051 罪深いOLと生徒会長と(2)
お姉さんの家はさすがにお高そうなだけあって浴室までもが広い。
人ひとりがごろごろできるくらいの広さはあって、めいっぱい膨らませたエアマットを敷いた上にお姉さんを寝ころばせても私と生徒会長さんを詰め込めるような具合だった。
裸体のお姉さんに、とてつもなく窮屈そうな学生水着の生徒会長さん、そして後輩ちゃんが着ていた下着のような面積の少ない水着の私。本当はこっちを着せて私がスク水の予定だったんだけど、急遽三人ですることになったから被検体のお姉さんには裸で我慢してもらうことにする。お風呂だし、うつ伏せだし、たぶんセーフだ。
「ゆ、ゆみちゃん?やっぱこれよくないと思うんやけど」
「なに言ってるんですかぁ、おかしなことなんてしませんよぉ……♡」
うふふうふふと笑いながら、もじもじと居心地悪そうにしている生徒会長さんの腕を抱く。
「シトギ先輩、じゃあ一緒に、お姉さんに精一杯ごめんなさいしましょう?」
「島波さん……なにかとても不健全ではありませんか?」
「そーやで?こないなのあかんよ」
「なに言ってるんですか。ただのマッサージなのにそんな風に思うふたりがおかしいんですよ」
そんなことを言いつつアロマを溶かしておいたオイルを手に取る。
ちゃぷんたぷんと聞かせるように混和してから、とろぉりと私と生徒会長さんの手にまみれさせていく。
芳香の液体が、私と先輩の肌を癒着させるようにとろかすようで。
にゅるにちと指を手を腕を絡ませながら、彼女の腕をゆっくりと揉みこんでいった。
「気持ちいですよね、シトギ先輩。これならちゃんとお詫びになると思いませんか?」
「ですが」
「それともぉ、」
彼女の言葉をさえぎって耳元でささやく。
「センパイはぁ、今まで私とえっちなことをしてきたんですかぁ……♡」
後輩ちゃんをトレースした甘とろのささやきに、彼女はびくっと震えてわかりやすく瞳を動揺させる。
これまでもいくつものマッサージを受け入れてきた彼女は、マッサージを不健全とみなすことはできない。なぜならそうしてしまうと、これまで彼女は私と不健全な行為に耽っていたことになるからだ。真面目な彼女には耐えられないことだろう。
「…………そう、ですね」
陥落た。
こくりとうなずく彼女に、私はゾクゾクと背筋を震わせる。
これまで見られなかった彼女の、この、恥じらいと苦悶と、そしてかすかな喜びに和らぐ口角。こんなにも魅力的な貌で彼女は私を受け入れていたのだ。
「んひゃうっ」
背中に垂らした香油に驚いて声を上げるお姉さん。
「やり方は私が教えてあげますからね。シトギ先輩は私の手を感じて、その通りにしてあげればいいんです」
お姉さんのそばに座り込む彼女の後ろから、そのわき腹をそっと掴む。
ざらついたような水着の手触りの上からでも、彼女の体の細さはよくわかる。きゅ、と細やかなくびれに手のひらを密着させ、腰から背中、肩のあたりまでを緩やかに圧し上げる。
「んぅっ」
お姉さんが声を上げると生徒会長さんは驚いて手を止めて、だけど私が無言で促すとまたその手を動かしていく。
軽く往復させてオイルをなじませたら、今度はくにくにと肩をもみこむ。
「シトギ先輩、また硬くなってますね。おねぇさんの方はどうです?」
「とても……凝っているように思います」
「デスクワークやから……」
さすが文武両道の生徒会長さんというべきか、彼女の手はすっかりとお姉さんをマッサージ気分にしているらしい。本当におかしなことではないのだと安心して、すっかりリラックスしている。
もちろん私はとても健全なので、この先もちゃんと健全なマッサージだ。
ぐぐ、ぐぐ、と、肩から脇側にかけて、外側に伸ばすように圧しこんでいく。
お姉さんの胸は小さくなくて、マットにむにゅっと潰れて広がっている。
だからそうすると生徒会長さんの指先はほんの少し胸に触れてしまって、だけどマッサージのいっかんとしての不可抗力だからふたりとも気にした様子はない。とても健全。
私は気をよくして、今度は彼女のわきの下に手を挟む。
親指で脇腹のあたりを押し込めるように、彼女の大きな胸の上に手を回す。
わきのくぼみから大胸筋を挟むような手のポジション。
さすがにためらう彼女を、緩やかにほぐしていく。
「ふふ。どうしたんですか?」
「……いえ」
私が促すと、彼女はお姉さんの身体でも同じようにまねをする。
うつぶせになったお姉さんにするのと座る彼女にするのとでは大きく意味合いが違ってくるように見えるけど、どちらも同じマッサージなのでとても健全。
「ああ、あまりお姉さんの胸に触っちゃだめですよ?マッサージなんですから」
「そうです、ね……」
「ぁあ~……えぇやんこれ……」
彼女にしか聞こえないようにささやくと、少し体がこわばるのが指先に分かった。
能天気に声を上げるお姉さんは気が付いてもいないから、私はもう少し調子に乗る。
「っ、島波さんっ、!」
