127 お祭り騒ぎな彼女たちと(13)
一人目からおねだり上手な先輩の襲撃を受けたせいかなぜやら出鼻をくじかれたような気分になったけど、さすがに続けて大物は来ないだろう。
と思った矢先、二人目のお客さんとして生徒会長さんがやってきた。
「こんにちは」
「わぉ。こんにちは、じゃなくて。いらっしゃいませお嬢様」
あまりの驚きに素で対応してしまって、慌てて演技に切り替える。
先輩はさておき彼女まで私のスペースを選ぶとかなんという幸運だろう。
私が颯爽と席に誘えば、彼女は楽し気に笑みを浮かべながら向かい合って座る。
そうしてジィっと私を見つめて、すぅっと目を細めた。
「とてもお似合いね」
「もったいなきお言葉です」
本当にお嬢様然とした彼女に褒めてもらえると喜びもひとしおだ。
私は調子に乗って彼女の手を取ってその甲に口づけた。
「お嬢様も、今日はいつにもましてお奇麗でいらっしゃいます」
「あら。随分と適当なことを仰いますのね。いつもと同じ制服のはずなのですけれど」
「存じておりますよ。けれど適当なことなどと仰らないでください。明日も明後日も、私は日ごとに同じ言葉を口づけましょう。お嬢様が日々ご自分を真摯に高めていらっしゃる限り」
夜なべして(してない)考えたキザなセリフとともにウィンクして見せる。
「うふふ。お上手なのね」
ロールプレイによってかろうじて恥命傷で済んだ私とは対照的に彼女は穏やかにくすくすと笑うだけでそれを受け取った。
かと思えば先輩の指がそっと私の顎を持ち上げて、緩やかな笑みが首をかしげる。
「―――一体何人のお嬢様で練習なさったのかしら。ねえ?」
今までにない、彼女の嗜虐的な笑み。
あなただけだと叫びそうになった口はふにっと指先で閉ざされて、そして指先はすっと動いてタイマーのスイッチを押した。
「ふふ。冗談です。あまりにも新鮮で調子に乗ってしまいましたね。すっかり時を忘れて楽しんでいたようです」
……完敗だ。
やっぱりこんな付け焼刃な執事ムーブじゃ本物には敵わないらしい。
それでも一矢報いたくて、私は懐からリルカを取り出した。
「悪戯好きな執事さんですこと」
先輩は相変わらず余裕といった様子でそれを受け入れ、『さあなにをしてくださるのかしら?』とでも言いたげな様子で私を見やる。
その挑発、買わせてもらおう。
正統派(?)執事ムーブが通用しないなら私にも考えがあるのだ。
さっそく私は首元を緩めて少し乱雑に髪をかき上げる。
さくっと出来上がった不良執事(?)的なスタイルのまま立ち上がり、足を曲げることなくぐいっと上半身を倒す形で顔を近づけながら顎をくいっと持ち上げる。
「―――お嬢サマを喜ばせようって忠誠心なんですけどねぇ。私は」
「そういう趣向も嫌いではありませんよ」
「余裕ですねえ。さすがはお嬢サマ」
くつくつと笑いながら、すっと自然に唇を近づける。
とたんにほんの少し目じりに緊張が走って、ぎゅっとスカートを握りしめるのが分かった。
「ははっ。どうしたんですかお嬢サマ? 私は執事ですから、お嬢様のご命令以上のことは致しませんよ」
そんな風にうそぶきながらも私は彼女をいたぶる。
頬をすれ違って、耳元に吐息を触れて、肌に唇を掠めさせて、髪の毛を香りながらほんのささやかに耳介を食む。
その都度弾む吐息、揺れる視線が先輩の動揺を分かりやすく伝えてくれた。
「……やめてください」
「嫌いじゃないって言ったじゃないですかお嬢サマ。それなのに止めるんですか?」
そっと肩を撫で、腕を撫で下ろし、指先をくすぐり、絡み合うように見せかけてするりと逃れる。
先輩の視線が私の手をちらちらと気にしているから、それを連れてタイマーをつついた。
残り時間はもう半分を切っている。
10分というのは、驚くほどに短いものだ。
実際彼女は驚いた様子だった。
瞳が揺れて、これがもうすぐ終わってしまうという事実に急かされるように身体を揺らす。
「島波さん、……」
なにかを言おうとした彼女は、だけどなにも言わない。
口にできる言葉などないのだろう。
だから私はデキる執事を気取って、手始めにまず彼女と指を絡めた。
それと同時に耳介を強く噛めば、彼女の口からは堪えるような可愛らしい声が漏れる。
彼女はそんな痴態を恥じるように手で口を隠して恨めし気に私を見上げる。
「命令以上はしないのでは?」
「ご命令の前に叶えて差し上げるのも執事の務めですから」
「……調子のいいことをおっしゃるのね」
ぷいと視線をそらした彼女は、だけどそれ以上は『いい』とも『悪い』とも言わない。
なにせ私はとてもデキる執事なので、そんなお嬢様の望みをたっぷりと叶えてあげる義務があるというもの。
さあ次はなにをしてあげようか。
タイマーの鳴り響くまでのとても長いひとときを、たっぷりと堪能してもらわないと。




