214 女子中学生と(2)
先輩にフられた。
最低な考え方だ、というのを踏まえた上で戦績は一勝一敗。
心臓がぶち飛びそうなくらいに嫌な動悸と冷や汗が午後の授業中止まらなかった。
っていうか冷静に考えたら普通にほかの生徒がいる場所であんな会話しちゃって、私のクズ業が衆目に触れてしまったわけか……
なんて落ち込んで肩身狭くいるのにも飽きた放課後。
やってしまったものはもうしょうがないのだと意識を切りかえていこうとそう思って、とはいえもう放課後なのでそんな決意も持て余すことに―――いや。
今日は、アルバイトがあるのだ。
切り替えるどころかもっと重大な覚悟が必要だろう。
できているかといえば微妙なところで、だけどそれでも約束してしまったのだからやるしかない。
……そう思っていたら。
「すまないね、急にどうしても出れないと言い出して」
と、そう言って彼女のお父さんが代わりにシフトに出てきた。
さわやかではありながらもどこか困惑した様子の笑顔は、どうも彼女がどうしてそんなことを言い出したのか全く心当たりがないという感じだ。
私のせいかもしれませんお義父さん……
というわけで、お仕事終わりにお願いして反田家のにお邪魔させてもらった。
ら。
「お帰りおとうさ、ん、?」
気まずそうな笑顔が、私を見るなり唖然と変わる。
タルタルの乗ったエビフライという、今からもうお食事にしますよっていうお皿がなんだかこう……ひどく申し訳ない気分だった。
そっか、衣にちょっとなじませてから食べるタイプなんだね……
「えっと。ごめんなさい、お食事ですよね。すみません」
顔が見たい、とか言ってついて来たくせにあっさり帰ろうとする私にお義父さんは困惑していたみたいだけど、ここはひとまず丁重に頭を下げて引き下がらせてもらうことにする。
もしも寝込んでいるとか引きこもっているならアレだったけど、この分ならひとまず……まあ……大丈夫だろうし……
「ユミカさんはメイを心配してきてくれたんだぞ?」
「あの、ほんと大丈夫なので。ごめんなさいお食事時に。ええ、元気な顔を見れて安心しました」
失礼します、とほぼ一方的に言い切ってそそくさと退散する。
まさかあの日の続きをあんな場所でやるわけにもいかないし、わざわざ彼女だけに席を外してもらうっていうのもお食事を前にはしたくない。
とりあえず今度にしよう。
ああそうだ、メッセージでも送っておこうかな。
また今度でいいって、そう伝えておかないと今にも―――
「ユミ姉!」
……どうやら遅かったらしい。
彼女の家から数十メートルくらいのところで、声が聞こえた。
振り向けば、今まさにスリッパつっかけてきました、みたいなメイちゃんがこっちに駆け寄っていた。
数メートル分くらい迎えたところで重なって、息せき切らした彼女を抱きしめる。
「ユミ、ゆ、ユミ姉!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。ゆっくり息整えようね」
「う、うん」
すぅー、ふぅー。
深呼吸して呼吸を整えるメイちゃん。
それからはふ、と大きく息を吐くと、ちょっとだけ赤らんだ頬で私を見上げた。
「ごめん、もうだいじょーぶ」
「あ、でもほら、ゴハンでしょ? そんなに無理しないでも」
「ううん。ちゃんと、お話しする」
「……そっか」
目をそらしたくなるくらいにまっすぐな瞳。
だけどすぐにとはいかなくてためらいに舌を丸めていると、彼女はふっとうつむいた。
「ごめんね……逃げちゃダメだって分かってたけど……」
「……」
逃げ。
誰がそんな言葉を使うだろう。
少なくとも私はそんな恥知らずなことはしたくない。
彼女の拒絶は当たり前のことだ。
誰が好き好んで私の『告白』なんて聞きたがるのか。
聞きたくないに決まってる。
