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序2


 列は流れて入り口を通り、席へと辿り着く。


 (まずは物販かトイレかな)

 席を忘れないように目印などを確認してから、財布とハンカチとスマホ、あと簡易なショッピングバッグを持って席を離れる。


 物販コーナーは大混雑していた。

 販売しているものはオペラグラスや色が変わるペンライト、パンフレットにキャラクタータオルなどなど。

 (せっかくだしパンフレットとペンライトは買っておくか

  いや、タオルも記念に買っておきたいような)

 戻ってきた時には売り切れてそうな気がして、先に物販に並ぶことにした。


 目当てのものを無事に手に入れ、トイレから戻り席に着く。

 隣の席の人たちの声が聞こえる。


 「L君近く通るかな〜!」


 「ねー!推しが近くにきたらショックで心臓止まるわ

 個人的には波丸はまる君とカス君来てくれたら大勝利」


 「それまで心臓持つかな、ちょっと動悸が」


 (会った瞬間死ぬんかお前ら)


 L君というのは金牛宮タウロスのメンバーであり、浜丸はまる君は白羊宮アリエスのメンバー、カス君は双児宮ジェミニのメンバーである。

 彼らももちろんアバターアイドルなのだが、このような生LIVEではホロコスチュームに身を包むため、観客席のかなり近いところまで来てくれることがある。

 その現実のLIVEと変わらない事こそが生LIVEの売りであり、推しをリアルで目撃できるまたとない絶好の機会なのだ。


 メンバーが注意アナウンスを流した後、しばらくして場内は暗くなり、ライブが始まった。

 各メンバーが順番に登場しては自己紹介をし、歌を歌い去っていく。ペンライトは歌の演出やメンバーによって自動的に色を変え、綺麗な景色をつくっていた。

 その後も歌によってメンバーを変えたり、間にいつもの動画でやっているような雑談や企画などが入ったりと様々な催しが行なわれた。

 企画の時には観客参加型のものもあって、会場のライトは足元が見えるように少し明るい状態に維持されていた。


 突然だが、彼女はなかなかイベント系に対して運が悪く、この手のものではいつも白羽の矢がたつのだ。

 今回も内心は無理無理無理来るな来るな来るな来るなとまるでお経か何かのように念じ続けていた。

 しかし。


 「はい!じゃあつっぎっは〜、ふんふんふん」


 バチっ


 「あ!」


 (うわああ)


 「さがすー!

 そっちの!右っ側の!」


 「紺の人ー?」


 「そーう!」


 彼女はゆっくり、ゆっくりと知らない人のふりをして目を通路と逆方向に持っていった。

 足音がニ席挟んだ向こう側で止まる。


 「ステージに一緒に来てほしいんだけど、いいかな?」


 目線をそちらに向けるとおもいっきり私の方を見ていた。

 周りの席からは黄色い悲鳴が聞こえた。いいなーとも聞こえた。

 (これ、ことわれないやつや)


 「は、は、い」


 「あはは、ごめん、びっくりしたよね」


 思わず頬も声も引き攣ってしまい、それを見て天蠍宮スコーピオ東雲しののめ さがすさんが苦笑いをしていた。

 (すいません!だから、だから目を逸らしていたのに!なんでたまたま見た時に目が合うんだ!!)

 ステージにドナドナされていく時にも緊張を和らげるように声をかけてくれた探さんは本当にいい人だ。


 「おおー、きたきた

 えーと、まずはなんだっけか?」


 「名前を聞くんでしょ、空」


 「そうだそうだ、名前名前

 名前なんていうの?」


 「え、あー、ユキです」


 「ユキちゃんかー

 よろしくー」


 (だれかたすけてくれ)




 その後彼女はなんとか役割を終え、座席に戻ることになった。


 「よっし!帰りは俺が送ってったろ」


 「あ、ありがとうございます!」


 (緊張でさっきから私のキャラが変わっているんだが)


 「そんじゃ、行こうか!」


 手が差し出されるが、微妙に彼女には遠い位置で止まった。

 (?手を伸ばせと?)


 彼女が訝しげに顔を上げると、彼は座席後方をじっと見つめたまま動きが止まっていた。

 不思議に思い、同じ方へ目をやる。


 (あれ?)


 「空ー?どうしたの?」


 その様子を不思議に思った探も声をかけた。


 「なあ、探ー

 剣とってくんね?」


 「え?はい」


 先程まで武芸の演出に使っていた模擬刀を探は投げ渡した。

 受け取ったあと彼は小声で続けた。


 「ハッカーがいる

 スタッフに伝えてくれ」


 「?わかった!」


 探も同じ方向に目をやってから血相を変えて舞台袖のスタッフさん達のところへ駆けていった。


 彼女たちの視線の先、会場入り口の大きな扉は何故か全開になっていて、その扉の向こうには夜長 空と瓜二つの人物が廊下を歩いていた。

 ハッカーはネットの様々なところに違法に侵入する人達のことだが、この場合はさらにタチが悪い。

 ホロコスチュームの無断コピーはそもそも違法だが、実際に会場でそれを着ていることを考えると、昨今話題になっているテロ事件の可能性も十分に考えられた。


 「今、探が次の小道具探してっからちょっと待ってな!」

 彼は観客に笑顔でそう呼びかけた後、そのままマイクに入らない声量でぼそりと呟いた。

 「なんだあ?テロか?」

 

 自分に声をかけられているとは思っていないながらも彼女は答えた。

 「テロ以前におかしくないですか?いるのが扉の向こうなのって」


 それを聞いて彼はハッと表情を変え、一瞬だけ彼女の方へ視線を寄越した。

 ホロコスチュームはそもそも、室内で専用の設備がある特定の場所でしか使うことができない。小さなLIVE会場や撮影施設でも専用設備があれば使うことはできるが、あくまで限られた部屋の中だけだ。これは犯罪利用を防ぐためで、現行の法律でも禁止されており、部屋を出た際にはホロコスチュームは自動で解除される仕組みになっている。


