046 コドモな双子ちゃんたちと(1)
険悪な女子中学生とスポーツ少女のハジメテの共同作業のせいで数日腹筋が痛かった。
やめてとか痛いとか言ってもがいてもまったくやめてくれなかったんだからひどい話だ。
メイちゃんなんてバイト中も筋肉痛なの分かって笑わせてくるし。
というか最近、私から攻める側だったはずの子たちに続けざまにいいようにされている気がする。私の本質がそうなのだろうか……。
さておき。
筋肉痛もすっかり治ったころ、私は自宅近くの公園でぼぉっとしていた。
恋愛について思い悩んでいる訳ではなかった。
どうあっても全員とちゃんと向き合わなきゃいけないんだって、もう分かっていた。
待っていたのだ、私は。彼女らを。
「あ、ゆみー!」
しゅだだー!と元気いっぱいに駆け寄ってくる双子姉妹のおねえちゃん。
その向こうには微笑みを浮かべて歩いてくるいもうとちゃんがいて、さらに向こうにはふたりのママさんたちがいる。相変わらずどちらも美人さんだ。大事な娘さんと友達してるこんな怪し気な高校生にも気さくに手を振ってくれる。
ふたりはどうやら私たちを見守る保護者に徹するようで、向こうのベンチに座ってお話を始めた。下手なことはできないな……や、するつもりもないんだけど。
「おはよ!おはよ!」
「おはよう。今日もかわいいねえ。アリスちゃんみたい」
「ありがとー!ゆみもかわいーよ!」
「ふふ、ありがと」
ノースリーブのエプロンドレスみたいな服を着たおねえちゃん。
ロリータ系?みたいな。どことなく不思議の国のアリスモチーフを感じる。斜めに提げる大きめの革のポーチが、どこへだって走り出しそうなやんちゃ感。
いつもよりもずいぶんとハイテンションにじゃれついてくる彼女をよしよしとなだめ可愛がっていると、いもうとちゃんもやってきて隣に座る。
すすっと体を寄せてしなだれかかるようにして私を見上げる満月みたいなニッコリ笑顔。
「おはようございます、ゆみかちゃん」
「おはよう。お姉ちゃんとおそろいだね。どっちも似合ってる」
「ありがとうございます」
おねえちゃんは青空みたいに快活で、いもうとちゃんは静かなモノクローム。
どちらもとてもよく似合っていて、こうして侍らせているとそれだけでウキウキしてくる。
「今日はどこかにおでかけ?おめかししてるね」
「おいわいだよ!」
「お祝い?」
「うふふ。そうなんです」
にこにこと笑いながら、レースをあしらった艶やかな黒のポーチを開く。
そうして取り出すのは、一台のスマホだった。
兎っぽいシリコンケースに入っている。
普段はおねえちゃんが持ってるのに、と思いかけて。
そもそも機種が違うことに気がついてピンときた。
「もしかしていもうとちゃんもスマホ買ったの?」
「はい♪ひとりいちだいになったんです♪」
「わたしもあたらしーのだよ!よ!」
ずいっと突き出される手帳カバー入りのスマホ。
ぱっと見に機種の違いは分からないけど、嬉しそうに笑う彼女を見れば一目瞭然だ。
「へぇ!すごいや、おめでとう。ふたりともちょっとお姉さんになったのかな」
「むふふー!」
「てれてしまいます……♡」
ようしようしとふたりまとめてなで可愛がる。
たしかに初めて自分だけのスマホを手に入れたときってすごい嬉しいんだよね。
自分でできることがグッと広がるし。
にこにこしていると、いもうとちゃんが膝立ちになって私に顔を寄せる。
とろりととろけるような笑み。
相手は小学生だっていうのに、ゾクッと背筋が震える。
「これで、わたしもゆみかちゃんのモノになれますよ……♡」
「―――へ?」
「いつもおねぇちゃんばっかりズルいなって、おもってたんです♡」
「え、え、え、?」
理解が追い付かない。
彼女はなにを言っている。
まるで、まるで今までリルカを使ったときに仲間外れだったみたいに……?
