登校しなくたって問題ないかもしれない。なんにせよ、わざわざ保健室にいる理由はたぶんなくて。


もしもそれでもそこにいてくれたのならと、そんな淡い期待だ。


「―――こんにちは。久しぶりだね」


私が笑いかけると、彼女は不愛想にそっぽを向いて小さくうなる。

それを挨拶として受け取って、彼女の隣に腰かけた。

ぎし、と軋むマットレスが私を受け止めて、どこか落ち着かない彼女が受け入れてくれる。


「今日はいないと思ってた」

「……来ないと思ってた」

「ふふ。来ちゃった」


ついによによと緩む私を横目に、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

そっと手を重ねてみると彼女は少し身じろぎをして、だけどなにも言わずに受け入れてくれた。


「そういえば、新曲聴いた?」

「■■■の?」

「そうそうその人の。いい曲だよねー」

「……うん。サビ前の急転がグッとくる」

「めっっっっっちゃ分かる!っていうかPVのなんかサブリミナってるのもいいよね!ゾッとする感じ!」

「それはさすがに共感しかない」


うむうむと頷いてから、彼女は私を見つめる。

なにかとても不思議そうな顔をしていて、見つめあっているとぐぐっと眉根が寄った。


「なんで?」

「なんで、って?」

「いや。なんでいつもみたいにしないの」

「えー?してほしいの?」

「そうじゃなくて。そのために来たんじゃないの」


冗談めかして笑う私を、彼女はじっと見つめてくる。

真剣に問われたのなら真剣に答えるべきだろうと思うけど、なんだか気恥ずかしくて、口はやっぱり笑みを作っていた。


「やー、なんか、話せたらけっこう満足しちゃった。そもそも居てくれるなんて思わなかったから」

「ふぅん」


彼女はうなずいて、それだけだった。

興味が失せたのか、そもそも単に気になっていただけなのかもしれない。

次もその次も尋ねられたらなんと答えようかなと、そんなことをぼんやり考えてみる。

もう彼女には使わないだろうとそう思っているけれど、彼女はただ隣にいるだけの私を受け入れてくれるだろうか。どうだろう。


私はなにか、唐突にこみ上げるものがあって、彼女になにかをたずねようとした。

だけどその前に、扉が開く音が聞こえる。

足音がやってきて、カーテンの前に背の高い人影が立った。


「島波、いるか」

「えっ。あ、先生ですか?」

「開けるぞ」


返答もなくシャッと開かれるカーテン。

そこに立っていた先生は私を見て、それからベッドのほうに視線を向ける。

つられて見ればそこには毛布の小山があって、隣にいたはずの彼女が消えていた。あっという間の早業だ。


苦笑する私の隣にきしっとぬくもりが寄り添って、ハッとして振り向けばなぜか先生がそこにいる。


「あの、?」

「どうした島波」

「な、なにか要件があったのでは?」

「さて。なにか要件があっただろうか」


じろりと私を見つめる先生の視線。

女子高生が教師に分かりやすく誘われている。というか挑発されている。

それで本当に聖職者なのだろうかと遠い目になってしまうのも致し方なしだと思う。


そろりそろりと懐に手が伸びようとするところで、先生がふっと笑ってポンと頭をなでてくる。


「冗談だ」

「ほぇ」


間抜けに見上げる私をしり目に、先生は布団に埋もれる彼女へと視線を向ける。


宇津野(ウツノ)。私のほうは今から補習を始められるが、予定通り10時半からにした方がいいか?」

「……別に今からでいいです」


にゅっと顔を出した彼女の言葉に先生はうなずいて、なぜか私の襟首をつかんで立ち上がった。

なんだかよく分からないけど猫みたいな気分。


「ではいつも通り生徒指導室だ。先に行っているぞ」


ぐいぐいと私を引きずっていく先生。

ばいばいと手を振ったら振り返してくれなかったのをちょっぴり残念に思いつつ保健室から連れ出される。


「えっと彼女……ウツノさんって、夏休み補習受けてるんですか?」

「そうだ」

「ははぁ。で、私は?」

「補習を受けたそうな顔をしていたからな」


ひどい言いがかりだ、とも言えないのが悲しい。

だからといって、おそらく今から受けさせられるであろうまともな数学の補習授業には何か釈然としないものがある。それなのに抗えないのは先生の魔性ゆえか私の意志薄弱ゆえか……圧倒的後者だろう。


うむむ、と唸りながら、されるがままに引きずられる。


ただでさえ凛々しい立ち居振る舞いで人目を惹く先生が生徒をずりずりしているから、当然周囲の視線が集まって少し落ち着かない。何のプレイだよ、みたいな冗談めかしたことを考えて気を紛らわした。