「どうしました?マッサージですよ」
にやにやと笑いながら、彼女の胸の輪郭をなぞるように揉み下ろす。
とはいってもとても健全なので、こう、胸の土台を揉みこむような、そういうやり方だ。
そうしてカップの下側に手を回したら、今度はなでるように左右に軽く揉んでいく。
案外心地いいけど性感的なやつでないことは姉さんで実証済みなので、これもまたとても健全。スク水のせいでちょっと力がこもるけど多分問題ない。
彼女の吐息が浅く荒く乱れるのも、熱心にマッサージしているからちょっと疲れているだけだろう。手が止まってるけど、休息も大事だよね。
「ああ、でも、これは寝転んでるおねぇさんにはできないかもしれませんねぇ」
「んんー……なんかゆうたぉあああ!?なにやっとん!?」
「マッサージですよ」
まみまみと彼女の胸を揉む私にお姉さんが驚きの声を上げるけど全く健全なので動じない。
最後に胸をきゅっきゅと押し上げるようにして、胸マッサージは終了。
「ちゃんと覚えました?また後でやってあげましょうね」
「いやええよッ!ってかそゆの自分でやるやつやん!?」
「でもほら、人に揉まれるといいって言いますし」
「それ好きな人限定のやつとちゃうん!?」
「じゃあ私にやってほしいっていうことですか?」
「そっ……そゆことやないよ!?前回の忠告どこ消えてもうたの!」
「ちゃんと覚えてますよぉ。だから言ってるんです……♡」
「最近の若い子ぉの気持ちが全然わからへんッッッッ!!!!」
耳まで赤くして顔を背けてしまうお姉さん。
多分けっこう伝わってるなあとかそんなことを思いつつ。
「さて、じゃあ再開しましょうか、シトギ先輩」
「ま、まだやるん?だいぶ楽んなったよ?」
「そりゃあまだ背中しかしてませんもん」
にこにこと笑いながら、生徒会長さんの腕に触れる。
せっかく胸周りをしたんだから、この調子でリンパをグングン流していきたい。
なんかリンパっていう言葉を使うだけでマッサージ感あるし。
りんぱりんぱ。
「―――例えば、ですが」
「はい?」
突然問いかけられて、聞き返すと彼女は振り向いた。
「私も願えば、またいずれ、ちゃんとマッサージをしていただけるのですか?」
「ふぇ」
じぃ、と見つめられてなぜか耳まで熱くなる。
ごくりと生唾を飲み込んで、私は恐る恐るうなずいた。
「えっ、と、ご用命とあらばいくらでも」
「そうですか」
頷いた彼女は相変わらずの無表情でお姉さんの腕に手を添える。
どうやらマッサージを再開しようというらしい。
すくなくとも今は、彼女からのご用命はないらしい。
……。
「島波さん?教えていただけるのでしょう?あなたの技巧を」
「あ、はい、はい」
ちらりと視線を向けられて、慌てて彼女の腕をマッサージする。
肩のほうから片腕ずつ、揉みながら手を先に進めていくようなやり方。
彼女も真似をして、お姉さんの腕を揉み上げていく。
「ふぅーん。なんや、ゆみちゃんもスミに置けんなぁ」
「ややっ、そういうのでは……ないんですけどね」
どことなくすねたように言うお姉さんに、あいまいに答える。
覗き込んでみても、彼女はマッサージに集中しているみたいだった。
「お、おねぇさんだってこんなキレイな人に身体中まさぐられていい気なものじゃないですか」
「んー。まあ悪い気はせぇへんけど。気持ちええし」
そんなことを言いながら、お姉さんの手が伸びて私の膝に触れる。
言葉はなく視線を向けられて、私はなにか無性に恥ずかしくなった。
「ふふ。ゆみちゃんかわええなぁ。シトギさん?もそう思わへん?」
「ちょっと!変なこと言わないでくださいよ!」
「変なことやないよぉ。なぁ?」
お姉さんに問いかけられた彼女は手を止めて、少し考える様子を見せた後で、また手を動かす。
ホッとしながらも少し残念に思ってしまう私のわがままな心を見透かしたように、彼女はぽつりと呟いた。
「変なのだと思いますよ、私は」
「え」
彼女の言葉の真意を知りたくとも、それ以上の言葉はなくて。
だけどこの胸をうずかせる喜びは、私の理性なんかよりもよほど正確なものなんだろう。
「―――ちゅーか、一個ええ?」
「な、なんですかもう」
なんとなくなにかの区切り的なものを感じていたのに、それをお姉さんが遮ってくる。
むっとして見やると、湯舟を沸かしていたっけと錯覚するような視線が向けられた。
「今思い出してんけど、駅前でゆっとたやんか。ゆみちゃんって他の子ぉにもこないなことしとんの?」
「え?っと、」
「しています」
私が言いよどむ隙に生徒会長さんが容赦なく即答する。
それどころか流れるように言葉を続けて。
「私の把握する限りでは学内で私以外に最低七名ですね」
「ぅわあ、ジュース池肉林やん」
「そんなとこ年齢に配慮することあります?」
っていうか学内で七名……ギリ先生がバレてない?いや、口ぶりからして疑いはあるといったところか……私の援助交際、バレすぎ……?
