031 疑り深い親友と
心優しい図書委員の子を腰が砕けるまで好きにしたせいで、噂がさらに悪化したようだった。
昼休みの間の出来事だっていうのに、昼休みの終わりがけには、援交女がレイプまでした、とさえ聞こえてきた。
正直それを否定するための記憶は高熱のせいで融解していた。
それに、リルカを使った以上不本意だろうとも同意は得られているから実質合法、とか考えるほど私は厚顔無恥ではない。
だから積極的に否定するような権利は私にはなく―――
「ばかぁー!うわぁあああんん!」
「泣かないでって。してないから。ね?してない。超健全」
だけど親友にぎゃん泣きされるとさすがに否定しておく。
いやまあ、実際してないと思うけど。
概念的に限りなくそれに近い可能性は否めないけどしてない。
ちょっとあれがあれで大変だったけど脱いだ形跡がないのでセーフ。
疑わしきは罰せずともいうしね。
そんな砂上の楼閣にどっかりと腰を落ち着ける私に、彼女は疑わし気な視線を向ける。
「うぅぐすっ……ほんとでしょうね?」
「うん。するわけないでしょ。っていうか欠片でもしたって思われてるの結構ショックだよ」
「だってしそうじゃないあなた!」
「ぐぅ」
信頼と逆のものを掘り進んでいる私なので大人しくぐうの音を吐いておく。
しそう。分かる。でもだからこそ逆に考えるんだ。しちゃっててもいいさ、ってね。
どうせ私がなにを言おうと噂がなくなったりはしないんだし。
ちょっと気分が落ち込みそうなので切り替える。
というかそもそも今はのんびりお話しているべき時間じゃない。
なにせ彼女に連れられてまたしても校舎裏に連れてこられたのが昼休憩の終わりくらいだ。
「ま、まあそれはさておき戻ろう?もう授業始まってるよ」
「……ダメよ。まだ話は終わってないもの」
ぐいっと肩をはだけさせられる。
もちろんそこにはくっきりと歯形が残っている訳で。
「これはなに」
「ああうんえと、ちょっと凶暴な狼に噛まれて……?」
「オオカミ?それってあの不良みたいな人でしょ!」
「あー」
鋭い。
いやまあ、彼女の苗字は大神だから鋭いもなにもないんだけど。
言い淀む私に彼女はたちまち怒髪で天を衝く。
握りしめられる肩がみしみしいってるけど振り払うことができない迫力がある。
「なにが『するわけない』よ!ウソツキ!」
「いや、これはそういうんじゃないから。ほんとにしてないよ。めちゃくちゃ健全」
「じゃあなんなのよこれ!」
「え……マーキング?」
「やっぱりそういうのじゃないのッ!」
真っ赤になって吼えられる。
過剰反応じゃないかなと一瞬思ったけど、たしかに言われてみたら同級生の女の子に『おねだり』するまでのマーキングって考えるとたしかにエロい。えっち、というよりはエロい。
これに関してはぐうの音も出なかった。
そんな私に彼女は目じりを吊り上げて怒りを爆発させる。
「そんなことするからあなたがもっと言われるんじゃない!だってそれ朝でしょう!?ひどいうわさがあるって分かってるのにどうしてこんなことができるの!?」
「う、うん。まあ」
思いのほかしっかりした正論をぶつけられてつい納得してしまう。
なにせ朝の出来事を詳しく教える訳にもいかない。
それに他の驚きもあった。
彼女が私を本気で案じてくれているのが、痛いほどに分かるのだ。
「さっきの女の子だってそうよ!っていうかアンタも分かってるんだからほいほい着いていくんじゃないわよッ!」
「あ、はい。申し訳も立ちません……」
「アンタなんか真剣味が足りないのよ!分かってんの?!下手したら謹慎とか退学とかだってありえるかもしれないのに!ワタシと一緒に進学できなくなってもいいっていうの!?」
「それは……うん。悲しいかな」
「わ、ワタシだってすこしは残念に思うんだから!そんなの絶対ダメなんだからねッ!?」
「……そっか」
今日はずいぶんと素直だ。
それくらいに心配させているのだと思うとすこし辛くもなる。
だけどそれ以上に嬉しくて、神妙な表情を作るのが一苦労だと言ったらどう思うだろう。
ふしゅるふしゅると鼻息荒く睨みつける彼女に、リルカを差し出そうとして止められる。
