041 とても平和な後輩ちゃんと姉と(2)
急に5000円分の30分が始まった。
なにがどうなっているのかと困惑する私を、ふたりは私の寝室まで引っ張って行った。
引っ張るっていうか、両手を取ってにこにこ後ろ向き歩きの後輩ちゃんと私の後ろに背後霊並みの必然さで取りつく姉さんに連れ去られて。
ともかくやってきた寝室。
の、ベッド上。
ぺたんと座る私の両隣りに、ふたりの女性が侍っている。
太ももとか肩とかさすさすされるし短いのに髪の毛とか嗅がれるし唇が羽毛くらいの軽さで触れてくるし……なんだこれ。
「あの、な、なにをされるんでしょうか私は」
「うふふ。なぁんにも?」
「えっ」
「せっかくならぁ♡センパイのおねだり聞きたいッス……♡」
「えっ」
そう言ったきり、本当になにも具体的なことはされない。
まるで私の輪郭を確かめるみたいに、触れるような触れないような、そんな感触が死にそうになるくらいもどかしい。
なにがとは具体的に言えないけど。
このままこんなことを続けられたらヤバいという、そんな確信的な予感があった。
それに、リルカも使っちゃったし……?
毒を食らわば皿までとかいう言葉もあるし……?
というか私が据え膳に成り果てる前にどうにか叛逆しないとやゔぁい。
「えと、じゃあ、あ、あみさんに膝枕とかしてもらっちゃったり?」
「はぁい」
笑った姉さんはベッドから降りていく。
どうしたんだろうと思っていると、まるで当然のようにパンツを脱いだ。
ひらひらとした勝負用の下着が露になる。
危うく一緒に下ろしちゃいそうになった時には危うく心臓が止まりそうで、姉さんの恥じらいの表情に脳血管が破裂しそうだった。
姉さんはその状態で戻ってくると、そっと頭を引いて、その少し汗ばんだ太ももに私の頭を……あっ、ひぃ……。
「どぅお?」
「や、やわらかい、です」
姉さんの太ももはけっこう鍛えられているけど、それでも関係ないくらいふにやかだ。
知ってるんだけど、っていうかべつにスカート履いてるときとか素足に頭を乗せたことは普通にあるんだけど、なん、この、別種の緊張がある。
やわらかいけど、堪能なんてできないくらい身体に力が入ってしまって、首が痛い。
ぐるぐる混乱する私の目前で、後輩ちゃんの顔がぽふんとシーツに落ちてくる。
「せんぱぁい♡みうにはぁ、どうして欲しいッスかぁ……♡」
「えっ……っとぉ、あ、お菓子とか……はないか」
「あるッスよ♪」
「え」
どこからともなく巾着みたいな袋を取り出す後輩ちゃん。
その中からはグミとか、ドライフルーツとか、小分けのチョコとか、こまごましたお菓子が出てくる。
後輩ちゃんはキャンディ型の包みを口と手でくるると引っ張って取り出すと、中の甘いチョコレートだけを私の口元に持ってくる。
「はい、あぁ~ん♡ッス♡」
このサイズ感で、あーん。
しかもチョコとあれば引き返すことはできない。
明らかにこれを狙っていたのだという理解が遅ればせながら到達して。
「あ、あーん」
かといって抗うことはできず、私は後輩ちゃんの指ごとチョコレートを受け取った。
ちゅぴ、と抜けていく指先を後輩ちゃんはペロッと舐めて、なにごともないみたいに笑う。
「センパイ、オイシイッスか?」
「おいひぃれす……」
こにゅこにゅとチョコを舐めていると、後輩ちゃんは容赦なくドライフルーツを差し出してくる。
私は仕方なくチョコをかみ砕いて、そのとたん中からとろりと溢れる独特な風味に目を白黒させる。
ちらと包みを見ると、英語でウィスキーボンボンと書いてあった。
チェリーボンボンあたりと見間違えてないかなと期待して二度見したけど、どう見てもウィスキーボンボンだった。
いや、だからどうっていうことはないはずなんだけど……。
そんなことを思いながら、妙などきどきとともに飲み込む。
それから、後輩ちゃんの差し出すドライフルーツをぱくり。
お酒チョコとドライフルーツって案外イケるんだなぁとか思うくらいの余裕または現実逃避をしつつ、その後も差し出されるハードグミとか食べる。
……なんなんだろう。
姉さんに膝枕されながら後輩ちゃんの手で餌付けされているこの状況。
これ、私が要求しちゃったんだよね……?
なんか、いかがわしいお店……?
お金を払って生足にあーんってそれほんと、え、あれほんとにこれヤバいやつなのでは……?
