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044 険悪な女子中学生とスポーツ娘と(1)

「いらっしゃいませー!」

「いらっしゃいませー」


にこやかに笑って挨拶するメイちゃん。

元気いっぱいな看板娘に、常連のマダムもついついにっこり。隣の私までついついほんわか。こうして働いている姿を見ると、メイちゃんはやっぱり魅力的だなあと思える。


そんな彼女がお客様対応しているのを横目に、私はエプロンのポケットに手を入れた。

触れるプラスチックの感触を手探りして、かち、とスイッチを入れた。


「―――以上四点で税込みぃッ!?」


そのとたんびくっと身体を振るわせて、ぎゅっと内股になるメイちゃん。


「ど、どうしたの?大丈夫?」


びっくりしたお客さんに心配されると、彼女はプルプル震えながらもこわばった笑みを浮かべる。


「ご、ごめんなさい。ぜ、税込み955円です」

「そ、そう?」


気丈に振舞いながらもちょっとだけ身体が前のめりになっていることにお客さんも気がついていて心配そうな表情をしているけど、並んでいる人もいる中で袋に入った商品を手渡されてはさようならするしかない。


「メイちゃん、大丈夫?」

「ゆ、ユミ姉……」


近づいて笑いかけると彼女はすがるように私のエプロンを掴んだ。

断続的にぴくぴくと身体を震わせ頬を赤く染めた女子中学生が潤んだ瞳で私を見上げている光景。相手が見知った親しい子だと思うと、こう、庇護欲がそそられる。

あまりのにやにやに頬が痛むのを感じつつ、彼女の肩をそっと抱く。


「ほらメイちゃん。お客さん待ってるよ。できる?」

「ん、ぅ……で、できる、よ」

「それならほら、頑張って」


耳元でささやいてあげれば、彼女は唇を引き結んで頷く。

そうしてぎゅっとエプロンを掴んだままお客様に向き合った。


「い、いらっしゃいませ」

「え、っと、これ、持ち帰りで」


女子高生に肩を抱かれながら並々ならない様相で対応する女子中学生看板娘にたじろぐお客様。だけどそこにアンタッチャブルなものを感じたのか大人しくお買い物をしていく。

メイちゃんも少しは慣れたのか、やや身体を強張らせながらも徐々に普段通りの落ち着きを取り戻していく。


だから、私はポケットのリモコンで彼女への刺激を一段階強くした。


「っ、こ、こちら差し込みおねがいします、」


今度は覚悟ができていたのかあまり反応せずに耐えるメイちゃん。

私のエプロンがさらにしわしわになっていくけど気にしない。

ちらっと自慢げに向けられる視線に笑みを返し、彼女が慌てて止めようとする前に一足飛びに段階を上げる。


「ぅあ゛ぅッ!!!!」


くっと体を追ってその場に崩れ落ちるメイちゃん。

ちょうど並んでいるお客さんもさばき切った後だから、お客さんはバラエティ豊かなパンに注目して気がついていない。声に反応してちらほら向けられる視線にも、私がにこりと笑い返せば気のせいだと処理される。

最近姉さんの影響か笑顔の説得力が増しているような気がする。いい傾向なんだろうか。


そんなことを思いつつメイちゃんのそばにしゃがみ込む。


「メイちゃん大丈夫?」

「ゆ、ユミ姉っ、」

「もう我慢できなくなっちゃった?ふふ。メイちゃんがおねだりしたのに」

「だってこんなッ、すごっ、と、とめ……ッ!」


びくびくと震えながら縋り付くメイちゃん。

どうやら相当限界が近いらしい。

彼女を見ているとなにか胸の奥でヤる気スイッチが入ってしまうようで、全身をゾクゾクと熱い震えが満たした。


「メイちゃんのわがままでこんなお仕事中にシてあげてるのに、今度は止めてほしいなんて。メイちゃんってそんな自分勝手な子だったかなぁ」

「ごめんなさいっ、わたしっ、ごめんっ、もっ、へんなこと言わないっ、からっ」

「ふふ。仕方ないなあメイちゃんは―――ほら、見せてみて?」

「っ、ぅ、うん」


メイちゃんは恥ずかし気にエプロンをまくり上げると口で咥えて抑える。

そしてその下のシンプルなシャツの裾を、私にまで心臓の音が聞こえてきそうなくらい真っ赤になりながら、ゆっくりと、持ち上げていく。


そうして露になるのは、先ほどから彼女を苛んでいた―――腹筋マシ―ン。


なにかの影響で腹筋に憧れたメイちゃんの相談に乗るうちに私が腹筋マシーンを試したことがあるという話になって、なぜか着けたままお仕事をする流れになって、しかも私にリモコンを渡してきたという……今思えば意味が分からないけど楽しかったからよしとしよう。