「そんなのいらないわよ!」
「え?」
「だ、だだだだっわわワタシたち、こ、ここ……こ、……こ、コイビト、でしょ?」
―――おっとぉ。
耳慣れない言葉が飛び出たぞ。
なにかデジャビュ。
なんというか、うん。
そうかぁ……。
正直なところ、別にそれでもいいかもしれないとは思う。
だけどあんな勢いの出来事がきっかけというのはなんだか認めにくい。自分の不誠実があまりにも大きくて彼女に申し訳ない、
というかアレを理由にするのなら、私はひどい浮気をすでに繰り返しているくらいで。そこにきてキスだけで恋人というのは、なんだかなぁ、だ。
極端な話をすれば、キスごときで親友を失いたくない。
どうしたものかと遠い目になる私を不安がって彼女は瞳を揺らす。
「ち、ちがう、の……?」
「うんと……」
どう答えるべきかと言い淀むだけで彼女には十分だったらしい。
さぁっと青ざめて口元を覆い、逃げ出しそうになるので咄嗟に止める。
「離してッ!ばか!アンタなんかっ、ばかぁッ!」
「アイ」
「ひぅ」
語調荒く名前を呼べば、彼女は身をすくめる。
その隙に私はリルカを取り出して彼女に見せつけた。
くしゃりと歪む泣き顔を真っ向から見つめて、震える手がスマホを取り出すのを見つめる。
色々と考えた結果、彼女を押し切ってしまうことにした。
「―――別に逃げてもいい」
「っ」
「でも、受け入れたらその瞬間キスするから」
「きっ、ぅ、」
彼女の手が止まる。
ぷるぷると震える手はためらいがちに近づいて、遠ざかって、スマホをぎゅっと胸に抱く。
ああだこうだと言ってやりたい欲求がむくむく湧いてくるのを必死に飲み込んで、彼女からの動きをただ待った。
「じょ、じょうだん、よね?」
スマホが近づく。
彼女は歪に笑っている。
「ねえ、いつものイタズラなんでしょ」
近づく。
笑みが頼りなく崩れていく。
「そ、そういうことは、しないのよね」
近づく。
すがるような眼差し。
「い、いつもワタシをからかうだけじゃない」
近づく。
冗談だという言葉を、それとももっと他の言葉を、期待している。
「そんな、そんなことしたら、ワタシ」
近づく。
また、笑み。
「ワタシ、不器用だって、知ってるわよね」
近づく。
泣き顔。
「か、カンチガイするからね……?」
―――触れる。
ほんのひととき。
それでも、ひとときでも。
そしてそのまま耳元に。
「好きだよ」
「なっ、ぁ、」
「勘違いなんかじゃない。私もあなたが好き」
「じゃ、じゃあなんでこんな」
「あなたと親友でいたいから」
そんな言葉は意味が分からないみたいで、彼女はぐるぐると目を回す。
キスと親友という言葉は相容れないものらしい。
それもそうだろう。
もうしわけないけど、でも、受け入れてもらう。
「私ね、ワガママなの」
私の独白に彼女はこくんと頷く。
そんな同意されると、それはそれで悲しい気持ちになるけども。
まあいいや。
「私はあなたと親友がいい。でもそれと同じくらい、キスするような関係にもなりたい」
「な、なによそれ」
「だってそっちがシたいんでしょ?」
「ばッ!?」
真っ赤になって口をパクパクさせる彼女を愛おしむ。
いろいろと考えた結果がこれというのはどうかと思うけど、まごうことなき本音だ。
「だから私たち親友だけど、この30分間だけは恋人になろうと思って」
「こ、こいっ!?」
前回から明らかにいろいろと意識している彼女。
その求めるところを、自信過剰じゃないかなと思える解釈で受け止めてみると。
これまでのようなただの親友で居続けると、きっと、彼女はどこかで破綻する。
だけど私に、それに応えてあげられる気持ちは、申し訳ないことに存在しない。
そりゃあ付き合ってって本気で言われたら付き合えるし、ずっと程よく恋人関係を続けていける自信はある。違和感もない。というかリルカなんてなかったら、高校卒業までには告白してたんじゃないだろうか、私から。彼女で処女を卒業するという妄想も、しなかったわけではない。
だけど、それは恋愛感情なんかじゃない。
べつにそう呼んだっていいのかもしれないけれど、私のこれは、親愛だ。