それでも私は、こんなところまでトドメを刺しにやってきたのだ。
むしろ私がぶん殴られたっていい。せっかくのエビフライを! なんてさ。
「メイ、ちゃん」
名前を呼ぶ。
怯えに落ちたまなじりで、それでも彼女は私を見上げる。
「私は、メイちゃんの恋人になりたい」
ぎゅ、と服をつかむ力が強くなる。
この言葉を、そんなにも悲しそうな顔で受け取らせている私はいい加減死んだほうがよかった。
「だけど、メイちゃん以外とも恋人になりたい」
私は言う。
彼女は唇を噛んで。
きっとたくさんの葛藤があるだろう。
それとも罵声が大渋滞して今にも一斉に飛び出そうとしているのか。
あるいはあまりのショックに言葉すらないか。
ともかく彼女は、長く、とても長く沈黙して。
そして、
「…………ほ」
ほ。
「ほりゅうで」
「……えと」
「いや、そんなすごいこと言われても急に決められないよ? 前も言ったけど、やっぱりほかの人とかも知りたいかも」
「あ、はい。うん」
それは。
まあ。
ものすごいその通り。
ものすごいその通りなんだけど―――
「即否定では、ない?」
「予想はしてたから、まあ……ギリ」
「ギリ」
「なんか……また今度、ユミ姉のその、恋人? 候補? みたいな人たちでカラオケとか行きたい」
「おぉー、カラオケ、カラオケか……カラオケね……」
カラオケ。
姉さんと、トウイと、サクラちゃんと、カケルと、先輩と、シトギ先輩と、後輩ちゃんと、アイと、先生と、双子ちゃんズと、あとお姉さんとかもかな……いや、いったん大人勢と年少組は別として……先輩たちがみんなでなかよくカラオケ……? だめだ想像の届かない場所にある……
「ぜ、善処します」
「え、ユミ姉が恋人にしたい人たちなんだよね……?」
「それはそうだけど……なんか、こう……アクが強めな人も多々いたりいなかったり。する。うん」
私が言うのもなんだけど、っていうか大体私が悪いんだけども。
だからメイちゃん、その『ムリかもしれない……』みたいな顔はやめてほしい。
みんなとてもいい人なんだよ……私がこんな戯言をばら撒いてでも恋人になりたいくらいには。
「ともかく。じゃあ、えっと。なんか、そんな感じ、です」
「……もうちょっと言い方あるでしょ、ユミ姉」
「それはそうなんだけど……格好つけたこと言える立場じゃないっていうか……」
「それでも告白したんならちゃんとしてっ!」
「は、はい」
……よく考えるとよく分からない怒られ方をして。
それでも、たしかにこんな微妙な感じじゃよくないなと思ったので、気を取り直して。
「メイちゃん」
改めて名前を呼んで、手をつなぐ。
目を合わせて、もう一度。
「私は、メイちゃんとも恋人になるためになんでもする。だから、覚悟してね」
「か、かくご」
「まだ中学生だからで言い訳できないくらい、大事にするから」
「あぅ」
―――具体的になにをするのかは、まだ考えていないけど。
でも、ぐらついている年下の子を落としにかからないほどに私は優しくはない。
身もふたもなく言えば、だけど。
「じゃあ、またね。ご飯食べておいで」
「う、うん」
ぱっと離せば、彼女はとぼとぼとした足取りで帰っていく。
時折ちらりと振り向く彼女に笑みを向ける、なんてことを何度か繰り返して、そして最後に玄関に立つ彼女に手を振った。
ばいばい、と振り交わして。
扉の閉まる間際に振り向く彼女にまだ振って。
しばらく待って、ちらっとまた玄関を開いた彼女に最後に手を振って、私は踵を返した。
……彼女は、彼女にできる最大の譲歩を見せてくれた。
バイトを休むほどに、聞きたくなかったはずのことなのに、それをおくびにも出さず。
だったら私はそれに応えないといけない。
いったいどうすればいいのかはまだ全くわからないけど、でも、きっと、後悔のないように。