私は彼女の腹筋マシーンの本体電源をオフにして、リモコンからの操作も受け付けないようにしてあげる。

そうしてようやくホッとした彼女をぽんぽんとなでれば、ぷくぅと頬を膨らませて睨まれる。


「ユミ姉のいじわる」

「メイちゃんがお仕事中にそんなことしようなんて言うからだよ。まあオシオキだね」

「むぅぅ……」


不服そうに唸るけど、そもそもそんな不真面目なことでわがままを言うメイちゃんが悪い。

そりゃあ言葉での説得をわりと早めに投げ捨ててイジメてみようと画策したのは私だけど、あくまで教育的な指導であって私はなにも悪くない。……あれこれもしかして体罰……?


気にしないことにする。


ともあれ余計なものもなくなったのでお仕事に励もうと心機一転。

しようとしたところで、ふと影が差す。


「―――なーにしてるのかなー」

「きゃっ!」

「ぴぎっ」


頭上から降ってきた声に見上げると、カウンターから身を乗り出してニマニマ笑うカケルがいた。Tシャツの上にパーカーを着てずいぶんやんちゃそう。そりゃやんちゃだよカウンターの向こう覗いちゃうくらいなんだもんね……!


慌てて詰めよってメイちゃんを視線からかばう。


「ちょっ、カケルっ!なんで!?」

「おいしそうな匂いに誘われて?そしたらなんか同級生の淫行現場を目撃しちゃったカンジかな」

「違うよ!?いかがわしいことなんて―――」


事実上は


「―――ないよ!?」

「あはは。その『間』がゼンブを物語ってるよねー」

「ナニイッテルカワカラナイデス」


たしかに女子中学生に震えるおもちゃを仕込んでリモコン操作していたのは間違いないけどメイちゃんをそんないかがわしい対象として捉えたりなんかしない。

以前お姉さんに言われた言葉は私の耳にも痛かった。メイちゃんはほんとに、もう少し広い世界を知って私いがいのステキな人を……見つけるのはまだ先でいいにしても、私以外にもちゃんと意識を向けてほしいからあまり不用意なことはしたくない。


そう思っている私がやっていることなのでつまり健全。


傍から見たら十中八九なにかしらのプレイに見えたとしても健全極まっているのだ。


そんなことを思いながらも目を逸らす私をけらけら笑って、カケルはまるで当然のように頬にキスしてきた。

とつぜんすぎてきょとんとする私に彼女はにこりと笑みを浮かべる。


「いちおう嫉妬しとこっかなって」

「軽くない?」

「だってワタシのでもないしねー。……今のところは」

「なるほど」


彼女の本気は折に触れて実感していたけど、改めて向き合うとなんだかむずがゆい。

こんなにもステキな人に愛情を向けられているのだと思うと不思議な心地がした。


彼女の頬に触れて。

そうしたいと思ったから、顔を近づける。

触れそうになって。

だけど。


そうしてはいけないと、そう感じた。


彼女の好意をいたぶるようなことはしたくない。

彼女の本気を受け取ったからこそ私の思いは正しくない(・・・・・)