ハッと思い出す。
そうだ。
他のみんなはふたり買ったら当然二人分の値段だった。当然だ。
だけどこのふたりは、スマホが一台しかないから、だから……?
だから今まで、私はおねえちゃんしか買っていなかった……?
え。
じゃあいもうとちゃんのこれまではなんだったんだ。
リルカなしであんなことをしていたというのだろうか。
「ゆみ……きょうも、するの……?」
いもうとちゃんの言葉に反応して、きゅっと服を掴んで上目遣いに見つめてくるおねえちゃん。いもうとちゃんもぐいぐいくる。
うっかり流されてしまいそうになるけれど、私は今日はこれにノーと言うために来たんだ。
「い、やあのね。私……私、もうふたりとはそういうことはしないの」
私が言うと、ふたりはきょとんと目を丸くする。
いまいち言葉が理解できてないみたいな様子で顔を見合わせて、それからそろって首をかしげる。
「なんで?」
「どうしてですか?」
驚きではなくシンプルな疑問符が飛んでくる。
どうしてもこうしてもない。
「そりゃあまあ、本当はとてもよくないことだから?」
「えー」
「いまさらですか?」
「うんまあ、そうだね」
呆れた様子のいもうとちゃんに反論の余地もない。
まったく今更だ。
今更だけど、大事なことだ。
本来リルカする気はなかったこのふたり。
幼いからと軽率にしてしまった、というクズの言い分がまったくその通りというクズさ加減。
その結果『ふたりなら辛うじて目をつぶれるくらいのセンシティブ』に巻き込まれたりしてなんだかんだ楽しくはあったけれど、みんなと向き合うにあたってちょっと……顔向けできないようなことは清算しておきたい。
そんな身勝手な私にいい印象は当然ないようで、いもうとちゃんに頬をつねられる。
「じゃあ、ゆみかちゃんはセキニンとってくれるんですか?」
「責任……?」
わ、私またなにかやっちゃいました?
「あんね、みくちゃんとソウダンしてふたりでゆみのおよめさんになろーって」
「はぇ」
おねえちゃんから放たれる言葉に硬直する。
およめさん。
オヨメサン。
お嫁さん?
お嫁さん。
に。
ふたりで。
つまり、小学生女児ふたりが高校生女子に嫁入り宣言した。
今起こったことを端的にまとめるとそうなるだろうか。
それを理解することにさえ多大な時間をかける私に、いもうとちゃんが耳元で追撃する。
「キスをするとこどもができてしまうんですよ」
「あぃえぇ……」
あんなドギツイことをしているのにその程度の貞操観念でいるのか。
それともこれもお姉ちゃんをモノにするための毒なのか……そこはかとなく恥じらっている表情からして本気で言っていそうなのが恐ろしい。
というか。
「えっと、それならふたりもしてるんじゃ……?」
「わたしたちはこどもですよ?」
「ぉん……」
小学生同士→セーフ。
小学生と高校生→アウト。
字面的には間違ってないけども。
いったいどういう性教育を施したらこうなるんでしょうかママさん。
ああ、ふたりともお話に夢中だ……いやけっこうヤバい体勢だしその方がいいのかもしれないけど。
ともかくそれなら話は早い。
「あのね、ふたりとも。キスじゃ子供はできないんだよ」
「そーなの!?」
「ではどうすればできるんですか」
「うんと。女の子同士の場合だと、一回病院に行って色々しないとできない、かな」
「いろいろ?」
「ぐたいてきにおしえてください」
「えっとぉ……」
ぐいぐいと迫ってくる小学生二人。
そうは言っても、私だって習った以上のことは知らない。
そしてそれはある程度生物学の知識が必要で、だからふたりに説明するのは少し難しい。
