じっちゃんとカッパ
とある町のとある河原で、いつも一緒に釣りをするじっちゃんとカッパがいた。
じっちゃんは麦わら帽子を被り、白いタオルを首から下げていた。よれよれのタンクトップと短パンに、くたびれたサンダルを履いていた。若い頃は筋骨隆々だったのだろうと思わせる体つきで、よく日焼けしていた。
カッパは頭に皿を乗せ、きゅうりを咥えていた。暑いのは苦手なくせして、それでもじっちゃんの側にいたくて、カッパは決まって片手にうちわを持っていた。じっちゃんがくれた、古いうちわだった。
二人は河原の岩場に並んで腰かけて、じっちゃんは釣り糸を垂らし、カッパはそれを眺めていた。カッパがうちわを川に向けて言う。
やれ、そこの岩陰に魚がいる。やれ、もう少し先から大きいのが来る。
カッパは自分が魚を見つけるのが得意なのをいいことに、じっちゃんの釣りにしょっちゅう口出しした。けれどじっちゃんも言われてばかりじゃない。
うるさい黙ってみてろ。そんなに言うなら自分でとってきたらどうだ。
じっちゃんがそう言うと、カッパはもともと尖った黄色い口をさらにとがらせて、水掻きのついた足で川の水をぴちゃぴちゃやった。
ばかやろう、魚が逃げるじゃねえか。
じっちゃんがそう言ってカッパを睨むと、カッパはあかんべをする。
なんだい、おいらがこうしようがしまいが、おいらの勝手だ。それに、おいらがこうしなくたって、どうせ釣れやしないんだ。
しかしどうしてか不思議なことに、カッパがこう言う時に限って、じっちゃんは魚を釣ることができるのだ。
どうだコワッパ、誰が釣れないだって?
じっちゃんが自慢げにそう言うと、きまってカッパは川に潜り、じっちゃんが釣ったのより大きな魚を捕まえてくる。あんまり大きな魚を捕まえるとカッパもそれを押さえきれなくなり、跳ねる魚の力に負けてすっころぶ。それをみたじっちゃんは慌てて川の中へと入ってくる。
この川は流れのはやい場所がある。子どもが流れることだってあるんだ。
するとカッパはいつも言う。
おいらはカッパだ
するとじっちゃんもいつも言う。
河童の川流れをしらないのか
やがて二人して川の中で突っ立っているのが馬鹿らしくなり、暑い夏の日に、二人の笑い声が川を流れていくのだった。
何年かしてじっちゃんが死ぬと、カッパは一人で河原に座った。じっちゃんの真似をしようと、木の枝にタコ糸を括り付け、それを垂らしたが当然魚ななんて釣れやしない。魚が川のどこに隠れているかもカッパにはお見通しだったが、こうして釣り糸を垂らしてみると、どうしてか、わざわざそちらに狙いを定める気にはなれなかった。
それでもじっちゃんの墓には、たまに魚がお供えされていたりした。ただ、それは野良猫かカラスに食べられるのがおちなのだ。それでもカッパは、夜中、墓場に忍び込んでは、じっちゃんの墓に魚をお供えした。
ある夏の日、両腕で抱えるくらいの大きな川魚を捕まえたカッパは、水掻きのついた足でぺちぺちと墓場にやって来た。新月の夜で、墓場の見かけは静かだったが、遠くで蝉たちがわんさか鳴いていた。カッパはぴくぴくと動く魚を、じっちゃんの墓に置いた。すぐ隣には小さな墓石があった。
カッパはじっちゃんの墓を落ち葉で磨き、細い木の枝を線香に見立てた。するとカッパの隣にじっちゃんの幽霊が現れた。カッパは少し驚いたけれど、もう一度じっちゃんに会えて、とても嬉しかった。
「正真正銘の幽霊だね、じっちゃん」
じっちゃんは肩をすくめながら微笑んだ。
「どうも成仏できなくてな」
じっちゃんはカッパの頭をそっと撫でながら、続けた。
「俺が死んだら、お前はひとりぼっちだろう。どうもそれが気がかりだったんだよ」
今度はカッパが肩をすくめた。
「あんまり成仏しないでいると、そのうち怨霊やらなんやらになってしまうよ」
「カッパにでもなれりゃあ、また二人で釣りができるんだろうがなあ」
そう言うじっちゃんの手を、カッパはそっと握りしめた。
するとカッパはカッパの姿ではなくなり、小さな男の子の姿へと変わった。その姿を見るなり、じっちゃんはもうしてもいない息を吞み込んだ。ずっと一緒に隣で釣りをしていたカッパは、十数年前、川で亡くした自分の孫だったのだ。成仏できずにやがてカッパの姿となり、自分を見守っていたのは、孫だったのだ。
「おいら、じっちゃんと釣りするの、だいすきだったんだよ」
男の子はそう言うと、じっちゃんの墓の隣の小さな墓に、あの古いうちわをたてかけた。それから再びじっちゃんの手を握った。
「行こう、じっちゃん」
ひと雫の月の光もない夜の中、小さな光の玉が二つ、空にむかってゆったりとのぼっていった。途中、あの河原に少し寄り道をしてから。
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