どうも私の親愛はイケナイ回路に繋がってしまうらしいのが頭を悩ませるところではあるけど、私は彼女が親友であって欲しい。
姉妹だとか、ヒミツの関係だったり、マーキングされちゃう関係だったり、バイト先のお姉さんだったり、そういう全部と同じように、彼女はどうしても親友がいい。
じゃあどうしようかって考えた。
親友がいいけど、彼女に親友を強いると彼女が辛いかもしれない。
それはもちろん私の望むところではない。
そして結論。
リルカを思う存分活用してやろうという、そんなクズの思考。
他の子たちと同様に、彼女にも特別な時間を強いる。
からかうためでなく、彼女と『親友』という関係を作るために。
「30分だけ。キスもするし、たくさん好きっていう。あなたが望むなら、もっと先のことだってしてもいい」
「さき、……ッッ!!!」
先のこととしてなにを考えているのか。
たかが30分じゃできることなんて知れているのに。
彼女の妄想を想像するのも愛おしい。
自然と笑みを浮かべる私を、彼女はキッと睨みつける。
「あ、アンタ舐めてるでしょ!そ、そんなアンタにばっかり都合のいい、」
「アイ」
「ひゃひっ」
思い切り壁を叩きつけて顔を寄せる。
古き良き壁ドン。
「受け入れて」
「……は、はい」
とろんとまなじりを落として頷く。
やっぱり彼女は押しに弱いところがある。
というか、敢えてひどい言葉を使うならチョロい。
こんな彼女が私以外にフラつかないように縛り付けられると思えば、この関係もいいものかもしれない。
「う、ぅう……なによ……もぅ……」
腰が抜けてずり落ちる彼女を見下ろして、ふとちょっとイタズラしたくなる。
彼女はなにか、顔立ちはどちらかというと勝気に見えるのに、表情がこう、嗜虐心を煽るのだ。
「それにほら。恋人ならこういうのもいつでも見れるよ」
なんて言いつつ、スカートをちらり。
座り込む彼女と立っている私の位置関係的に、彼女には間違いなく見えている。
めちゃくちゃ真っ赤だし。
かわいい。
こんなアホみたいなパンチラ(もろ?)だけでそこまで意識しちゃうのがかわいい。
いや、それとも恋人の下着だとまた趣が違うのだろうか。
お願いしたらやってくれるかな。
こう、恥じらって顔を背けながら、だけど変なリアクションしないかなって気になってちらちら顔を見ちゃって、でもやっぱりはずかしくて最終的にはきゅっと目を閉じちゃうような、そんな感じでゆぅぅぅっっっっくりとまくり上げられるスカート……ありかもしれない。
なんて間抜けなことを考えていると、彼女はぽつりとつぶやいた。
「ぬ、ぬれてる……」
「てないよッ!?」
慌ててスカートを閉ざす。
白昼の校舎裏でなんてこと言うんだこの子。うっそでしょ。
いや、ほんとに名誉に誓うけど今はまったくそんな風になってない。っていうかそう簡単に下着に染みてたまるか。クロッチなめんな。
「はぁー、びっくりしたぁ。急にそういうこと言わないでよ。びっくりするから。いやびっくりしたから。もうほんともう。ちゃんと変えたっていうのに……」
「―――は?なに。変えるような理由があったっていうの?」
「……おっとぉ」
これは失言だった。
いやあ失敗失敗。てへぺろてへぺろ。
……。
「模範生的行動ッ!」
「だめよ」
教室に逃げ帰ろうとするスカートを掴んで止められる。
おかげでずり落ちそうになるのを慌てて止める羽目になって、当然足も止まる。
そのままぐいぐいと引っ張られて、引っ張られて……めっちゃ引っ張ってくるんですけどこの人。
「す、スカート脱げちゃうんですけど?」
「知ったこっちゃないわ」
「私の貞操観念にもうちょっと興味持って?」
「脱げばいいじゃない」
「よからぬよ?え。……うん。一瞬私が間違ってるのかと思って考えてみたけどよからぬよ?」
「ほんとに濡れてないか確かめてやるわっ」
「恋人でもそのプレイは特殊性癖すぎるよ?!」
「プレイとか言うんじゃないわよバカ!」
「どこにツボあるのかわっかんないなぁ……」
―――その後。
いろいろとあって彼女をキスで黙らせたりしたけど、とりあえず私の貞操は保たれるのだった。
うん。
はやまったかもしれない。




