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練習(一人に一人敵がいる)として書き始めたものです。

ある程度書いたら途中でやめると思います。


 あの時、私は彩玉さいたまドームに来ていた。




 時は22世紀。

 この頃になると現代ではネット社会のさらなる文明の発達や進化がおこり、さまざまな仕事はテレワークが主体となり、農業、漁業、土木なども機械やロボットによっておおよそが賄われることとなった。

 作業は機械に、監督は人間にという作業の分担が基本的である。


 それによって仕事にかかる人数が減り、一時期は雇用の安定性が叫ばれた。それを受けて、次第に学業の内容も仕事特化のものへ変わっていき、大学を出る頃にはそれぞれが最も得意とする分野への就職を行えるようになった。


 それと合わせて一つ、昔と変わったことがある。


 1人に対し1人の国民アカウントが発行され、中学に上がる頃にはマイアバターを配布されるようになったのだ。

 このアカウントはマイナンバーよろしく、1人にひとつしか存在しない。登録には戸籍が紐付いているが、表には自分が見せたい情報と見せない情報を選ぶことができるようになっている。

 アカウントの管理は、国及び各自治体に存在するネットワーク環境管理戸籍課の人たちが行なっている。

 いつどの税金がどれくらいかかるか、自身の貯蓄がいくらで、ローンがあとどれくらいかまで、さまざまなことがアカウント一つで確認できるようになっており、クレジットカードの登録や銀行の振り込みも設定できるので支払いもとても楽になり、もろもろの未払いがだいぶ減ったらしい。

 逆に給付金や補助金、支援金も即座に振り込まれるようになったため、結果的にだが結構喜ばれている。


 こんなに色々な情報をひとつにまとめてしまって大丈夫なのかという不安が当初はかなりあって、しばしば議会で問題にされてきたりしていたが、なんと我が国の情報省は世界屈指の鉄壁のセキュリティを誇り、どの国にも侵入されたことがないとかなんとか。

 制度開始後から情報流出の話は一度も出たことがないそうだ。


 そんなこんなで、ネットの法整備に伴い、ネットの現代社会の地盤ともいうべきものができた。


 そして、一部には意外なことに、それまでのネットブームに追従する形で、国が配布するマイアバターにも人気が出だした。

 理由は、国がとある一流ブランドとの提携コラボでアバターの衣装を販売したことにある。

 そのヒットを受けて、各自治体や地元の名店、ゲームやアニメ会社なども巻き込み、それが既存の動画サイトやSNSをも巻き込んで一代カルチャーとなったのだ。


 新しいコラボがあれば、朝のニュースで今週発売されるスイーツなどと同じように報道され、アイドルが新しい衣装を着れば同じアバター衣装が飛ぶように売れる。



 いや〜、本当に。

「いい世の中になりましたわ〜」


 自室のパソコンの前でデスクに突っ伏しながら、主人公、鈴木 小幸こゆきは1人ごちた。


「人嫌いの私にとっちゃこれ以上ない世の中なのかもしれない!」


 パソコンのスクリーン画面には、およそ1世紀前の世界の情報がまとめられたサイトが映っていた。


「対面でのレジ会計とかありえない!

え?面倒くさ!自分でやらせて?自分でやるからいいですむしろやりますお願いします!って感じだし」


 彼女は画面をスクロールして下に流していく。


「そもそもパソコン業務でオフィスに行くって何?意味なくない?意味なくなくなくない?

今時オフィスなしの会社いくらでもあるよ?

