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177 舐めたOLと真剣で(1)

誤字報告ありがとうございます。

「見えてますかー」

『……み、見えとるよ』

「ぬぬ?」


なにかお姉さんの様子が変だなあと思ってスマホのレンズを見ると、お姉さんはするっと目線をそらす。位置的に私の胸元でも見ていたのだろうか。緩めの寝間着の胸元が、結構開いているのに目を奪われていた、とか?


いや思春期。

大人としてそれはどうなんだ。


あきれて見せながら少し胸元を上げて、戻ってきた気まずげな視線と見つめあう。


『ご、ごめんて』

「なにがですか?」

『そりゃあ、……なんでもない』


さすがに自分から女子高生の胸元に目を奪われていただなんて白状できないようだ。


あんまりいじめるのもかわいそうだしそこで追及を切り上げて、私はごろんと転がった。


わざわざこんな夜遅くにこっちから連絡とっているっていうのにベッドに寝転んでるとかとても失礼な気がするけど、まあ、そこまで真剣な相談事にするつもりはない。

先生とはまた違う意味合いでお姉さんは特別だから、当事者っていう感じでもないし。


『んで、どないしたんよ』

「んー。ちょっと相談みたいな感じですねー。あ、お酒続けていいですよ」

『バレとる』

「おねぇさん、酔わないっていうだけで顔色は変わるじゃないですか」

『言われたことないでんなこと』


なんて笑いながら、お言葉に甘えて、とか言って画面の外から缶を持ってくるお姉さん。

かしゅっ、と小気味いい音を立てて開封したそれを一口飲んで、心地よさげに一息。


「……お酒って、おいしいんですか?」

『んー。まあおいしいよ。甘いし。お姉さんとか飲めへんの?』

「お酒飲むような用事の時は帰ってきませんから」

『おぉう。そか』


姉さんがお酒を飲むのは、ユキノさんとのお泊りデートの時くらいだ。少なくとも私との

だから姉さんがお酒を飲んでいるところなんてほとんど見たことがないし、わざわざ聞いてみる機会もなかった。


私が不機嫌になったので、お姉さんはごまかすようにまた一口。


「甘いだけならジュースでもいいじゃないですか。わざわざお酒を飲むのって、酔いたいからなんじゃないですか?」

『ん。まあウチはそうやね。ちょっとは気持ちようなるし。なに、酔いたい気分なん?』

「……ちょびっとだけ」


ストレスを忘れる! とかじゃなくて、実際どんな気分なんだろうって。

悩みがさっぱり消えてしまうような、ふわふわした気分になるんだろうか。


『なら、やっぱこいつはお預けやな』

「え?」


缶をわきに退けて、お姉さんは私を見る。

思いがけず真剣なまなざしを頂戴してしまってなんだか居心地が悪い。


そんな大したことじゃないのに。


『あんなぁユミちゃん。酒に頼ろうなんざ思ったら人間終いやで』

「えぇ……」


それをお姉さんが言うんだろうか。

胡乱な視線を向けてみても、お姉さんは真面目くさった表情で、


『ウチはあくまでも娯楽気分やから。でもユミちゃんはそうやないんやろ』

「まあ」

『せやったらちゃんと聞いたげる。話してみ』


ん? と話を差し向けてくるお姉さん。

別に普通のことなのに、どうしてこう、なんか悔しいのか。

お姉さんにお姉さん面されるとなんだかなぁ。


けれど、それはそれとしてお姉さんが私のことを気遣ってくれるのはうれしいから、私は素直に相談してみることにした。

この私のわがままも、なんだかずいぶんと話し慣れてきた気がする。

そのおかげか、結局私はどう思っているのかっていうのが自分でも少しわかってきた……ようなそうでもないような。


「―――つまり、私はみんなで仲良く、笑っていられるような関係になりたいんですよ」


そのためにどうすればいいのか、悩んでいる。

そう締めくくった私の独白を、お姉さんは真剣な表情で聞いてくれた。

思えばこうして、当たり前みたいに話を聞いてもらえるっていうのもなんだかすごいことな気がする。

お姉さんに限らずだけど、こんな意味の分からない相談に、こんなにも真摯に向き合ってくれるなんて普通そうそうないんじゃないだろうか。


『そないなことになっとんのねゆみちゃん』


ぼんやりと感謝をかみしめていると、単純な納得の声が聞こえてくる。

そこに呆れも驚きもなく、ただ単に相談をちゃんと受け取ったという意思が伝わってきた。


『ウチはなんや、正直ゆみちゃんは上手いことやっとるんやと思ぉとったけど、普通にそないなことで悩んだりもすんのな』

「……もしかしなくても褒められてませんよね」

