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048 対極的な先輩と親友と(1)

誤字報告ありがとうございます

子供だからこそなのか恐るべき執念ととんでもない強引さで押し切られて双子ちゃんたちと謎の関係になってしまった私。

思い返せば思い返すほどやりようはもっとあったんじゃないかとそう思えてきて自分が少し嫌になる。彼女たちの未来を捻じ曲げてしまっているんじゃないかって。


それでもやっぱりちゃんと真正面から向き合っていくしかないんだろうなあとそんなことを思いつつ。


私はある日、先輩を近くのカフェに呼びつけていた。

真剣に向き合うというなら彼女は外せない。

きっと誰よりも私のことで思い悩んでくれた先輩とも、ちゃんと話をしたかった。


のに。


「!ちょっとこれ食べてみなさいよ!美味しいわよ!」


きらきらと目を輝かせて一口分のケーキを差し出してくるとなりの親友。

先輩と待ち合わせたカフェで偶然にも遭遇した彼女は、当然のように私たちに混ざっていた。


彼女のあーんを受け入れると、向かいに座った先輩もにこやかな無言で一口差し出してくる。私とおそろいのケーキだ、とか言うのは野暮だろう。ぱくりと食べて、ふたりにちゃんとお返しをする。


コーヒーとか紅茶で各々口の中をさっぱりしたところで、口火を切ったのは先輩だった。


「それでユミカ後輩。わざわざボクを呼んだのはデート以外にもなにか要件があったからだよね」

「そう、ですね」


デートはするんだ、とか突っ込まない。ちゃんと一日予定のない日にしたのはちょっぴりそのつもりがあったからだ。もっとも話の内容によってはできないかもしれないとも思っているけど。


ちらっと親友に視線を向けると明らかに聞き耳を立てつつもケーキをぱくついているので、ひとまずスルーして本題に入る。


「といっても意思表明みたいなものなんです。私、みんなとちゃんと向き合おうと思っていてですね。せめて夏休みが終わる前には、なんらかの結論を出そうと考えています」

「なるほど」


私の言葉を受けて、先輩は紅茶を一口含む。ティーカップが普段よりも大きな音を立てて、彼女はひとつ吐息した。


「それはつまり、キミを仕留めるのは今のうちだと挑発しているのかい」

「そういう意図はまったくないですけども????」


私が困惑するのに、先輩はまるで自分の言葉を間違っているとは少しも思っていないみたいにうんうんと頷く。

幻聴とか聞こえてないだろうかと少し心配になりつつ。

それでもなんとか冷静になる思考が、彼女の言葉を少しずつ理解していく。


「えっとですね。そういう、誰にしようかっていうことではなくてですね」

「分かっているよ。キミは全員を選べないのなら誰も選ばないだろうさ」

「そこまで極端では……」


ない、とそう言えず言葉を淀ませる。

事実、それは私も思っていたことだ。

彼女たちの好意を真剣に考えれば考えるほど、誰かひとりとかいう選択肢が遠ざかっていく。それはそうだ。人間の女性というくらいしか共通点のないまったく違う生き物をどうして比較できる。ジャンルが違いすぎて並べることさえままならない。確かなものなんて年齢順くらいのものだ。