データでやりとりしてんのに本末転倒過ぎっしょ!」


 彼女は腕を上に伸ばして屈伸すると、ガタンと背もたれに体を預けてぐるぐる回った。


「画面越しで人と顔を合わせるのすっごいヤダったけど、こんな時代よかよっぽどマシよね

わがままばっかり言ってたらバチ当たるわ」


 勢いよく立ち上がると台所に向かい、アイスがたっぷり入った冷凍庫の引き出しを引く。


「はあ〜、今日はなーに食べよっかな〜?」


 外の気温は40度を超えた。7月末日、猛暑日だ。


「そういえば、夜長よながくんはミントチョコ好きって言ってたっけ」


 気まぐれで買ったチョコミントアイスバーを1本手に取る。

 冷凍庫を足で閉めながら外袋を取り、アイスを口へと運ぶ。


「……ミント、たまに食べるとうまいな」


 能面のような顔で感想をもらす。

 普段食べもしないミント味のアイスを買ったのは、彼女がいま推しているネットアイドルがその味を好きだと熱弁していたからだ。


「やっぱおいしくない」

 彼女は眉を少し顰めて小さく呟く。


 彼女はアイドルの類いが大の苦手だ。

 初対面の人に聞かれて一番腹が立つ質問は「好きな芸能人は誰ですか?」だ。

 なんで芸能人限定なんだ。ゲームやアニメのキャラが好きなやつだっているだろう。と彼女は聞かれるたびにかなりご立腹である。


 元々二次元のものにしか興味がなかったのだが、ひょんなことから中身が人間の、歌って踊って喋るアバターアイドルが好きになってしまったのだ。誠に遺憾である。


 食べ終わって再びパソコンに向かうと、彼女のマイアバターであるユキが公式からの情報メールを大きなアイコンで知らせていた。


「あ!今度生LIVEやるんだ!」


 場所は彩玉県の彩玉ドームだ。

 収容人数およそ2万人前後。


「人混み、でもな〜

ハマってんの今だけかもしれないし、人生で一度くらい普通の人っぽいこと経験しときたいし

んー……行くか〜」


 最後はほぼため息のような声になっていたが、行くことにした。

 チケットはオンラインとメイン会場があり、メイン会場が実際のドームのチケット、オンラインは特設サイトでのVR視聴となっている。

 メインチケットの抽選に外れた人は全員オンラインチケットへ移行となっている。


「申請したけど、抽選、当たって欲しいような欲しくないような」

(会いたいような見たくないような)


 今からあれこれ考えても仕方ないか、とそのまま昼寝をした。



 それから約1ヶ月経って、パソコンにメールが届いていた。


『メイン会場チケット

   ー当選ー

おめでとうございます!』


 画面の隅にいるユキは無表情のまま小さく拍手をしている。


「うああああああああ!!!ヒュッ!はあー

ゲホッゴホッ」


 何事も初めてである彼女は些細なことでも狼狽えるのであった。

 それからしばらく彼女は、あー、だか、うー、だが声にならない声で唸り続けていた。



「当選、しちゃったなー」


 椅子に伸びるように座り込み、彼女は天井を仰いだ。


「こうなると、他のもっと熱狂的なファンにチケットが当たってくれればよかったのに、などと、失礼なことを考えてしまうな」


 チケットには入場口と座席番号が指定されており、ここまで大勢の人が集まる場所に行ったことのない彼女は、不安要素を一つでも無くそうと、会場のマップで大体どの辺りか確認することにした。


「うえっ、マジ?」


 彼女は当たり前のようにおひとり様であったため、他の複数人でチケットを取っている人たちに合わせて、余った座席が割り振られていた。

 場所はステージに向かって左前方。前から6列目。


「……最悪だ」


 誰かとチケットを交換してもらおうにも、そんな知り合いがいたらそもそも一緒に並んで座っているはずなのだ。


「当たったのに、落ち込んできた」


 学生の頃に文化祭で、全校生徒の前で行われていた生バンド演奏をあまり話したことのないクラスメイトに誘われ、ステージ前で一緒にウェイウェイと手を振り上げた事があったのだが、途中でふと一体自分は何をしているんだと考えてしまってから体が動かなくなってしまい、席に戻るにも戻れず冷や汗をかいたことを思い出す。


「二の舞になりそうだな」


 今度は彼らを微動だにしないまま、緊張して固まった青白い顔でガン見してしまうかもしれない。およそ最前列のような場所で。

 このままでは目立つ。

 悪目立ちする。

 席が遠ければ近くに来ないはずだからボーっと席に座っているだけでいいと思っていたのに。


「はっ!ガスマスクをつけるとか?


いやいや、前列でシュコーシュコー言ってる人が突っ立ってんのただのヤバいやつ!てか余計目立ってるし!」


「グッズのタオルをぐるぐる巻いとく?


