156 保健室登校児とウザい感じで
生徒会長と息抜きでホテルに行った。
もちろんいかがわしいことはない。
私にできることなんてマッサージくらいのものだ。
だけどシトギ先輩とホテルに入ったのだ、と考えるとなにかとてつもない禁忌を犯したような気がしていまさらになって落ち着かない。
もし学校で噂になってしまっていたらどうしよう―――そんな風に怯えながらもいつもの道を足は勝手に歩いていく。
果たして登校してみても、すぐに呼び出されたりとかはしなかった。
一部の生徒からの視線とかざわめきとかはあったけど思っていたほどでもないようだ。
むしろ。
「―――アンタ、生徒会長なんてやるの……?」
親友がそう問いかけてきたように、どうやら私の生徒会選挙出馬が公になっている、というのが反響しているっぽい。掲示されたのは朝のことで、たぶんまたHRでプリントとか配られるんだろう。
「信任投票で落ちるのが関の山じゃないかしらねっ」
「うーん。一概に否定できないのが悲しい」
なんてやりとりもそこそこに確認しに行くと、書いた覚えのない決意表明の文が張り出されていた。書いた覚えはないのに、書いててもおかしくはないと自分で思えるくらいに自然な文章だ。こう、硬い文章を書こうとするときの私のクセみたいなのが抑えられている。あんまり『~ます。』で終わらないように頑張って言い回しを整えてる感。
どうしても列挙っぽくなっちゃうんだよねぇ……
……多分シトギ先輩がやったんだろう。
あの人のスペックの高さには全く驚かされる。
さておき。
このままいけばよほど驚くべきことでも起きない限り私は生徒会長になりそうだった。
もう立候補はできないし、そして歴史上信任投票で落ちた候補者はいたことがないのだ。
あとは私が自重すれば確実だろう。
というわけで私は保健室にやってきた。
前後の文脈の乖離が激しい気がするけど気にしない。
彼女ならたぶん変な噂とかも聞いていないだろうし、安息の地っていう感じがあるのだ。
「こんにちはー」
昼休憩の時間帯。
そんな声掛けとともにベッドを覗くと、寝転がって音楽を聴いていた彼女はちらっとだけ視線を向けて軽く手を振ってくれる。かわいい。
私がベッドのふちに腰かけてお弁当を開いていたら、呆れたようなため息が聞こえてきた。
「なに先輩トモダチいないわけ」
「ここにもいるっていうだけだよ」
「は? ……ウザ」
気取ったことを言ってみたら露骨に顔をしかめられる。
どうやら相当にお気に召さなかったようだ。
「それよりユラギちゃんお昼もう食べたの?」
「食べないし」
「えー。おなかすいちゃわない?」
「べつに」
まあ、入院中かな? っていうくらいにベッドの上で過ごしているわけだし、そりゃあお腹も空かないだろうけど……
「じゃあこれ。あげる」
「は?」
差し出す紙パックは怪訝な視線で迎えられて、そこに書いてある『ばななお~れ』の文字をまじまじと読んだ彼女は私に視線を戻す。
「なにこれ」
「ばななお~れ。美味しいよ?」
「いやべつにこんなの……」
「動かなくても頭は使うでしょ? 糖分補給しよーぜー」
はい、と強引に彼女の前に紙パックを置く。
私は私でもう一個あるそれをちゅるちゅるやっていると、やがて彼女は起き上がって同じようにストローを突き刺した。
「私このストローがなんか好きなんだよね。伸びるやつ。ストロー界ではトップクラスに好き」
「意味分かんないし」
つれないことを言いながらもちゅちゅるとばななお~れを吸うユラギちゃん。
どうやら彼女はこういうのを飲むときにちょっと咀嚼するタイプらしい。
やっすいやつだから果肉とかもないのに……かわいいな。
「なに」
「ううん。おいし?」
「べつに……普通」
「分かる。なんかこう、普通に美味しんだけどどうあがいても安いんだよね」
「あー。それ」
ひとパック80円とかいう破格の値段は学生の懐には優しいんだけどね。
でもそれはそれとして安っぽい。
おいしいけど。
なんて感じでくだらないやりとりをしたりしなかったりしてお昼ご飯を食べ終える。
お弁当を閉じたところでふぅと吐息して、私はごろんっと彼女の膝の上に寝転んだ。
「重いし」
「じゃあ代わる?」
「は? なに言ってんの。退いて」
「やぁだあ」
いやいやとごねると舌打ちされる。
どうやらウザがらみはダメっぽい。
仕方なく起き上がると、彼女はもみもみと太ももをもみながらつぶやいた。
「先輩って、なんか、ウザいね」
「え」
もしかしてめちゃくちゃ明確に拒絶されてる……?
少しくらいは仲良くなったつもりでいたのに、それは幻想だったんだろうか。
ショックを隠せないでいると、彼女はまじまじと私を見つめる。
「うん。ウザい」
「そんな改まって言わなくても……え。帰ったほうがいいでしょうか……?」
「なんで」
「なんでって」
そりゃあウザいとか言われたからですけど……
なんか敬語になっちゃいます……
びくびくする私に彼女は溜息を吐いた。
「べつに先輩がウザいのは今に始まったことじゃないし。……もう慣れた」
そう言ったっきり彼女はそっぽを向いて寝転んでしまう。
もう慣れた……?
それはつまり、どういうことなんだろう。
ついついとてもポジティブに捉えてしまいそうになるけど、いいんだろうか。
彼女の想いがよく分からなくて、私はとりあえず黒リルカを取り出していた。
困ったときのリルカ頼みが私を堕落させてきたってそろそろ学ぼうよ私……
「そういうとこだし」
ほら彼女も呆れてる。
すごすごと引き下がろうとしたら、彼女はその前に私を買った。
そしてベッドから降りると、さっきまで自分が眠っていた輪郭を指さす。
「代わってくれるんでしょ」
「え?」
「早くして」
「あ、はい。ただいま」
彼女に言われるがままに寝ころんだら、彼女は私の腕を枕に寄り添ってくる。
太ももではないのか……
「甘いの飲んだから寝る。だからお昼食べてないのに」
「あ、そうなんだ」
「はーあ。ほんと余計なことするよね」
なんてぐちぐち言いながら彼女は目を閉じる。
なんだかんだ、とりあえず悪感情ではない、ということでいいんだろうか。
さすがにそんな相手の腕枕で寝たりはしないと思うけど……
……まあ、いいか。
とりあえず彼女に言われたとおりに、時間いっぱいこうして枕になるとしよう。
ついでにこうやってぎゅっと抱きしめちゃうあたりがウザいと言われる所以なんだろうけど―――
「……」
うん。
慣れた彼女ならきっと、これでもちゃんと眠れることだろう。




