043 仲良しな図書委員と不良と(2)
誤字報告ありがとうございます
そういえば後輩ちゃんの一件でふたり同時は止めようと思ったなぁ、と。
そんなことを思いつつ。
なぜか腕を縛られてソファの上に転がされている。
inカラオケボックス。
監視カメラって知ってる?
「さ、サクラさん、こ、こんなことはよくないと思います!」
「いんだよ別に。こいつにはちょいとくらい灸をすえてやる方がいい」
「ちょ、調子に乗りましたごめんなさい」
「あっそ」
誠実な謝罪は警察が必要なタイプの世界観なのでめちゃくちゃさらっと流された。
そして彼女は私からリルカを奪い取ってスマホをかざす。
というかなんだかんだ言いつつふたりとも。
うーん。
「ほら、今なら何やってもこいつのせいだぜ」
「そ、そんなこと……」
「無垢な子羊に悪いことを吹き込むでないよ狼さんや」
もじもじと赤くなる子羊ちゃん。
きゅっと手を握りながらひざまずいた彼女は、私の耳元に口を寄せた。
「あ、あの、前回の、その、お返しを、し、します、ね?あの、お金を払ってしまったら、仕方がないので、はい」
「まあそもそも私が言ったことだから―――あなたのしたいように、私であそんで?」
「はぅっ」
艶然と、に少しでも近づけるように笑いかければ、効果はあったようで彼女は顔を赤らめる。これでたぶん恥じらいによってすこしは攻撃力が落ちるだろう。ノーガード戦法みたいなものだから
問題は狼さんなんだけど、彼女は足元の方に四つん這いになって太ももくらいまで私のスカートをめくった。
「あ、あの、なにを……?」
「あ?てめぇオレの話聞いてねえのか?」
「えと」
これまでの彼女との会話に出てきた彼女が私にする事柄のどれを選択されても部位補正でヤバいことになるから言ってるんだけども。
「―――すき、です」
「はぅあ」
恥じらいによって湿度と温度が上がるとささやきは攻撃力を増すらしい。
そんな驚きの新事実に私は身をすくませる。
墓穴しか掘ってない。
「かわいくて、格好よくて、イタズラ好きです、よね。そんなところも好きです。わたしに恥ずかしいことをさせているときの目が好きです。きらきらして、わたしをたくさん見ていて、くすぐったくて、でも、優しくて、だから、好きです。わたしが恥ずかしがっていると、頬が赤くなるのも好きです。へんたいさんみたいですけど、わたし、あなたのあの目を思い出すと、心臓がどきどきします。そんな感覚も、好きです」
彼女のささやきがとろとろと脳にしみ込んでいく。
それに陶酔しようとすると、だけど、ももの裏側にそっと触れる感触が総毛立つほどくすぐったくて。液状化して機能しなくなった緊張の糸をぐちゃぐちゃにかき混ぜるみたいに、舌や、唇が、私の肌を弄ぶ。
悶える私に向けられる、視線から、不安げな揺れや、気遣うような色が少しずつ薄まっていく。
羊の毛皮の奥から、ゆるやかに、牙がむき出されていく。
「こんな顔もするんですね。うふふ。他の方とは、こんなふうになってしまうんですか?てっきりあなたはいじめっ子だと思っていましたけど、いじめられるのも好きなんですか?かわいいです。それとも、もしかして、今みたいにわたしにされただけでも、かわいいあなたを見せてくれたんですか?」
「ふぅっ、う、い、いじめない、でっ、」
「うふふ。どうでしょう。それは、わたしだけではどうしようもありません、よ?」
「却下だな。てめぇが求めてんだろ」
「ぁぐ……っ!」
がぶりと、太ももに噛みつかれる。
きゅうと気道が締まって、呼吸が上手くいかなくなるような感覚。
痛いはずなのに、散々にくすぐられた肌はまともにそれを感じなくて。
痺れるような心地が、びりびりとお腹の辺りまで走り抜けた。
「あぁ、痛いですか?ねえ、もしかして、肩の傷もサクラさんにつけられたんですか?たまに見かけると、愛おしそうになでていて、すこしだけ、わたし羨ましかったんです。それに、たまに新しくなっていましたよね?見えない位置にずらしていたみたいですけど、制服の上からなでるときのお顔が同じだったから、わたし、すぐ分かったんですよ」
「そっ、んなっ、」
「うふふ。もう隠さないでいいじゃないですか。わたし、分かっちゃいました。あなたって、本当は、本当に、噂みたいに、いろいろなことをしちゃう人なんですね」
高揚して、興奮して、熱っぽく笑う彼女の言葉。
違うという否定は私にはありえなくて、だけど、頷くことはできない。
傷をなぞる舌の心地に、身体が震える。
「本当は、薄々分かっていたんですよ。だって、わたしひとりだけに、わざわざあんなことする必要ないから。わたしは誰かのついででしたか?」
「そんなことないっ」
「うふふ。知っています。本当はね、あなたに全員の責任を取ることを提案したのは、それも理由のひとつなんですよ。噂だって、ほんとうは大間違いです。誰とでもだなんて、嘘っぱちです。わたしにだって、分かるんですよ。あなたの目がね、熱くて、熱くて、熱くて、熱くて、心がね、火傷しそうになってしまうんです。罪なお人ですね」
噛み痕を優しくなでる舌が、離れていく。
最後にひとつくちづけが触れて、吐息がゆるやかに下っていく。
「ねえ。もしもあなたがたくさんの人と恋人になっても、サクラさんと結婚されても、わたしにも少しだけおすそ分けしてくださいね?わたしをたくさん褒めて、好きと言って、わたしもいっぱい火傷させてください。うふふ。もしかしたら、わたしもあなたに恋をしてしまうかも。そうしたら、わたしも、サクラさんと一緒に、あなたと一緒に住まわせてくださいね」
「てめぇなら歓迎してやるよ」
「うふふ。優しいですね。ほら、サクラさんもああ言っていますよ」
「だっ、ぅ、まだっ、そんな、」
いつの間にふたりはこんなに仲良くなったのだろうか。
こんなにのりのりで私を弄べるくらいの関係をいつの間に築いたのか。
そんなにも私という共通点は盛り上がるものなのか。そんなバカな。
「ひっ」
ぞわりと耳の後ろがざわつく。
膝の裏に触れるくちづけに心臓が止まりそうだった。
だってそんな場所にまともに触れられたことなんてない。
それも唇だ。
なんだ、これ、なんでこんなに。
「―――膝の裏は、心臓に触れる場所なんですよ」
「し、しん?」
「正確には橈骨動脈と同じ、脈を触れる場所ですが」
彼女の手が私の手を取る。
親指から下った腕のところに真ん中の三指で触れて、脈を測っている?