『やぁ、けっこ褒めとるつもり』


そんな馬鹿な。

まるで能天気だとか、それともろくでもなしの遊び人かなにかとでも思われているみたいにしか受け取れない。


『まあ考えてみたらこん前も幼女がどうのこうのって言っとったし、ゆみちゃんも人並みに悩むんやよね』

「そんなしみじみと言われてもですね」


というかちゃんと聞いてくれるんじゃないんですか、まったく。


じっとぉ、とにらんでやると、お姉さんは慌てて手を振る。


『待って待って待って。まだ呆れんのは早いって。ちゃんとするから。北小のご意見番の異名は伊達とちゃうで』

「小学生の頃の栄光とか振りかざしてるんですか……」

『舐めとったらあかんよ』


むん、と胸を張ったお姉さんは、それから打って変わってまじめな表情となる。


『ゆみちゃんさ。カード持っとるやん』

「持ってますね」


取り出した黒リルカを、遠隔に使用してみる。

料金後払いだけど、私はお姉さんのものになった。


『や、なんで使(つこ)うとるん』

「ついうっかり」

『……まあええけど』


なんともあきれた様子ながらも、気にせず話を続けようとするお姉さん。

それはそれでなんだか悔しい。

私がこの身を差し出しているっていうのに。

ぐぬぬ。


「まだまだ夜も暑いですよね」

『ちょっ、なに脱ごうとしてんの!?』

「お姉さんが大人ぶってるのが気に入りません」

『せやからそういうことするんはやめえ言うとるやろ!』

「どうしてですかぁ」

『そっ―――』


勢いに乗ってなにかを口走りそうになって、だけどお姉さんはこざかしくも耐えて見せた。

チッ。


『ほ、ほんまに悩んどんのゆみちゃん……?』

「うーわひどいこと言った。別にいいですけどね? 結局そうやって人の悩みを軽んじるような人だってことですもんね」

『よう知らんけどゆみちゃんってウチにだけ当たり強ない? 絶対ウチのこと舐めとるやろ』

「わりと舐めてますけどなにか」

『あかん開き直っとる!』


なんて、調子に乗ってもなんだかんだ許してくれちゃうからお姉さんはいい(ダメな)んだ。


『まあええけどさ。ウチぜんぜん気にしとらんもん。ぐすっ、ぐすっ』


いい加減な泣きまねをしながらチラッチラ。

なんともうっとうしい。

べ、と舌を出してやるとお姉さんはぷぎーぷぎーと喚いて、わめき疲れてため息をした。


『ま、そない余裕ならええやろ。なんだかんだゆみちゃんの魅力で全員コロッとやってめでたしめでたしになる未来見えとるもん』

「適当ですね」

『ゆみちゃんのカードはそういうことできてまう代物やと思うけどな、ウチは』

「……」


ふいに向けられる真剣なまなざしに、とっさに言葉が出ない。


『ウチやってさ。ほろ酔いで気分ええときに良う思っとる女の子が身を寄せてきたら結構理性保つんに苦労すんねんよ。まあ今は通話越しやからええけどな。……それってさ、結構めちゃくちゃなことなんよ』


ほいしょ、なんて言いながら、お姉さんは脇によけていたお酒をまた手に取る。

ぐび、と一口飲んで軽く唇を舐める姿は、なんともおいしいものを楽しんでいるみたいで。


『酒って、飲みすぎたら二日酔いでひどいことなるって分かっとっても飲みすぎてまうもんなんよ。喉元過ぎれば熱さを忘れるっちゅうし、なにより、気持ちええのってなかなか忘れられんやん。依存症ってのも分かる話やよ』


こと、と置かれた缶には、もう中身はない。

だけど手の届くところに、もう一缶。


『ゆみちゃんのカードってたぶん、そういう代物なんよ。もしゆみちゃんがにっちもさっちもいかんくなってもうても、そのカードがある限り―――全員、ゆみちゃんから離れられんと思うよ』


そんな大げさな、と、そう言いたくて。

だけど、黒と白のリルカをどちらも使ってその感覚を知るからこそ、一概に否定はできない。


誰かを一方的に支配すること、誰かに一方的に支配されること。


それはとても恐ろしくて、だけどとても心地がいい。

今までのみんなとのやり取りの中で、十分に、実感している。


―――だからこそ。


『ゆみちゃん。それ、もう辞めたほうがええかもしれんよ。本気で悩んどるんなら』


お姉さんの宣告を否定することが、私にはどうしてもできなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ……ある程度の良識がある大人ならば、まあこういう結論に至っちゃいますよね…。 宣告者司に対して、由美佳はどういった考えを抱くのでしょうか…。
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