178 舐めたOLと真剣で(2)
「……おねぇさんはいつもそうやって、辞めろとかなんだって言いますよね」
『すまんな。ウチあんま賢うなくて、せやからすぐ分かりやすい方に流れてまう』
「どうしてそんな素直に謝るんですか」
とげとげしく不満を投げたんだから、もっと嫌な顔をしてほしい。
そう思うのは子供っぽいこと……なんだろう。
微笑むでもないただただまっすぐな謝罪は、そんな歴然とした差を私に押し付けてくる。
「分かってますよそんなこと。こんなものロクなものじゃない」
『ちゃうちゃう。そゆことやあらへんよ』
やさぐれ気味な私の返答は即座に否定された。
思いがけない言葉についついぱちぱち瞬いてしまう。
『ウチなんてそのカードがあったからゆみちゃんの相談役に就任できた訳やし』
「それは……確かに」
他の人と比べて、お姉さんはとても特殊な出会いだった。
それこそこのカードでもなければ接点なんてありえなくて。
『でもこないな強引なのは、今のゆみちゃんにはもう必要ないんとちゃうん』
「必要ない……?」
『正直こんなもんなくてもゆみちゃんやるやん』
「………………まあ、はい」
確かに。
言われてみれば、まあ。
現時点で、本当にリルカがないとできないことっていうのもそんなにない気がする。
むしろリルカがあってもしちゃいけないようなことをうっかりしちゃいそうになるくらいで。
そしてお姉さんの言葉からすれば、これには依存性(?)みたいなものさえある。
……あれ?
もしかしてリルカ不要論発生か……?
「で、でもこんなのどうやって廃棄すればいいのか分からないですし」
『やるんやったらICチップ砕いて、あと切り刻んで数回に分けて不燃ゴミやろ。あ、ミキサーに入れたら刃ぁ欠けるし掃除大変やから注意しぃな。異物混入やで』
「都市伝説をクレカと一緒の扱いしてる……」
個人情報の処理は適切に、じゃないんだよ。
こんなフィクションの産物に夢のないこと言わないでほしい。
っていうかまだ捨てるとか決めたわけじゃないし……
……いや、でもそんなためらう理由なんて……
『なに。抵抗あるん』
「そりゃあ、だって、」
『いざとなったらそれで強引に解決できるとか思っとるんやね』
「そっ、んなわけ」
ない、と言い切れないのが苦しい。
実際そういうようなことを考えてはいた。
だけど、お姉さんの言葉がそれをとんでもない悪行のように感じさせる―――いや。
悪行だろう、そんなもの。
ロクでもないのはどう考えても私じゃないか。
『便利やもんねぇ。今までのゆみちゃんは悪用なんざせぇへんかったけど、やり方はいくらでもあるもん』
「……しません」
『寝るときやって手元にあるくらいやし、ついうっかりってのもあるかもしれんよね。都合悪ぅてごまかすみたいな』
「だから、そんなっ、私は……」
なかっただろうか?
そこまで大事でなくても。
リルカによるごまかし。
悪意でなくとも。
悪用とそれは、呼べてしまうようなものじゃなかったか。
『そら手放しとうないよね。なんせ今のゆみちゃんの状況じゃ下手したらなんもかんもどうしようもなくなるもん。最終兵器は欲しいやんな』
「どうしてそんなこと言うんですかっ」
『ええんとちゃうん。そういうんあったほうが安心やし』
「だから……ッ!」
私は。
まるで。
お姉さんを黙らせるみたいに。
届きもしないスマホ画面に。
『な?』
「ちがっ、」
『やから責めてへん責めてへん』
責めていないと言われたって、こんなことをしてしまえばどうしようもなく自責は重なる。
画面の向こうのその言葉をいったいどうやって信じればいい?
私はすでにリルカを使っているのに―――
『結局そうやってさ。強引にやっても苦しいんはゆみちゃんやん』
私はどんな顔をしているんだろう。
お姉さんの視線はどこまでも優しくて。
これを疑いたくなんてないのに。
「あ、」
今まで考えたこともないことだった。
リルカは遠隔にさえ作用する。
私の望みで拘束する。
それが言葉にしなくとも効果を成すのはすでに実証されている。
だったら私は、いつも無意識に、都合よく、悪意なんてなくても、自分本位で、とっくのとうに、もう、わたし、は、
『ゆみちゃん?』
どうしてみんなは私を好いてくれるんだろうと、考えたことがある。
こんなクズでどうしようもない私をだ。
私がみんなを好きで、みんなは優しいから、だけど、私がみんなを好きだからじゃ、ないのか……?
『ゆ
「ちが、う、」
本当に違うのか。
私がリルカを使うことで、彼女たちのなにかを変えていないとどうして思える。
いざとなったらそうできてしまうのだと自覚しながらに、そうなってしまっているかもしれないとどうして考えなかった。
ロクでもないのはいつも―――私、だ。