なんだろう、妙に熱い。
ウィスキーボンボンくらいふつうに食べたことあるし、漫画みたいな都合のいい酔い方はしない。それなのに、なんだ、なんだこれ。
ちがう。
あれだ。
これ、あの、酔いのせいにしちゃえばいいんじゃないかっていう邪な気持ちが―――
「お、お菓子はもういいかなッ!夜ご飯食べられなくなっちゃうし!うん!マッサージ!マッサージとかで!おねがいします!」
「はぁいッス♡」
急遽ストップをかけると、後輩ちゃんは大人しく引き下がってくれる。
そしてすでにつまんでいたチョコレートをぱくっと食べると、ポケットティッシュで指を拭き取る。
「ふぅ」
「ひぎゃあっ!」
とつぜん上から降ってきた吐息が耳を直撃してたぶんあぶみ骨くらいまで浸透する。
驚いて見上げると姉さんの顔が近くにあって、ちゅ、と唇が重なった。
横目に目を丸くする後輩ちゃんが映る。
どうすればいいのか分からずパニックになってシーツをぎゅっとつかんでいると姉さんの口が離れて行って、ぺろりと赤いナメクジが唇をなぞった。
「うふふ。私もチョコレートを食べたくなってしまったわ」
妹の唇はチョコレートじゃないですけど。
そんな抗議の言葉も上手く形にできなくて、なんかもうよく分からなくなってむせこんでしまう。
ぜひゅぜひゅ呼吸していると目前に後輩ちゃんがあって。
だけど彼女は、ハッとして顔を離した。
てっきり姉さんに張り合った勢いで後輩ちゃんにもキスをされてしまうのかと思っていた私は、安心してホッと吐息する。
さすがに後輩ちゃんとの初めてのキスがそんなんじゃ……いや違うから。しちゃだめだから。何人とキスしちゃうつもりなんだよ私。倫理観バグってる。自制しなきゃ。
「あはっ。みうも負けてらんないッスねぇ~」
そう言った後輩ちゃんは、もぞもぞと体勢を変えて私の足元に移動していく。
どことなく強張った彼女の言葉が、なにか噛み切れないで喉元につっかえた。
問いかけようとして、その途端に―――鈍痛。
「ん゛に゛ッ!?」
「わぁー、センパイ頭めっちゃワルいッスよ」
「それほとんど暴げんお゛……ッ!」
まともに喋れないくらいぎゅりぎゅりと足つぼを押し込まれる。
なにせ後輩ちゃんの指は細いから圧力が凄い。アイスピックで抉られてるみたいな気分。
「ちょ、それっへぇっ!?ぃぎっ、ぐぅっ、、、、お゛っ、ひぐっ、ぁぁぁああぁぁぁ!?ぁぁぁぁぁあ!あぁぁぁぁああッ!?」
私が悶えても悲鳴を上げてもお構いなしで、後輩ちゃんの足つぼマッサージが炸裂する。
もしかして私不健康すぎ……?
おかしい、こんなに健全に生きているのに……生活習慣的な意味で。
「あら痛そうねぇ」
姉さんが心配そうに頭をなでてくれる。
それは嬉しいけどでも痛すぎる。
上下で感覚の振れ幅大きすぎておへそから千切れそう。
散々身悶えて好き放題にやられて。
ようやく終わったときには、私は息も絶え絶えで死に体になっていた。
だけどなんだろう、この身体を包むほどよい解放感……。
これが足つぼマッサージか……生徒会長さんにいつかやろう……。
そんなことを思っていると、後輩ちゃんがまた私の目前にやってくる。
「お楽しみいただけたッス?」
「うん……ありがとうね」
「それはよかったッス♡」
後輩ちゃんの頭をなでなでしてあげると、彼女は目を細めて心地よさそうにする。
かわいい。
でも痛いからもう二度と披露してもらう機会はないんだ。ごめんね。
はぁ。なんだかくらくらしてきた。
「せんぱぁい♡おつかれさまのごほうびッス♡」
「ありがとぉー」
差し出されるチョコレートをぱくり。
噛みわればとろりとあふれる中の蜜が、じつはけっこう好きだったりする。
私がにこにこしちゃうのがおもしろいのか、後輩ちゃんはたくさんあーんしてくれた。
「ねぇゆみ。私は膝枕だけでいいのかしら」
「じゃあ……交代かなぁー」
こんどは後輩ちゃんのひざまくらをたんのうする。
後輩ちゃんはオーバーオールをぬぐととたんに薄着になってしまうから、なんだか姉さんよりも破かい力がある。
それになんだろう。
なんだか、姉さんよりもキモチよさそうなおなかしてる。
っていうかやっぱりすけすけだ。
後輩ちゃんこれ、そもそも生えてないのかなぁ。
「んー」
「わひゃっ!せ、センパイ!」
顔をすりつけると、あわてた後輩ちゃんに引きはがされる。
引きはがされてしまってはしかたがないのでごろりと反対をむいて、ねえさんからのあーんをもらう。
「うふふ。美味しい?」
「あみさんおいしいよ」
「それはよかったわ」
もぐもぐとチョコとか食べながら、後輩ちゃんのほそい足にすりすりとほっぺたをすりつける。
ぬくぬくしてやわらかくて、後輩ちゃんのひざまくらもとてもいいものだということがよくわかった。この家じゃない、すっきりしたセッケンのにおいもするし。