―――目下最有力の選択が、全員をちゃんとフって回ること。


「……いえ、そうですね。たぶん、極端なことをしてしまうと、そう思います」


もちろんそれで終わるとは思っていない。

というか双子ちゃんなんかはそれで終わらなかったパターンの一例だ。

だけど、私から受け入れることはないのだというスタンスを明確化すれば、いずれは……と、そんなふうに、妄想している。


私の言葉に先輩は目を細め、そして隣からフォークの先端が付きつけられる。

少なくともその頭よりは鋭い視線を見つめ返すと、彼女は頬杖をついたまま口を開く。


「アンタって、ワタシとさよならするつもりでいるワケ?」

「絶対にヤダ」

「それでも最悪のときはってこと?バッカみたい」


普段暴走しがちな彼女は、心底イラ立った様子で、だけどひどく冷静だった。

私の思考を悲しくなるほどに見透かして、底知れない呆れにイラ立っている。


「まあユミカ後輩らしい結論ではあるね」


一方の先輩は理解を示すように頷く。

かといって受け入れるという訳ではない。さっきの発言はそういうことだ。


私がくだらない結論に至るくらいなら、強引なことをしてでも私を独占するという、彼女からの犯行声明。それが先輩のスタンス。


そしてそれと同時に、先輩は先輩として私に問う。


「それで?キミはどうしたいんだい」

「…………」


尋ねられるだろうとは思っていた。

だから答えを用意しようと考えていた。

その結果がこの沈黙(ザマ)だ。


答えはある。

だけど、それを口にするのには勇気が必要だった。


そんな私を、先輩は急かすことなく待ってくれる。

それに甘えてゆっくりと言葉を形作ろうとする横から、頬をつねられた。

鋭い視線は、今は先輩に向けられている。


「先輩だかなんだか知らないですけどうちのユミカを甘やかさないでくれませんか。どうせまたワガママで自己中なこと言うんだから変に取り繕わせない方がいいんですよ」

「ボクは先輩だからね」

「あっそうですか。ワタシは親友ですけどねっ」


自慢げに胸を張って先輩の瞳をわずかに覗かせた親友は、そのまま私を睨み下ろす。


「で。言ってみなさいよ。はーやーくー」

「えと」

「次言い淀んだらぶん殴ってやる」

「み、みんなと仲良くできたらいいなぁ……とか……」

「うっわ。つまりなに?全員モノにしようとか考えてるのね?」

「言い方っていうものが……いや間違ってない……いや間違って……うぅむ……」


全員モノにしようと考えている訳ではない。ほんとに。

やっぱりそれを不誠実とそう思う回路は心に搭載されている。

それなのにできればみんなと関係を続けていきたいし離したくないっていう、そんな欲望。


つまりは、こうして向き合うことを放棄するという、結論。


おかしな話だと思う。単純にどこまでも不誠実だし。

だけど、真剣に向き合おうとするとどうしても受け入れるという選択肢をとれない訳で。

本音を言ったら全部投げ出してリルカでごり押ししたい。複雑な感情とか抜きで好き放題愛し合いたい。


どうしたいか、という問いかけへの答えはそれが全てだ。


だから私は反対に問いかける。


「……したくないことをするには、どうすればいいと思う?」

「知ったこっちゃないわよ。しなければいいんじゃないの」


親友からの返答はにべもない。

あっさりとした言葉だ。


だからこそ、私は驚愕した。


「そんな、よくない、でしょ?」

「だから知ったこっちゃないわよ。それともなに?アンタの言うみんなのなかにワタシを入れてないワケ?それとも女に囲まれたいだけでひとりひとりは適当でいいとか考えてるの?」

「そんなことはないけど……」


自分を好いてくれる好きな人と好き勝手できるのにおざなりにできる訳もない。

だけど普通、ひとりだけになれないことは苦痛でしかないはずなんだ。少なくとも私は、私以外を見るみんなを想像しただけで吐き気がする。


それなのに彼女は呆れた視線を向けてくる。


「なによ。あんたはわがままで自己中心的でどうしようもないやつなんだから勝手にしてればいいのよ、いつも通りね。……イヤなら勝手に嫌ってるわ、とっくに」


つんとそっぽを向く横顔を見つめる。

本気で言っていると分かるからこそ困惑する。

それは図書委員の彼女に言われたのと同じことだ。


私の傍にいるのなら、それはつまり、私のことを受け入れてくれているのだというひどい暴論。

それでもって、親友は私を許そうと言う。


「―――したくないことをする方法は簡単だよ」


頬に触れた手に誘われる。

身を乗り出した先輩の、光がどこにもない暗闇の目が私を捕らえる。


「それが、したいことに(・・・・・・)すればいい(・・・・・)


先輩の言葉もまた単純だった。

ある意味彼女らしく、淡々として、暴力的な言葉。


「いくらでも協力するよ、ユミカ後輩。言ってくれればいつだってね」

「……」


先輩の言葉には背筋が震えるような魅力がある。

してはいけないと分かっていても、したくなるような心地。


ぐいと引きずり出すのは、親友の手だった。


「おかしなこと言わないでください」

「そもそも。キミはどうなんだい」

「はぁ?」


ふたりが睨み合う。

バチバチと散る火花が頬をかすめていくような気がした。


「キミはそんなことを言うけれど、実際他の女がユミカ後輩に触れているのを嫉妬するだろう?今だってそうだったんじゃないかい?」

「……そんなんじゃないですケド」

「バカバカしいね。どれだけ受け入れたふりをしたって、結局はその人の全てが欲しくなるに決まってる」

「それはあなたが強欲なだけじゃないですか」

「人と一対一で好き合うのを強欲と呼ぶのは少なくともこの日本では異端だよ」


ふたりの舌戦が私の胸を容赦なくえぐる。

とくに先輩。

なんならそのつもりで言葉を選んでいる節さえある。

彼女は一切妥協せず、たったひとりを求めているのだと痛烈に伝わってくる。


……これを心のどこかで喜んでしまうから私はどうしようもないやつなんだ。


ずぅんと沈む頭上で、彼女たちの論争は―――主に親友がヒートアップしていく。


「―――そこまで言うならやってみればいいじゃないッ!」


バァンッ!とテーブルがぶっ叩かれる。

びくっとして意識を向けると、彼女はふしゅるふしゅると息巻いている。

ぎょろりと睨みつけられてびびっちまう私に、彼女はスマホを突き出してきた。


「今!ここで!ふたりまとめてシて!それでワタシがそんな嫉妬しないって分からせてやるわッ!」


咆哮。


まさにそうとしか呼べない彼女の言葉。


……ところでここ、けっこう静かめなカフェだ。

お客さんもそこそこいる。


そんなところで大声を出せばもちろん注目をかっさらってしまう訳で。


「キミは少しは場所を弁えるべきだ」

「なんですってッ!……ッ!?」


嘲笑うような先輩に噛みついて、だけどその直後にハッと気がついた彼女が青ざめる。

隠れるように座り込んで私を睨んでくるけど、完全に自分のせいだから助けを求めないでほしかった。


「あ、あとで覚えときなさいよ」


そんな彼女の言葉を受けつつ、さすがに注目が痛いので私たちはカフェを後にするのだった。

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