たしかにそこがどくどくするのは知ってる。自殺の名所らしいね。こわい。
「膝窩動脈といって、触知できる動脈のひとつがあるんです。うふふ。こうしていると、指先で、あなたの脈拍が分かります」
「ひぁう」
脈拍が分かるからなんだっていうのか。
そう思うのになぜこんなにも心臓が弾むんだろう。
「あ。ふふ。ドキドキしてますね。かわいいですよ」
「ひぃ、い、ふぁっ!」
ぢゅづ、と膝裏が吸われる。
脈拍に近い場所を吸われている……?
「れぉ」
「っゔぁ」
舌がねぶりと膝裏を舐め上げる。
その動きに従ってぞわぞわぞわと背筋が震える。
つゅ、と離れたときに触れる乱れた吐息が、異様になまめかしく感じて。
ど、え、は!?不健全ですけど!?
「あばばばば」
「いつもはイジワルなのに、とっても素直なんですね」
「きゃ、キャラ違いすぎるよ!」
「だって、かわいいんです」
彼女の吐息がもっと迫る。
唇がかすめるくらい。
熱い。
彼女が、こんなに近くに。
「この前の言葉も、ぜんぶ、ぜんぶ、本当の気持ちなんですよね。まるで告白みたいに、いっぱい、いっぱい、言ってくれましたよね」
「だっ、づぁっ、」
「うふふ。あんなふうに大好き大好きって言うのに、好きだと思われたくないなんて、そんな嘘を誰が信じるんでしょうね。お金を支払うことで一線を引こうとしているんですか?最初は無理やりだから嫌われていると少しでも思いたいですか?」
「う、うぁ」
どうして彼女までそんなことを言うのか。
先輩なら仕方がないとそう思える。だけどまさか彼女にまで。
そんなにも私は分かりやすいんだろうか。
「だめですよ。きっと、他の方も同じように、あなたのことが大好きですよ。もしかしたら一度脅かされてしまった分、吊り橋効果もあるのかもしれませんね。わたしは少しあったのかもしれません。どうでしょう。でも、あなたの言葉は、とってもどきどきしてしまうんですよ」
「確かにオレも一回失望させられたな。それにムカついたから是が非でもオトしてやろうって思ったのはあるかもしれねえ」
「ふぐぅ」
むしろ私のくだらない意識が逆効果だったとまでソース付きでぶちまけてくる。
どうしよう。
なんでこんな辱めを受けているんだ……自業自得かな。うん。
遠い目になっていると、彼女はクスりと笑う。
「もっとも、張り合いねえくれえにチョロいやつだったわけだが」
「そんなことんぁぅ」
膝の裏のAの横棒みたいな骨に噛みつかれる。
不思議な感覚にドキドキと心臓が弾む。
人目につきそうでつかなさそうでつきそうな部分。
っていうかそんなこりこり味わわないでほしい吸わないでほしい舐めないでほしい……ッ!
「口で言っても身体は正直だな」
「そっ、だっ、そのセリフはちょっと不健ぜんぅっ、」
「てめぇの顔見てから言えよ」
「へっ?」
「そうですね。正直、少しだけ……おかしな気分になってしまいそうです」
「どっ、はっ、ばっ、ど、どんな顔してるのッ!?私そんな不健全なの!?」
「はっ」
鼻で笑われた。
にこにこ笑ってるだけっていうのもそれはそれでひどいんだよ?
「でも、かわいいですよ」
「婚姻届け、オレの分は記入済みだからいつでも言えよ」
「そういう問題じゃなくてぇ……!」
結局私がどんな不健全顔を晒しているのかは全く教えてくれず、時間いっぱい弄ばれた。
時間いっぱい。
それがどっちの時間基準だったのかは伏せることにする。
二度とふたりまとめてとかはやらないようにしようと、そう決めた。
 