というかこれでも女子高生なわけで、生殖に関して詳しく語るとかこう、羞恥心がひどい。
だから自然と言い淀む私に、いもうとちゃんがすっと表情を失う。
「ゆみかちゃん、もしかしてウソついてセキニンとってくれないんですか」
「違うよ!?」
「ゆみ、わたしたちのおよめさんになるのイヤ?」
「いやだからそうじゃなくて……」
どう説明すればいいのかとぐるぐる頭をひねる。
嫌じゃないけどそういう訳にもいかない、という自己都合を彼女たちにどう納得させればいいのか。
悩んでいる間にもふたりはどんどんと不満を抱えていって、むぎぃと頬を引っ張られてしんどい。
「あにょにぇ」
「なにいってるかわかりません」
「ねーえわたしゆみのおよめさんになりたいー!」
「らきゃりゃ」
「ちゃんとはっきりしゃべってください」
まさにふたりのせいではっきり喋れないんだけども。
そう思って手を払おうとするけど、そうすればするだけピンチ力が上がって頬が千切れそうになる。
いっそ涙目になっていもうとちゃんは私を睨んだ。
「だめです!ゆみかちゃんはおよめさんになるいがいはなせません!」
「ひもうひょひゃん」
「そうじゃないとママにいいつけちゃいますよ!」
「ふぐ」
キラーワードすぎる言葉が突き刺さる。
だけどそうかといって頷いてしまう訳にもいかない。
私はどうにか想いが伝わってほしいと願い、いもうとちゃんを見つめながらその手を包む。
「……うぅ……」
するといもうとちゃんは、悔しそうに俯きながらも手を離してくれた。
私はふたりの手を取ってぎゅっと握る。
「キスで子供ができないのは本当。だけどね。私がやってしまったことが、ふたりにとってそれくらい大事なことなんだって、知らなかったわけじゃなかった」
私が真剣に語れば、ふたりも少しでも理解をしようと熱心に耳を傾けてくれる。
やっぱりいい子たちだ。私が触れるべきじゃなかったのだと、深い後悔が胸にあった。
「私は責任を取る。だけど、それはふたりがしてほしいようなやり方じゃない。ふたりがお願いするみたいに、ふたりのこれからの人生を受け取ってあげることは、私にはできないの」
しょせん子供の言い分だと。
そう言ってしまうこともできるだろう。
小学生の結婚しようなんて、幼気な好意と年上への無邪気な憧れでしかないんだって、適当に流してしまうこともできると思う。
そうしたくないと思うような子たちだからこそ、私は試しにでもリルカを使ってしまった。
だからごめんねと。
そう続けようとした口を、シリコンのウサギさんが塞ぐ。
いもうとちゃんの純な瞳に心臓がきゅっとなる。
血液を送り出す管が締まって、心臓がいっぱいに膨れてしまう。
「さいごに、いちどだけ、わたしにもしてください……」
「……」
こぼれたしずくをそっと拾い上げる。
頬をなでて、涙の痕を拭った。
この少女の願いを跳ね除けることなんてできるはずもなかった。
こんなにも私は彼女のなかで大きかったのだと、いまさらになって思い知る。
どうしてとか、そんなはずはとか、湧き上がる言葉は全部捻じ伏せた。
「おねぇちゃんもいっしょに、さいごに、いちどだけでいいんです」
「みくちゃん……」
キュッと抱き寄せられたおねえちゃんは、自分も悲しそうに目を伏せて、だけど慰めるようにいもうとちゃんにくちづけた。
私はひとつ吐息して、懐からリルカを取り出す。
「これが、本当に、最後。ごめんね。その代わり、今までしてあげられなかった分、ふたりともいっぱい可愛がってあげるね」
受動的な彼女たちとのかかわりを、今日ばかりは、能動的に。
そう決意した私を、ふたりは寂しげな笑みで受け入れた。




