050 罪深い生徒会長とOLと(1)
対極的な親友と先輩に、とても特殊な形とはいえ私の欲望を肯定されてしまって。
本格的にどうしようとうじうじ悩んで姉さんの胸に甘えているときのこと。
私の元に、とある人からのメッセージが届いた。
それは私を駅前に呼びつけるようなもので、その送り主があまりにも意外だったから、ついついおめかしして急行してみた。
ら。
私を呼び出した生徒会長さんともうひとり、居心地が悪そうに縮こまっているOLのお姉さんがいた。
どうしてふたりがこんなところで一緒にいるのだろう。
はてなを乱舞する私に気がついたお姉さんはホッと表情を緩ませて、生徒会長さんはいつも通りに冷ややかな表情を普段より厳しくごつごつさせて私を迎えた。
「あの、どうも」
「こんにちは島波さん。よくお越しくださいました」
「ゆ、ゆみちゃん来てくれてありがと」
「どうしたんですかお姉さん。会長さんも」
お姉さんをなでなでしながら問いかけると、会長さんは眉を弾ませる。
なにか不快なことでもあったのだろうかとドキドキする私に、彼女はずいと顔を寄せる。
「学校であれば会長という呼称を使う相手は私のみですからそれで構いません。けれどここは学外ですので、その呼称は不適切です」
「あ、はいえと、シトギ先輩」
言われるがままに苗字で呼ぶと、彼女は顔を離しながら訝しむようにまゆねをよせる。
「……あなたは私の名前を知っているのですか?」
「粢静瑠先輩ですよね?体をよく表すキレイで格好いいお名前なので」
「そうですか」
ふむ、とわずかに考え込む様子を見せたかと思えばふるりと首を振って、それから会長さんはお姉さん……というよりはその頭をなでる私の手を見やる。
「おふたりは本当にご友人なのですね」
「うん!せやよ!」
「え?……あー、まあ、なにかと言えばそうなるかもしれません」
お姉さんが勢いよく頷くので話を合わせておく。
実際どんな言葉で表現するのが正しいのかはちょっとよく分からないので、まあお友達というのも一興だろう。
そんな能天気なことを思っていると、彼女の視線が鋭く細まる。
「では、援助交際の噂は真実ではなかったと―――そういうことですか?」
「せやよ」
「そうですね」
お姉さんが頷くので話を合わせておく。
ふたり揃って視線を逸らしているので説得力はあるだろう。逆向きに。
彼女はお姉さんをなでる私の手を取って引き寄せると、私を庇うように背に回した。
「あなた方が親密であるということは承知いたしました。ですがそれとこれとは話が別というもの」
「か、シトギ先輩?」
「彼女が私の守るべき生徒である以上、そのような犯罪行為を看過する訳にはいきません」
犯罪行為と言われて背筋が凍る。
だけど言ってしまえば私のやっていることはささいなイタズラみたいなものだ。
金銭の授受こそあるものの、気分的にはお小遣いみたいなものだし、それを使うからって無理やりなにかを奪うようなことは……………………主にしない方針であるという、なんかその、そういう感じ。
ともかく。
「シトギ先輩!私おねぇさんともそんなおかしなことしてませんよ!」
「だとしても、です。学内の生徒たち相手とは訳が違う。あのような時間のために他人から金銭を受け取り身を預けるなど、あなたは我が身を守ることを覚えるべきです」
彼女の言葉に混乱する。
いま私がなぜ怒られているのか理解ができなくて。
それでもなんとか思考をまとめて、そうして気がついた瞬間に声を上げた。
「私、おねぇさんも買う側ですよ……?」
私の言葉を受けて彼女は硬直する。
凝視されるお姉さんがひらひらと手を振るのを軽やかに無視して、私を振り向いた。
「―――買う側、とは」
「いやだから、シトギ先輩と同じように、私がお金を払ってお姉さんの時間を頂いているという……」
「あっ!ちなみにウチゆみちゃんのお金一銭も手ぇつけてへんからね!?折を見て返そー思っとるくらいやし!」
お姉さんの援護射撃(?)。
別にお金はあげたものだから貰っといてくれていいんだけど、生徒会長さんにはその言葉もしっかりと効果があるようで、ふらりとよろめいた。
慌てて肩を抱くと、すっかり青ざめた彼女は私たちから距離を取り、それから深々と頭を下げた。
「この度は、私の浅慮により多大なご無礼を働きましたこと深くお詫び申し上げます……!」
「いやいやいやいや!頭上げてください!」
「せやよ!ウチ自分で言うのもなんやけど良くないことしとるんは事実やし!」
「そうはいきません。勝手にあなたの立場を決めつけ身勝手な理由で犯罪者呼ばわりしたのは私です」
なんとかなだめようとすればするほど深々と沈む彼女の頭。
私たちはふたり揃ってあたふたしながらも、たっぷり時間をかけて、とりあえずなんとかベンチに座って落ち着くことに成功する。
それでもまだ項垂れている先輩ははっきり言って異常としか思えなくて、私とお姉さんは顔を見合せた。
