185 そういうんじゃない保健室登校児と寝起きで(3)
「それで……んしょ、話ってなにするの」
「えっと」
もぞもぞと私の胸の中から見上げてくる彼女は、まったくなんとも胡乱げな視線だった。
これが話し合いに臨む顔かね。
「どうすれば『みんなを選ぶ』なんてことができますか、みたいな」
「は? クズ」
ひどいストレートだ。
いい切れ味ですね。
「いやでも、そう、自分勝手なクズにならないように相談をですね……」
「前提として自分の身勝手なんでしょそれ」
「ごふぅ」
「全員フりたくないからしてるんじゃないの」
「ふ、いや、あのフるとかそもそも付き合って、」
「は?」
あはいごめんなさい。
なんだ、えっと、あの、……ごめんなさい……生きていてごめんなさい……
「あんたってさ。ようはいろんな人に恋愛感情向けられてるんでしょ」
「はい……まあ、それ以外も」
「で。なんならあんたは全員にそういう感情向けてる」
「おぉん……あ、ぇあー、」
―――それを認めるっていうことは、彼女にもまた『そういう感情』を向けているっていうことになるわけなんだけど。
い、いいの、か……?
「なに。違うの」
「違くないですはい」
「は?」
「だ、大好きです」
「……………………あっそ」
あっそって。
せめて顔を赤くしてくれたりとか、ね?
いいけども。
いいんだけども。
「それを全部自分のイイようにしたいとか頭おかしさに磨きかかってるし」
「おかしいのは前提なんだね……」
まあ援交カードを手当たり次第に使うような人間ですから。
云十万円を援交に費やすような人間ですから……
ね。
ほんと、ね。
でもあなたはそんな人間の吐息がかかるほど近くにいるんだよ?
もうちょっとこうさ、なんとか言葉謹んでいかない……?
信頼が怖いってそういう意味の言葉じゃないと思うんだけど。
ちくしょう……
「で。それどうするの」
「いやぁちょっとまだ分からないんだけど」
「そりゃそうでしょ」
「うん……」
そりゃあそうだとも。
うなずく他ない。
「ほんと、どうかしてるし」
……とか言いながら、身を預けるのはどうしてなのか。
どうすればいいんだろう。
そもそも。
彼女の『スタンス』はどこだ。
私にとって彼女はなんだ。
大切な人だ。
だけど、彼女は、彼女にとって、私は、なんだ。
みんなを選ぶ以前に、みんなとどうなりたい以前に―――彼女とは、どうなりたいんだ。
「ユラギちゃんは」
「……なに」
わずかに目を細め、ほんの少しだけ身構えるユラギちゃん。
口を開くのにわずかなためらいがあって、だけど閉ざすには小さすぎる。
「ユラギちゃんは、どうなりたい、の?」
「は? ……なにそれ」
「私とどうにかなりたいって、お、思ってる……?」
言い方よ。
もうちょっとこう、どうにかならないんだろうか私。
なんだ『どうにか』って。
嘘でしょ語彙力。どうあがいても語弊だよ。
「どうにか……」
ほらユラギちゃんもめちゃくちゃ顔しかめてるし。
ちょっと距離空いたし。
うーむ。
解ける誤りがどこにもないタイプの誤解。
「いや違くて、」
それでも一応否定から入ってみる。
さらに距離が開いた。
あ。
「っと」
「あぶない!」
ベッドから落ちそうになる彼女に腕を回して、
「は!?」
そのせいでむしろ、耐えられそうな雰囲気だった彼女もろともに勢い余って、
「ぉおっ!?」
「ちょっ」
ごろりどかん、と、
「ぐへぇ」
「っ、お゛っ、」
ユラギちゃんを下敷きに、まとめて落下してしまう。
体勢のせいか肘がユラギちゃんの腹部に叩き込まれてなんか……めっちゃ申し訳ない。
「あの、大丈夫?」
「…………しねよ」
あ、なんて直情的な言葉だろう。
彼女の口から放たれた言葉の中で一番まっすぐだったかもしれない。
うふふ、おかしいな、加害者のくせに心臓をつぶされたような気分。
「ご、ごめんなさい」
「……はぁ」
ひぃ。
溜息だよ。
なんかもう、なんかほんと、ごめんなさい……
とりあえず……去るか……
―――ぇ
「どこ行くの」
「どこ、って、」
教室……なんだけど、それを止めようとするこの手は、いったいどういうことなのか。
もしかして行先は地獄以外認められてないとか……?
「付き合ってくれるんじゃないの」
「え」
つき、え、付き合うってそれ……はぃえ?
……あ。
ああ、あれか、つまりO・HA・NA・SHIね。
っぶない。
「……どうにかってさ、なに」
「ぅ、えと」
畳みかけてくるね……?
どうにかってそれは……えっと……
「な、なんだろう、ね?」
「具体的になに。セックスでもしたいかってこと?」
「いやそういうことじゃなくて」
それは明確に否定できる。
ただ、じゃあどうなのかといえば答えられる言葉はない。
恋人も親友も、もちろんハーレムメンバーだなんて言語道断。
だけど彼女にだって何かを求められたいと―――そんな欲望が、私にはどうやらあるらしい。
触れ合うことさえためらった彼女にだ。
いつから私はこんなにも図に乗るようになったのか……本当に、私の好意っていうのはなんでこうも自己中心的なんだろう。
「私はユラギちゃんのことを特別に思ってる、けど。でもユラギちゃんは、私の特別なんて、その……」
「―――迷惑だ、とか」
「うんと」
そういうのとは、また違うかもしれないけど。
でも、すぐ同じように返してくれるだなんて思えやしない。
彼女の中で、私はきっとまだ、それほどまでに大きなものには……なれていないって、そう思う。
「先輩ってなんか、ほんと中途半端」
「……」
「やるならやればいいでしょ。……そういうのが、いちばん自分勝手なんじゃないの」
ぐうの音も出ない。
でも、その言葉は―――
「人間のそういうところがキライだ」
思わぬ悪言にドキりとする。
見覚えのないほどの悪意が彼女の瞳を澱ませて。
それを隠すように、彼女は私の胸に顔をうずめた。
「わたしの好きな先輩は、もっとずっと身勝手なんだよ。勝手に人間になるなよ……」
……とらえようによっては罵詈雑言だよね。
とか。
そう冗談めかしてでも、強引に彼女のこの陰鬱を晴らしたかった。
それほどに深く、暗く、沈み沈んだ声音だった。
だからこそ、真っ向から受け止めないといけないとそう思った。
リルカや黒リルカの効果は、必ずしも言葉にしなくたって発揮される。
望みや、願い、それに反することを封殺して、都合のいいまでに自分のものにする。
それは逆に、彼女の内側の願いを、実感として理解できるということでもあるのだ。
たぶん。
「私、身勝手かな」
「……強引にベッド入ってきといて何言ってんの」
「あー、あはは。ほんとだね、まったく」
「あんなイミ分かんないヤツそうはいないよ」
「おぅん」
ほめ、いや、ほ、けなし、うむ……どっちだこれ。どっちだ……
どっちでもいいか。
「つまりユラギちゃんは、身勝手な私をご所望と」
「そっちのほうがまだマシっていうだけだし。ちょーし乗んな」
「そっか。じゃあとりあえず味を占めてベッドに入ろうかな」
「……うっざい」
いつまでも床に転がっているわけにもいかない。
私は彼女を抱き上げて、一緒にベッドに持ち上がる。
……そういえば結局授業出てないけど、約束を破るわけにもいかないしね。
もうちょっとだけ、身勝手を続行させてもらうとしよう。




