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042 仲良しな不良と図書委員と(1)

誤字報告ありがとうございます

れん-あい【恋愛】

(loveの訳語)互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい。

《※参考:岩波書店2018/01/12「広辞苑第七版」-p20904》


……広辞苑にはそんなことが書いてある。

こいしたう。

恋い。請い。乞い。濃い。故意。来い。

したうは、慕う。それともwant、とか。しとう。


こいしとう。

したいから、する。

そうであって欲しいくらいに好きなら、それを恋と呼ぶのだろうか。

じゃあ私は彼女たちに、そうであってほしい?

彼女たちは私に、そうであってほしい?


とても平和な姉さんと後輩ちゃんの戦争を経て、そんなことをぐるぐる考えるようになっていた。考えてみても答えは出なくて、悩みの種は日に日に育っていく。


「わっかんないなぁ……」

「なぁに悩んでんだよ」

「うぉぷっ」


突然話しかけられて声を上げそうになった口を塞がれる。

肉食獣な鋭い目が、笑みをかたどってゆるりと弧を描いた。


「バカがよ。図書館ではお静かに、だ」


そう言って指を立てるのは、なるほどイメージ通りのパンキッシュな格好をした不良さん。

彼女は私の隣に座って、そしてその反対にもうひとり。


「こ、こんにちは」

「あれ。こんにちは」


おずおずと挨拶してくれるのは、ゆったりとしたワンピースを着た地味目な眼鏡っ子ちゃん。図書委員としてじゃない上に私服とは、なんともレアだ。


「ふたりで来てたの?」

「は、はい」

「勉強教えてもらってんだよ。こいつめっちゃ頭いーからな」

「へぇー。そうなんだ。私もテスト期間とか教えてもらえばよかった」

「あの、シマナミさんは、調べ物……?ですか?」

「ああまあ、そんなところかな」


パタンと広辞苑を閉じる。

恋愛というものについてうじうじ悩んでいたとか言い難い。

話題を変えようと、気になっていたことを聞いてみる。


「それにしても珍しい組み合わせだね。あんまり接点なさそうだけど」

「いやあんだろ」

「え?」

「てめぇだよてめぇ」

「私?」


はてなマークを浮かべてみるけど、ふたりから返って来るのは肯定の頷きだけ。

つまり、私が接点……?