「シトギ先輩?そんな勘違いくらいでいつまでも落ち込まないでいいんですよ?私たち気にしてませんし」
というか今回の場合は明らかに私たちが悪いし。
なんなら援助交際に関しては否定要素ひとつもないし。
それなのに彼女は首を振る。
「私の罪はそれだけではないのです……」
「罪……?」
なにごとかと問い返せば、彼女は顔を覆ってしまう。
「本来、おかしなことではありませんか……学友たるあなたから金銭を受け取りこの身の裁量権を委ねるという行為そのものが」
「えっと、まあ、はい」
「それなのに私は、心のどこかでそれは問題のないことだとそう思っていました……そんなはずがないというのに」
そんなはずがないらしい。
悲しいことにぐうの音も出ない。
「にも関わらず援助交際という言葉に過剰に反応し、自分のことを棚に上げて他者を糾弾しようとしていた……もしも島波さんがいらっしゃらなければ、私はこの方を然るべき機関へお連れしていたでしょう。自らもまた手錠をかけられるべき存在だというのに……!」
「ひえっ」
「き、危機一髪やったんね」
サラッとお姉さんの社会的生命が救われていたことにふたりで冷や汗をかく。
もしこれがあと40分くらい早かったら危なかっただろう。
「そ、それにしてもどうしてこのタイミングだったんですか?あの噂もひと段落していたと思うんですけど」
「確かにそうです……ですが私は生徒会長としてよからぬ噂の真偽は追求しておかねばなりません。そうしたところでどうにもならないことはあるものですが、それでも」
彼女は少しだけ顔を上げて、強い視線を向けてくれる。
どうにもならないことがきっとあったのだろうと、そう分かるだけの説得力が彼女の言葉にはあった。
「今まで時間がかかってしまったことは私の無能ゆえのことです。思えば焦っていたのかもしれません……私自身を正当化するため、反対の行為を糾弾しようと……」
まるで探偵ものの犯人みたいに語ってくれる。
お姉さんはなぜかうんうん頷きながら涙なんて流している。
私にはそんなカタルシスはないけれど、彼女にかけるべき言葉は胸にあった。
「でも、結局は私のために今日まで頑張ってくれたんですよね?ありがとうございます」
「……いえ。たとえあなたでなかったとしても同じことをしました。むしろこうして過ちであった以上感謝の言葉を受け取る訳にはいきません」
そんな頑なな彼女の顔を強引に持ち上げる。
「それがなんだっていうんですか。私に優しくしてくれたあなたが、誰にだって優しい素敵な方だっただけです。私はそんなあなたを嬉しいと思いました。だから感謝は受け取ってください」
「島波さん……」
「あなたがなんと言おうと、私のために頑張ってくれたあなたのことが私は大好きですよ、シトギ先輩」
私が言うと彼女は目を伏せ、それからまた力なく項垂れた。
自重的な笑みが口の端に乗る。
「私は生徒会長失格ですね。守るべき生徒に、こうして庇われている……けれど島波さん、あなたの言葉はとても嬉しく思います。あなたの感謝を、深くこの胸に刻みましょう」
これにて一件落着だろうかと、ホッと吐息する。
お姉さんも彼女を優しげに見つめているから、ふたりで顔を見合わせて笑みを交わした。
だけど生徒会長さんはまた顔を上げて、今度はお姉さんの方へと向き直る。
「この度は大変お騒がせいたしました……大変申し訳ありません……なんとお詫びをすればいいか……」
「そんな!ええよええよ。なんども言うけどウチもよぅなかったし」
「いえ!島波さんのしていることがただのスキンシップであることは重々承知しております。どのようなご縁かは存じ上げませんが、あなたに非はないでしょう」
どのようなご縁もなにも実の所ナンパだった訳なんだけど、それを言ったらややこしくなりそうなのでふたりして口をつぐむ。
「手前勝手なことではございますが、私の謝罪を受け取ってはいただけないでしょうか」
「いや、そう言うてもな」
後ろめたさのせいか謝罪を受け取ろうとしないお姉さん。
生徒会長さんはそれに落ち込んで、どんどんと悲痛な表情になっていく。
彼女の価値観における謝罪のウェイトは相当なものらしい。まだなにか無礼を働いているのかもとそう思っているのかもしれない。
お姉さんが助けを求めるように視線を向けてくるから、私は大きく頷いた。
生徒会長さんの背から抱きつき、ふたりの間にリルカを示す。
「シトギ先輩、謝るっていうなら、やっぱり誠意っていうのが必要なんですよ」
「ゆみちゃーん!?!??!!!」
「なるほど……確かにそうですね」
お姉さんが絶叫するけど、生徒会長さん曰く確かにそうらしいので拒否権はないのだった。
せっかく彼女からの呼び出しということで色々と準備してきたんだし、この際なのでみんなに気持ちよくなってもらおう。……や、謝罪的な意味で。