「爛れとんねえゆみちゃん」
「そんなおかしなことはしてないですからね?とても健全ですよ?」
「純愛しとるんなら犯罪やないらしいもんなぁ」
「そういう次元の話ではなく」
私が否定しても、お姉さんは心底あきれた様子。
どうもお姉さんの中で私はおかしなことになっているような気がする。正しい理解に基づいてあきれている可能性と半々くらい。
「あんま手ぇ出しすぎると付き合い始めてからが大変やから気ぃつけや」
「いやいやいやいや。飛躍しすぎでしょう」
「島波さんは、案外と器用にこなしてしまうようにも思えますが」
「シトギ先輩はむしろ止めるほうなんじゃないですか……?」
「人の恋路にケチをつけようとは思いませんよ。問題を起こさない範疇であれば」
「えぇ……」
そんな馬鹿なと思ってお姉さんに視線を向けてみると、彼女もうんうん頷いている。
「うちのお偉いさんもそれはもう女好きでな?年中世界飛び回ってんけど、そこら中に愛人がおるらしいわ。んで、たまに会社にナイフとか花束とか送られてくるんよ」
「それを同列に語るんですか?」
「同一人物からのプレゼントやで」
「いったいなにをしたんですかそのお偉いさん……?」
「そのくせ大学からけっこう長い間付き合っとる恋人さんがおんねんけど、その恋人さんには恋人が何人も何人もおるらしいんよ。どっちも純日本人なんやけど」
「せ、世界の秩序が崩壊している……!」
これがグローバリゼーションというやつなのだろうか。
国どころか世界観が違いすぎる。
「まあ世の中にはそういうパターンもあんねんから、あんま難しく考えんでええと思うよ」
「え」
驚いてまじまじと見つめると、お姉さんはふっと笑みを浮かべる。
「ゆみちゃん真面目っちゅうか、変なとここだわっとる感じやろ。分かりやすいで、けっこうな」
「それは……」
「ああええよええよ。説教したいんとちゃうん。それはそれでありやと思うよ。誰もかれもっちゅうて、上手くいく方がありえへんもん」
お姉さんの断言が、冷ややかにのどを締め付ける。
だけどそれを解き放つのもまたお姉さんの言葉だった。
「せやからな、ゆみちゃん。ありえんっちゅう言葉には耳を貸さんでええよ」
「えっ?」
「そらそやろ。ありえんっちゅうことはそいつがそれについてなーんも知らんっちゅうこっちゃ。やって数学的には生命の誕生はありえんのやで?」
「それとこれとは」
「同じやろ。最終的には、できたかできんかったかの二元論や」
腕をもみもみとされながらきっぱりと言い切るお姉さん。
乱暴な言葉だと思う。
この前責任取れないとか言ってた口でそんなことを言うのか、とも思う。
「まあ適当に聞き流したってや。……シトギさんもな」
お姉さんに話を向けられて、生徒会長さんはぴくっと反応する。
どうしてか私までドキリとさせられて、だけど彼女の返答は僅かな頷きだけだった。
「はぁー、なんや真面目くさって話過ぎた気ぃするわ。これでゆみちゃんの将来歪ませとったらどないしよ……」
「その時はまあ、責任を取ってもらうしかないですよね」
「荷ぃ重いわぁ……足腰鍛えとかなかんわ」
ふたりで笑っていると、生徒会長さんが振り向く。
「島波さん」
「あはい」
「……いえ。止めておきましょう」
「え、え、な、なんか気になるんですけど……?」
びくびくする私に、彼女はそっと口角を上げる。
笑うというだけで簡単に見惚れてしまう私に、彼女はそっと告げる。
「また次回、お話をします」
「は、はい」
ぎこちなくうなずく私は、彼女の求めるままにマッサージを再開した。
そもそもこれがなんで始まったのかとかはもう記憶にはほとんど残っていなかった。
彼女が次回を求めてくれたことに気が付いたのは、結局解散した後のことだった。