なんだそれ。


「てめぇのためにマジで怒ったって話聞いてよ。おもしれーやつって思ったんだよ」

「シマナミさんと仲がいいというお話だったので……」

「なるほど」


どうやら本当に私きっかけで出会ったということらしい。

こうして勉強を教える仲っていうことは、そこそこ相性も良さそうだ。

狼と羊っていう感じだし。

それにどちらも優しいから、それが分かっちゃえば当然かもしれない。


うんうん頷いてると、がしっと頭に手を置かれる。

片手間に広辞苑ぺらぺらしつつ面白そうな笑み。


「で、なに悩んでたんだよ」

「そ、相談できることでしたら、お聞きしたい、です」

「ああ、うん、ありがとう」


ふたりしてそう言ってくれるのはとても嬉しい。

けども、なんというか、話題が話題だけにさすがに相談しにくい。


「―――なるほど、恋愛ねえ」

「ひぇ」


どうしようかと悩んでいると、狼さんの嗅覚があっさりと私を見抜いた。

見れば広辞苑はさっき私が開いていたページそのもので。

しかも私がそんなバカなと驚愕してしまったことで、彼女の言葉を裏付けてしまう。


「なんだてめぇ、コクられでもしたのかよ」

「えぇっと、」

「そ、そそそれとも、す、すき、好きな方、とか……?」

「うんと」


どちらも正しいのが悩ましいところだ。

好きであることに相違ない。

告白されたことに間違いはない。


だけどこの好きはたぶん間違いだらけだし。

その告白はどれも私の思いと相違している。


それを悩ましく思うのだと。

そんな身勝手な言葉を、どうしてふたりに伝えられるのだろう。


「……なんでもないよって、言ってもいい?」

「ヤダね」


返答はあっさりと。

獲物を見定めた狩人と、気になってしまう恥ずかしがり屋さんの視線。


私はひとつ息を吐いて、辞書の文字をなぞった。


「私、なんか、たくさんの子に恋愛感情を向けられてるかもしれない」

「はわわ」

「自信過剰なやつだな」

「うん。口にしてすごい思った」


苦笑する。


まるで自分が、そんなにステキな人間みたいな言い草だ。

そんな訳もないのに。


「なあ。それってオレも含まれてんのか」

「……どうなんだろう。そうだったら嬉しい、けど」

「てめぇ変なところでビビってんだな」


バカにしたみたいに笑う。

肯定も否定もしない。

そういうところは、彼女のとてもステキなところだと思う。

強引で、乱暴で、それなのに、私の意志に委ねようとしてくれる。


「わ、わたし、は……ど、どう、でしょうか」

「えっ」


ぎゅ、とすがりつくみたいに服を掴んで。

彼女は私を見上げる。

言葉を曲解しそうになるお花畑な脳みそを振り払おうとして、上手くいかずによく分からない笑みが浮かんだ。


「いい、の……?」

「あ、あんまりよくないかもです……」


よくなかった。

ショックはない。

彼女が、なにか大切なことを続けようとしているから。


「―――好き、です」


告白の言葉がすとんと胸の中に落ちてくる。

安心して受け入れられる好意もあるのかと、そんな不思議な感覚だった。


「でも、それは、その、ひとりぼっちの私に話しかけてくれて、たくさん、その、恥ずかしいですけど、優しい言葉を、くださって……だから好きなんだと、思います……それが、恋愛っていうのかは、よく、分からなくて……」

「そっか。……ありがとう」


みるみる自信なさげに俯いてしまう彼女の頭をなでる。

どうあれ、好きと言われるのは嬉しいことだ。

そこに間違いはない。


そう思って素直に喜んでいたら。

彼女は顔を上げて、言葉を続ける。


「だからあの、ちゃんと、好きと、言われているなら……そんなふうに、自信がないのは……いけないと、そう思います」

「え」


思いもよらない強い言葉。

少しだけ瞳を震わせながら、それでもまっすぐに向けられる視線。

彼女の全ては、いつだって、私の胸にするりと入ってくる。


「わたしは、恋愛というものをしたことがありません。でも、恋愛をしたことがある人だって、それが恋愛かどうかなんて本当は分からないと思うんです。だけどその人を好きな気持ちに……特別な気持ちに、自信をもって恋愛って名付けていると思うんです。それだけあなたのことを想っているのに。あなたがそれを認めないのは、臆病でも、不誠実でもなくて、ただの、怠惰です。本当に悩んでいるのなら、きっと、胸を張って、自分のことが好きなのだと、そう言えると思うん、です」