連れ込まれた生徒指導室にはテーブルをはさんで椅子三つが用意されていて、先生は奥のおひとり席に座った。


「あ、でも私教科書持ってきてないですよ」

「なぜお前の教科書に合わせてやらねばならん」

「なるほど」


そういえば彼女は年下だったなとしみじみ。

もともと関わりがなさ過ぎたからか、学年とかの意識が全くなかった。

試しにイメージの中で彼女を着席させてみると、不思議と教卓の前とかが似合う気がする。


「それにしても、お前は人間の脛を抉るのが妙にうまい人間だな」

「度肝ならえぐり抜かれましたけども。どういう暴言ですかそれ」


私が抗議すると先生はあきれた視線を向けてくる。

目をそらすと盛大に溜息を吐かれた。


「無理矢理に距離を詰め、最大の警戒に安全を示す。……もはや暗殺に近いかもしれんな」

「どんどん悪評が募っていく……」


けなされるというよりは本当に心底感心しているようなのがまたどうにも腹に据えかねる。

ちぇっ、といじけてみせると、先生はくつくつ笑った。


「まあお前のおかげで宇津野も少し変わったようだからな。一応感謝をしておこう」

「それは……どうなんでしょう。別に、私はなにをできているとも思いませんけど」

「あぁ。確かお前は可愛い子といちゃいちゃとやらをしたいだけらしいからな」

「まあ、それも少しまともに考えようとはしていますが……って、は?え、な、なんですか突然」


先生があまりにもサラッというものだからスルーしてしまったけど、なにかとても不名誉な図星をぶち抜かれたような気がする。


「そりゃあそういう気持ちは事実ですけど先生がそんなこと言っちゃうのはどうかっていう話ですよ」

「ふむ。宇津野からの受け売りだったのだが」

「はい?」


彼女がなぜそんなことを、と思いめぐらせて、夏休み前にそんなことを言ったような言っていないようなおぼろげな記憶を引きずり出す。

そう、確か彼女に何でこんなことをしているのかと聞かれて、そんな感じで答えたような気がする。


……うん?


つまり先生は彼女とそういう話をしている……?


「―――はい!?なんっ、え、はぁ!?そんなことあります?!」

「生徒とのちょっとした雑談でな」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!」

「いまさら第一次反抗(いやいや)期か」

「とっくにこちとら第三次ですけどっ」

「またひとつ大人になったということだな」

「教師の言葉がそんな致命的に間違っていていいんですか……ッ!」


ばっしーんと机をたたく。

私の知らないところで私が買っているときの話に花を咲かせているというその状況があまりにも許容できない。っていうか一応援助交際なのに教師がそんなあっさりバラしていいのかよと。


「ちょっと、ほん、え、はぁ?嘘ですよね?いややっぱり聞きたくないです……なんでですか意味わからないんですけど……え、今どきの女子高生ってそういう話普通にしちゃうんですか?先輩と援交したんですよー。なに?奇遇だな、私も教え子としているぞ。えーうっそーおそろいじゃないですかー。―――そんな世界線があってたまるかッ!」

「思いのほか混乱しているようでさすがに悪いと思ってきたぞ。落ち着け」

「いや落ち着きますよ、落ち着きますけど落ち込みます……なんか……えぇ……」


この感情をどう説明すればいいのか全く分からない。

別に特段隠していることでもないんだけど、そんなあけっぴろげにするものでもないだろうに。


ぐでぇと落ち込んでいると、がらりと音がして重苦しい空気がのそりと動いた。

振り向く気力もなく突っ伏す私の隣に人ひとり分の音が座って、ごそごそと教科書を用意してからため息が吹き溜まる。


「センセ、どうしたんですかこれ」

「宇津野と私が共通の話題で盛り上がっているのが気に入らないらしい」

「ああ。……別に盛り上がってはないですけど」

「ふふ、そうだな」


なんだそのちょっと心を開きかけの感じは。

確かに先生はとても魅力的な人だし、補習とかでも一対一で向き合ってしまえばいつまでも突っ張ってなんかいられないだろう。彼女が心を許すのも分かる。

彼女のほうも彼女のほうでなんだかんだいい子だし、先生もきっととてもかわいがることだろう。目が優しいんだ、目が。


なんだか無性にむしゃくしゃする。


嫉妬、ではない。どっちにだよっていう感じだし。

ただなんか、これは、そうたぶん、疎外感。


いけない、と思った時にはすでに遅く。


私はすでにリルカをテーブルにそっと乗せていた。

二対の呆れが向けられて、もうなにか後悔し始めている。

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