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004 部活盛りのスポーツ少女と

甘さ控えめ。


金さえ払えばだれでも抱くと噂の不良にハジメテをあげた同日。

放課後の図書室で適当な本を一冊読破するうちに、ちょうど部活終わりくらいの時間になっていた。

そろそろ最終下校時間になるからと下駄箱を目指しているときに、ぐうぜん私はある女子生徒と出会う。


女子陸上の全国プレイヤーである彼女はこの学校ではちょっとした有名人で、そのうえ成績優秀はいい時で一桁台に乗るというのだから恐ろしい。しかもその気さくな人柄も相まって老若男女問わず人気も高いという、絵に書いたような優等生というやつだ。


忘れ物でもしたのだろうか、ユニフォームを着たまま汗だくでいる彼女に無性に目が奪われた。

同学年というくらいでしか面識のない私とも目が合えば笑いかけてくれるような彼女につい魔がさして、私はリルカを差し出していた。


彼女はきょとんとして、それからゾクッと背筋が震えるような笑みを浮かべた。


「近くの公園で待ってて」


そう言って去っていく彼女を唖然として見送る。


からかわれているのかもしれない。

そう思いつつも学校の近くの公園のベンチに座って待っていると、彼女は綺麗なストロークを私に見せつけるように駆けてきた。

長躯の彼女は、走っているときが一番きれいで格好いい。


「お待たせ」


そう快活に笑ってスマホを差し出してくる彼女に慌ててリルカを差し出す。

先ほど見た笑顔とはまったく違う、彼女に対するイメージ通りの笑顔だ。

じゃあ学校で見たあれはなんだったのか。


そんなことを思う間に、びぴ、と彼女を私は買った。


そのとたんに彼女の笑みは変質する。

さっきよりもさらに冷ややかな笑みだ。

私の視線の先で、彼女は制服の裾に手をかける。

じっくりと、いたぶるように見下しながら、彼女は見事に割れた腹筋を晒した。

それでもなお止まらない彼女の手を慌てて押さえ、制服をきっちり引き下げる。


夕方とはいえ、まだ日は長い。

街灯がなくとも彼女の表情が十分に分かるくらいには。

にもかかわらず当然のように露出しようというのだから、止めるに決まっていた。


ふしぎそうに首をかしげる彼女は、一見すると無垢だった。


「あれ?違った?」

「いや、うん。ちがうちがう」

「ふぅん」


ぱっと手を振り払った彼女はベンチに座る。

私もまた腰を下ろして、隣に座る彼女をちらりとうかがった。


「えっと、もしかしてこういうの経験ある人?」

「さすがに同学年はないかな」

「なるほど」


そこまであっさりと言われては納得するしかない。

神妙に頷いていると、彼女は初めて興味を示したみたいに私の顔を覗き込んでくる。


「なんでワタシ買おうって思ったの?」

「……なんとなく?」

「あはは。なんとなくかー」


楽しげに笑った彼女がぱしぱしと肩を叩いてくる。

ちょっと痛かったけど、なんとなく気分はよかった。

優等生で通っている彼女の、三つ目の顔を見れたような気がしていた。


「はぁーあ。なんか気ぃ抜けちゃった」


ベンチにぐったりと背中を預け空を見上げる彼女は、イメージとはまったく違って見える。

優等生も大変なのだなと勝手になっとくして、カバンからペットボトルを差し出した。


「これあげる。さっき買ったやつだから」


部活後にわざわざ来てくれるからと買っておいたスポーツドリンク。

彼女はそれをまじまじと見つめて、それから噴き出した。


「あっはははは!ありがとぉ!ふ、ふっ、く、あぁだめだ、あははははは!」

「喜んでもらえてなにより」


けたけたと笑いながらも受け取ってもらえたので良しとする。

自分でもおかしいことをしている自覚はあるんだ。

だけどあまりにも突発的だったから、べつに彼女にしてほしいこととか一緒にしたいこととかなにもない。まさか一緒に走ろうぜとか冗談でも言えないし。


色々考えても思いつかなかったから、結局私は諦めていた。

高嶺の花な有名人と無駄な30分を過ごすのはある意味レアなことだから、それでいいかなっていう感じだった。

それがまさかこんなに爆笑されることになるとは。

なんだろう、嬉しいような、なにかすごい馬鹿にされてるような。


ひとしきり笑った彼女は、くぴくぴとスポーツドリンクを飲んでぷはぁと一息ついた。


「はぁ。なんか生き返ったキブンかも」

「それだけ笑ったらそりゃあ美味しいよね」

「ふふ。そだね」


楽しげに笑う彼女はまた空を見上げる。

そんなに空が好きなんだろうか。

真似して見上げてもあまり共感はできない。


もしかしたら彼女は私より空に近いのかもしれない。

手が届くかなと伸ばそうとして、でも、隣にいることに気がついたから、大人しく袖をつまんだ。

視線を感じるけど、振り向くことはできない。

中途半端なことをしているなと、ぼんやり思った。


―――彼女が私を覗き込む。


あ、キスされる。


そう思ったけど、彼女がくれたのは投げキッスだった。

なぜに投げキッス。

キザなのに様になるのが不思議、じゃないな、うん。


「そんなことする人はじめて見た」

「ワタシも初めてした」


からからと笑った彼女は、ぐぐっと伸びをして立ち上がった。

指先は簡単に離れてしまった。

それでも少しだけは触れていたのだと、指紋に残るほんの少しのざらつきが教えてくれる。


見とれる間もなく、わしゃわしゃと頭を撫でられる。

同い年のはずの彼女はどこか大人びて見えた。

経験値の差かもしれない。

彼女はどんな経験を積んできたのか。


わしゃわしゃ撫でていた手はするりと落ちて、耳をわにゅわにゅと弄ぶ。

あいにく耳は性感帯でもない。それでも少し気恥ずかしくて笑ってしまった。


彼女はひらりと身を翻すと、くるりくるりと舞う。

そうして立ち止まった彼女は、私を見つめてペットボトルを頬にそえる。

ちゃぷ、と、飲みかけのスポーツドリンクが弾んだ。

透明よりもすこしだけ濁っている。


「ありがとね。次は“なんとなく”じゃないことを期待しとくよ」


どうやら、私には彼女の30分は高値(・・)すぎたらしい。

まだ時間も経っていないのに去っていく彼女を、呼び止める気にはあまりならなかった。

止めてしまいたくないほどに、それは綺麗な姿だったからだ。


せっかくだから残りの時間は、彼女との次を考えるために使おうか。

彼女と甘々になるのはまだちょっと先です。

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