まだなんの決意もできていないから、だから―――


「んっ……」

「……っふ。なんかユミカ、ちょっと変わったね」


軽くくちづけて離れて行く彼女の笑みに呆然とする。

私なんかよりもずっと大人びた彼女に、憧れのようなものがうずく。


「なにかあった?」

「……みんなのことを、ちゃんと考えないとって」

「あー。そこかしこで粉かけまくってるからねえ。そこの子とか」

「え」


ハッとして見れば、呆然と見上げるメイちゃん。

状況を理解するのにしばらくかかる。


……つまり、想い人のキスシーンを目撃したことに……なってしまう、のか。


私は彼女のもとに座り込んで、ひとまずその手を取った。

どう言ってもどうにもならないのにどうにか言おうとして、口が意味もなく動く。

そんなクズを見てなんの慰めを得られる訳もなく。

彼女は全てを理解したような勘違いに頬を歪める。


「わ、たし、……あはは、は……」


ふらりと立ち上がるメイちゃん。

手を振り払われた私は置き去りで。

見上げた先で、メイちゃんはまるでいつもどおりみたいな笑顔をカケルへと向ける。


「いらっしゃいませ。商品はお決まりですか?」

「うーん。もうちょっと悩んどこうかな。目移りしちゃって」

「あはは。うちのパンは全部見た目以上においしいですよ。ごゆっくりどうぞ」


ふたりはまるでなにごともなかったかのような会話をして、そうしてカケルはお店を見て回る。


「め、メイちゃん」

「どしたのユミ姉」

「メイちゃん、私」

「いいよいいよ。ごめんねユミ姉。私、ユミ姉にあんなカッコイイ彼女さんいるなんて知らなかったから」

「ちがっ」

「あ、いらっしゃいませー」


ちょうどそのときお客さんが入ってきて、私の否定は遮られる。

それからは、私がなんと言っても流されたりお客さんを理由に遮られたりで、彼女とはほとんど会話ができなかった。

お昼前の一番忙しい時だからいつもこの時間帯はほとんど会話をしている暇はない。

それでも合間合間にちょっとしたやりとりはあるのが普段なのに、今日は業務的なことしか話せなかった。


そうこうしている間に彼女のお母さんがやってきて、別のバイトの子もやってくる。

私たちは午前中のシフトになっているから、今日はこれでお終いだ。


交替の挨拶を交わした後で、ひょこひょことカケルが近づいてくる。

メイちゃんはそのまま裏の更衣室へとはけてしまうようだった。


「ユミカ今日終わり?」

「カケル、今から私たち更衣室行くから」

「ふうん?」


ちらっとメイちゃんに視線を向けたカケルが面白そうに目を細める。

私としてはまったく笑い事じゃないんだけど、まあ今はとやかく言っていられない。


「女子更衣室にいるから。ぐるっと回ったところの裏口の方で待ってて」

「はいはーい」


ひらりと手を振ったカケルに背を向けてメイちゃんを追う。

叩きつけるように閉じた扉を慌てて開いて中に入れば、そのとたんにメイちゃんが胸に飛び込んできた。

押し付けられた扉が体重で押し開いて、ノブに脇腹を強打しながらしりもちをつく。

打撲した部分を抑えて呻き声を上げるだけの生き物になりたいくらいの鈍痛はあったけど、熱く溶けていく胸の方が耐えられないほどに苦痛だった。


ぎゅうと抱きしめれば、彼女もまたぎゅっと力を返してくれる。


「ごめんユミ姉、ごめん、あんなヤな態度とって……おねがい、嫌いにならないで、」

「どうして。メイちゃんを嫌いになんてならないよ。ぜったい。ぜったいに」


ぽんぽんと背を叩きながらゆっくりとささやく。

彼女は嗚咽を飲み込もうとしてしゃくりあげながら、ぐしゃぐしゃになった顔で私を見上げた。


「わたし、ユミ姉ちゃんと諦めるから、嫉妬なんてしないから、」

「違うの。メイちゃん、カケルは恋人じゃないんだよ」

「でも、だって、キスしてたよ……?」

「それは……」


どう応えようかと迷う。

恋人関係にない不特定多数とキスをするような人間であるということをどうにかオブラートに包んで伝えようと思考が巡って。


だけど、彼女にはそんな詭弁を使いたくなくて、やめた。


「あのね、メイちゃん」

「―――それは私がユミカちゃんのこと狙っちゃってるからだねえ」


意を決して打ち明けようと思ったところに、思いのほか早く彼女がやってきた。

にこにこ笑う彼女はメイちゃんを立たせて、それから私も立たせてくれたと思ったらぎゅっと後ろ抱きにする。


くいっと顎を上げられて、彼女の頬に頭の横が触れる。


「キミはどうか知らないけど、ワタシはキスくらい恋人じゃなくてもしちゃうんだよね」


ちゅ、と当てつけのように頬にくちづけ。

やめてと止める間もなくあっという間だった。

抗議の言葉よりも前に解放されて、そのとたんメイちゃんが私の手を取って引き寄せた。


彼女はカケルを私の仇のような目で睨んでいて、カケルはそれに笑みを返している。


カケルは今私のせいでとてもよくないことをしようとしている。

それを理解した私はふたりのあいだに万能独壇場作成器ことリルカを差し出す。

このムードを強引に断ち切って話を聞かせるための手段を私はこれしか知らなかった。


「とりあえずふたりとも中で話そ?ね?」

「ユミカ、ワタシ別にいいよ」

「いいから」

「はーい」

「メイちゃんも、ね?」

「……うん」


ぎゅ、と私の腕を離さぬようにと抱きながら頷いてくれるメイちゃん。

どことなく呆れた様子のカケルも連れて、私は三人で更衣室へと引きこもった。

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