かわいい。
しばらくたんのうしていると、パッとおもいつく。
「そうだ。もっかい交換しよー」
「えっ。みうのひざまくらはスキじゃなかったッス……?」
「ううん。きもちいよ。だけど、私もしたいなって」
「ッス?」
首をかしげるこうはいちゃん。
じつえんあるのみだろうと、わたしはこんどはこうはいちゃんをひざまくらしてあげる。
きょうはわたしもズボンだったので、しかたなくぬいだ。
「お、おぉ……ッス……」
ヒザのうえにちょこんとアタマをのせたこうはいちゃんは、なにかかんどうしたようすでコエをあげる。
かわいい。
よしよしとアタマをなでながら、にこにこまっているねえさんをぐいとひきよせる。
そのままクチビルをかさねようとして、ふとおもいだしてすんでのところでやめた。
「あみさん、キスさせて?」
「うふふ。もちろんぅっ」
ちゅっとふれるだけでムネがぽかぽかする。
ひろいあげたチョコのつつみをはがして、ねえさんとのキスのあいだにはさんだ。
あまくてとろけるキスだ。
はむはむしたらわれてこぼれたミツが、こうはいちゃんのほっぺにおちた。
ぺろりとなめとると、こうはいちゃんはそれだけでからだをガチガチにしてしまう。
かわいくてなでなですると、こうはいちゃんはぎこちなくわらった。
よくわからなくてねころがる。
「んー、うでー、おいでー」
わたしがうでをひろげると、ふたりはそのうでをマクラにしてねころがる。
ぎゅっとだきよせる。
だいすきなねえさんと、かわいいこうはいちゃんがウデのなかにいる。
なんだかとてもしあわせだとおもった。
―――目が覚めたら下着の女性が腕の中にいた件。
や、まあ上は着てるんだけど。
そして記憶はあるんだけど。
まさか本当にウィスキーボンボンで酔うとは……なんでだろうね、こう、自分でやっていることが間違ってると思えない。怖いね。酔いって。大人になったらお酒はちゃんと断ろう。
「おはよう、ゆみ」
「あ、起きたッスかセンパイ」
「うん。おはよう……ごめんなさい、ちょっと、もう二度とアルコールは摂取しないね」
「えぇー!かわいかったッスよぉー♡」
「うふふ。大人になっても私とふたりきりのときだけがいいかもしれないわね」
「みうがお酒飲めるようになったらいっしょに宅飲みしたいッスね。もちろんみうのお家ッスけど」
ぴりっ、と火花を散らすふたり。
どうやらリルカを経ても特に関係に変化はないらしい。
まあそんなものだろう。なるべくこのふたりの鉢合わせはさけるようにしよう……というかふたりに限らず、なんというか、私の所業は複数人をまたぐべきじゃない。不和しか生まないだろう……ほんとクズだな私……。
さておき。
ふたりの不和は、だけどあっさり後輩ちゃんが起き上がったことで霧散する。
「じゃあみうは帰るッス」
「あ、ごめんねこんな……えっ、うわもう五時だ。ごめんほんと」
「ややー。めちゃくちゃ楽しかったッスよ……♡」
にやにやと笑う後輩ちゃんに苦笑しかできない。
まあ、うん。楽しんでいただけたなら結構ですとも。うん。
てきぱきと着直す後輩ちゃんと一緒に私もズボンをはく。
姉さんはすこしお昼寝とか言って私のベッドに顔を埋めた。
珍しいな、と思うより先に妙な気恥しさが襲ってくる。あんまりくんくんしないでほしい。うぅ、昨夜結構寝汗かいた気がするんだよね……。
そんな姉さんをひとまず部屋に残して、後輩ちゃんを玄関まで送っていく。
なんとなく手をつないでみると、彼女は拒まなかった。
「家まではいいの?」
「ちょっとあのー、いろいろ寄ってくッスから。だいじょぶッス。はい」
「そか」
分かりやすくごまかす彼女に頷く。
来てほしくないならいかない。それくらいの分別はある。そしてそれを押し切ってしまえるほどに、私は彼女に責任を持てない。
だから今日はこれでお別れで。
ばいばいと、手を振って。
振り返されて。
そんなささいなやり取りの終わりに、彼女の唇が私の唇と触れあっていた。
ちゅ、っ、と音を立てて。
離れていく。
「―――お金じゃないッスから」
それだけを言った後輩ちゃんが、私に背を向けてあっという間に出ていく。
それを呆然と見送った私は、しばらく動けなくて。
ようやく動き出そうとしたら、よろめいて、そして受け止められた。
見上げれば、姉さんの優しい笑み。
「……姉さん、私、最低かな」
姉さんは答えない。
ただ優しく、残酷なまでに甘いキスをくれる。
それはそうだ。
こんな問いかけ、私以外の答えに価値はない。
……これで、八人目か。
そんなことを、ふと、思う。
たぶん彼女だったからだ。そんな気がする。
ちゃんと考えなきゃいけないんだけど。
分かっているんだけど、でも、いったいどうすればいいんだろうね。
 