 「スタッフさーん!探戻ってくるまで、次出てくる人馬宮サジタリアスのやつらに繋いでもらおうぜー!」


 彼は再び舞台袖に呼びかけた。一部の観客からは喜びの声が上がった。

 「もうちょっとだからいい子で待ってろよー」

 席からは了解の意味を込めたペンライトが振られた。

 隣にいた彼女には彼が、観客が不思議に思わないように配慮してるのが見てとれた。

 「ユキちゃんは次のメンバー来るまでちょっと待っててな!」

 「はい!」


 他の人にはわからなくても、これは明らかに異常事態であった。

 目の前に、現実に存在しないものがそこにいる。

 彼は笑顔のまま、周りにわからないように再び静かに呟く。

 「あれー、これってもしかして、なんか、やばい?」


 「異常事態だと思います」


 「だよなー」

 彼はおいおいといった感じで続けた。

 「ありゃ、誰だ?」



Side 夜長 空


 今日はようやく待ちに待ったLIVEの日だ。

 いつもは画面越しでゲームだったり話したりしているが、実は身体を動かしたり歌ったりするほうが好きだったりする。

 伊達にStarry night随一の武闘派設定でやっていない。

 この日のためにトレーニングも重ねてきたし、最高のパフォーマンスができるはずだ。


 LIVEが始まり、多少の尺の伸びもあったがそれ以外は順調に進んでいった。

 会場は満員御礼。オンライン視聴人数もStarry nightで出した過去の動画の最高視聴者数を遥かに超えているらしい。

 この後には俺たちのグループ、天蠍宮スコーピオの企画タイムが始まる。

 楽しんでやるのはもちろんのこと、これでフォロワーも増えれば万々歳だ。


 俺たちの手番が始まってしばらく。

 俺は次のゲストを観客から選んでいた。

 こういうゲスト選びっていうのは本当に難しい。俺たちのファンじゃないと会話が弾みづらいし、その人が応援しているメンバーが別にいた場合、そのメンバーから指名される機会を奪ってしまうからだ。だから基本的に俺は自分達の色を多く身につけている人からゲストを選ぶ。

 

 (わかりやすく全身が紺か朱色、もしくは赤で誰か)

 

 バチっ


 (いたー!)


 「さがすー!

 そっちの!右っ側の!」


 全身紺色いて本当に助かった。

 あんなわかりやすいとこっちも安心して声をかけられる。

 髪も紺色だし間違いねえだろ!


 連れられてきた女の人は緊張なのか元々なのか、おどおどと目も泳いでいて、ちょっとやっちゃったかと思った。俗にいう双児宮ジェミニのカストルの様な陰キャ気質なんだろう。

 俺のファンは基本ノリのいい明るい雰囲気のやつが多いが、一定数いわゆるメンヘラ気質のファンもいる。他のとこもだいたい同じだとは思うが、俺の性格的にちょっとガチめの人が集まってしまうため、気にはしないものの少し苦手ではあった。


 会話が弾むか心配だったが、ゲストも途中吹っ切れたのかだいぶ話しやすくなり、なんとかいい感じに終えられて安心した。

 この次は探が指名する番なので、俺が見送りとお迎えをする。


 「そんじゃ、行こうか!」

 と、手を伸ばしながら観客席の方へ視線を向けるとやけに視界が明るいことに気づいた。

 よく見ると一番奥のメインの出入り口となる大きい扉が開いている。そこに人影も見える。

 (あいつが開けたのか?)


 よく目を凝らすと、俺は驚きで瞬きをするのを忘れてしまった。


 「空ー?どうしたの?」


 探が声をかけてきて意識が戻る。


 「なあ、探ー

 剣とってくんね?」


 探に剣をとってもらい、その時に異常を知らせてスタッフにも伝えるよう頼んだ。短い言葉で事情を察してくれる探には感謝しかない。

 状況を悟らせないように観客に声をかけた後、俺は思わず独り言が出た。


 「なんだあ?テロか?」


 「テロ以前におかしくないですか?いるのが扉の向こうなのって」


 まだそこにいると思ってなくてびっくりした。そりゃあ、戻りなとも声をかけていないし、これまでの流れ的に俺が座席まで送らねえとおかしいもんな。うん。

 (で、今なんて言った?おかしいって言ったな。扉の向こうにいるのがおかしいって。そりゃあ会場の外に、あ!)


 そこまでして俺はようやく事態のおかしさに気づいた。


 を持たせるために、舞台袖にスタッフさんがいるていで声をかける。スタッフさんがそこにいるかいないか、メンバーが来るか来ないかよりもこのままパニックを起こさせないことの方が大切だと思ったからだ。

 観客は俺の言葉を信じてくれているらしい。だが、気づかれるのは時間の問題だと思う。

 観客全員避難誘導して建物の外に出したいのも山々だが、この人数を一度に行うのは到底無理だし、万が一会場から出た時に何かあってもまずい。


 隣にいるゲストにも席に戻らないように言った。

 もし席に戻った時に隣席の友人にこのことを話せばパニックになるかもしれないし、今スマホで呟かれても困る。さらには一人で会場の外に出ようとしてしまうかもしれないとも考えた。


 再び違法ホロの俺に目を向けると、もう一つ隣にある大きな扉もいつのまにか開いていて、その扉の前に差し掛かっているところだった。ただ先ほどからゆっくり歩いているだけだ。

 確かに歩いている。俺にしか使うことができないホロアバターのコスチュームで。ホロが使えない会場の外を。おいおい。


 「ありゃ、誰だ?」


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