言い切った彼女は私のことを見つめて。

それからハッとしてまた俯く。


「ご、ごめんなさい。あの、わたし全然詳しいことも知らないのに」

「ううん。ありがとう。……あなたの言葉は、いつもまっすぐで、本当に、キレイだね」

「そ、そんなことないです……」

「ふふっ。ダメだよ。私、あなたの声が好きだってちゃんと言ったもん」

「あぅ……」


耳まで赤くなる彼女の頭をなでる。

それから振り向いて、『待て』していた彼女の唇を奪う。


「ひゃわぁ……!」


初心な子羊ちゃんを驚かせてしまったようだけれど、狼さんはさすがに堂々たるものだ。


「うん。これは私を好きな子の味だ。ということでサクラちゃんも私のこと好きね」

「そうかよ。勝手なやつ」


肯定も否定もしない。

だけどこれは照れ隠しだ。

そっぽを向く彼女の頬は、愛らしく華やいでいる。


私は笑って、また文字列をなぞった。


「―――まあ、だからって問題はなにも解決してないんだけど」


たくさんの人に恋愛感情を向けられてるかも→恋愛感情を向けられている。

というくらいの変化だ。あとは私が自分を少しだけ許せたくらい。

根本的な問題は解決していないし、本気度が増した分深刻になった気さえする。


どうしたものかとため息を吐いていると、驚愕から回復した彼女が真っ赤な顔で問いかけてくる。


「あ、の、あの、も、ももももしかして他の方とも今みたいな……?」

「うーん。まあ、成り行きで」

「それは……あの……ふつうに不誠実だと……」

「ちょき……」

「ぐうよりは弱そうですけど……」


なにかとても不安げな視線がかわいい。

もしかして自分はすごい的外れだったんじゃないかとか、それともこの人本当にダメ人間なのかもしれないみたいな、そういう感情がひしひしと感じられる。

とても素直だ。

かわいい。


「それは、全員と責任を取るか、それともきちんとひとりに決めて差し上げるべきだと思いますけど……」

「全員と?」


私なら真っ先に否定するような、とてもまともとは思えない発言に首をかしげる。

かなりまともな感性を持っているはずの彼女がそれを言ったとても奇怪だった。


だけど彼女はそうとは思っていないようで、こくりと頷いて見せる。


「日本では重婚は禁止されていますが、多数の愛人を抱える人は小説にもたくさんいますよ」

「いや、現実と小説は違くない?」

「少なくともそういう思想があり、大衆的視点からして排斥対象になっていないというのは事実です」

「お、おぉん」


要するに、小説とかで楽しめているくらいだし人の恋愛事情にとやかく言わないでしょ、みたいな話だろうか。

一理あるようなないような。


「なので当事者が受け入れるのならいいと思いますが」

「それが大問題な気がするけど」


だから私は悩んでいる訳で。

それなのに彼女は首をかしげる。


「あなたが複数人と関係を持っていることを、例えばサクラさんは知らないのですか?」

「え?」

「まあ、知ってるよな」


それはそうだ。

関係というか、私の援助交際疑惑がその実おおむね事実だということは私周辺では割と周知の事実だし。


「えと」

「その時点で、そんなあなたを受け入れられないなら彼女はあなたの元を去っているはずですが」

「そうだな」

「んん……?」


なんだろう。

つまり、私がちょっかいかけてる人は他の人にも同じようにしてると知ってるはずだから受け入れの下地は十分にある……みたいな?

いや、そんなバカな。


「え、でもほら、あの、サクラちゃんだってそんなのイヤでしょ?」

「オレに抱かれながら他の女を想えるなら好きにしろよ」

「ひぇっ」

「はわわ」


なんだこの俺様系最強か……?

処女のくせにどうしてこんな言葉が吐ける……まさかそれも自主練の成果……?


戦々恐々する二匹の子羊に、狼さんはにやりと笑う。


「要するに、最終的にてめぇを一番悦ばせてやればいいってことだろ」

「そ、そうきたかぁ……」


なんでこんなに肉食系なんだ。

蟲毒の王になる気満々なんですけど。


「―――ってのはまぁ半分くらいホンキとしてだ」

「有効成分のもう半分がなにでできてるのか死ぬほど気になるよ?」

「いいぜ、べつに。ただしするなら婚姻届けに印はもらうが」

「うーん……しれっと本妻と愛人ポジションで分離させてくる……」


つまり、彼女の場合は『愛人OK(ただし一番は自分)』ということになる……のか……?

なんだこの、私のクズさ加減を強烈に浮き彫りにするような宣言は……性にだらしない嫁とそれを深すぎる懐で受け止める妻みたいな……クズかな?クズだわ……。


「……やっぱりちょっと、この路線はないかもしれない」

「あなたが本気なら可能性として考慮してみては?」

「なんか、さっきから当たりちょっとキツくなってない?」

「そ、そんなことないです!」


ぷんぷん。

かわいい。

たぶんきっと、それだけ真剣に考えてくれているっていうことなんだろう。


重婚……というか全員(受け入れてくれたなら)愛人路線ね。

正直クズの所業としか思えないけれど……もしもそれが円滑に済むのなら一番の解決策である……気がする……?

妄想してみたところで、そんなに都合よくいくつもりもないけど。


でもまあ、それくらいの覚悟で向き合う必要があるっていうのは確かか。


だれかひとりを選ぶにしても。


全員を選ばないにしても。


……。

うん。


「とりあえず、相談に乗ってくれたお礼、みたいな?」


私はそう言って、性懲りもなくリルカを取り出した。

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