いや暑いわ!ライブ9月の始め!昔じゃないんだから!」


 普通だったら隣の人間達の動きを真似すれば良いのだが、彼女の不器用さのせいでその選択肢も絶望的だ。



「どーしよ」




 そこからあっという間に2週間が経った。



 生LIVE当日




「モブに見えるだろうか」


 あの後、同じくライブに参加する人たちの呟きやまとめを調べ、当日の服装や持ち物についても入念なシミュレーションを行った。


 アバターアイドルのライブは、参加者もけっこう服装が派手だったりする。

 逆にトレーナーにジーパンのような格好は浮いてしまうのだ。


 電車を乗り換えるにつれてどんどん周りの乗客の服装が派手になっていく。



(スカート慣れないな)



 今の私の格好は、推しのイメージカラーの紺色のメッシュが入った髪に、同じく紺を基調としたワンピースに白のカーディガン+ヒールが高めのスニーカー。


 髪に初めてのメッシュを入れたのは、こうするのが最近のアバターアイドルファンの流行りらしいからだ。

 実際、周りのかなりの人が全体だったり一部分だったりを奇抜な色に染めている。


 ハイヒールではなくスニーカーなのは、いざと言う時に素早く動くため。人を避けたりとか。

 全身紺色なのは、誰推しですか?などと話を振られないために分かりやすい推しの色で固めた。

 推しが目立たない色でよかったと心から感謝だ。



 電車はその後も進むたびに人を増やし続け、駅に着いた頃には満員電車通勤ラッシュさながらであった。

 降りた瞬間の開放感はハンパない。


 そのまま川のような人の流れに乗って迷うことなく会場に着いた。

 会場前ではそれぞれが自分の入場口に並んでおり、あまりの人の多さと熱気に圧倒される。


「えーっと、私が行くのは」


 独特な雰囲気に思わず小さくではあるが独り言が出てしまう。

 

「Aの2、Aの2

 あ、看板」


 看板に従って歩いていくとそこにも長蛇の列があり、思わずげんなりとしたため息がでた。


 (まじか、わかってはいたけどマジか)


 最後尾に並ぶが、実際に入り口を通ることになるのは1時間以上後のことだろう。

 前後の人たちが楽しく話に花を咲かせているのを横目に、私は推しの動画などを見て気分を落ち着かせることにした。


 この彼女のスマートフォン画面に映っている男アバター。

 これが彼女のいわゆる"推し"である。


 アバター芸能事務所『Starry night』所属、グループ『天蠍宮スコーピオ』のメンバー、夜長よなが そら


 年齢は20代後半、身長は175cmOver、紺色の長すぎず短すぎないサラサラとした髪、涼やかな目元に白銀の瞳、白Yシャツの上に薄灰色のパーカー。そして背に背負った刀袋。


 黙っていればクールな美形であるはずが、一度喋り始めると地の人の良さと明るさがでてしまい、全くもって残念な兄さんになるのだ。


 最初の自己紹介動画では『しゃべるなわからなくなる』『あれ?こんなだった?』『おっと?』といったコメントが大量に流れていた。


 新衣装お披露目動画ではかっちりとしたフォーマルな服装になり、『これが俺たちが予想してた夜長』『しゃべるな戻る』と言われていた。


 (相変わらず顔がいいんだよな〜、腹立つ

  声もいいんだよな、喋るな死ぬ、こっちが)


 彼女の推しに対する感情はだいぶ歪んでいると思う。


 無論わかりきっていることだが、これらはあくまで設定だ。

 本当に本人がそのままなわけがない。だからこそあくまで、アイドル。偶像だ。


 だから彼女は3次元が嫌いだ。

 どこまで追いかけようとも情報に限りがなく、決して知ることができない。人間は成長するからだ。それどころか知れば知るほど嫌いになるところが増えていく。

 アイスについてもそうだが、好きなやつが好きと言ったものを自分が同じく好きになれるなんてそんなわけはないのだ。


 これが2次元なら心置きなく恋のような感情を抱けただろうに。

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