17.アンジェリカ即位
青龍がメテオストライクを打って、辺境伯軍の攻撃で王軍が壊滅したのち、俺は辺境伯軍と共に、王城の制圧に乗り出していた。
アンジェ王女と桜はともに、「ちょっとやることがありますので」と言って制圧戦に参加せず別の場所に行っていた。この後に及んで何をするのかとちと不安だが、まぁ悪いことにはなるまいというある種の確信があった。
アンジェ王女は割と賢い人だしな、変なことはしないという信頼もある。
ま、それはともかく今は王城制圧のことだ。とは言っても、特に俺がやるようなことはない。抵抗する勢力は全て辺境伯軍が処理しているので、俺はただ付き添っているだけだ。
それだと俺たちいる意味あるのか? って感じだが、まぁ大魔法を使える俺たちを抑止力として使いたいという思惑があるのかもしれない。そこらへんの思惑は俺の預かり知るところではない。存分に利用したければ利用しろって感じだ。どうせ、もうすぐいなくなるんだしな。
そんな風に色々考えながら王城を進むと、何人かの兵士を切り捨てた後、玉座の間、かな? それと思しき場所へと辿りついた。
すると、そこには黒い甲冑に身を包んだ厳しい風貌のおっさんがいた。
「レイモンドか……」
軍を率いていたニコラ辺境伯が、ぽつりと名前を呼んだ。
「久しいですな、ニコラ辺境伯殿。前王陛下の即位式以来ですかな」
「……デニス殿下はどうした」
ニコラ辺境伯がそういうと、レイモンドはやれやれといったように首を振る。
「デニス陛下はお逃げになりました。おそらくはどこぞの侯爵家を頼り、落ちのびるつもりでしょう。私はここでその時間稼ぎを頼まれました」
「逃げた。逃げたか。それだけで王の資格を失おうというのに」
「生きていればこその目もある、とも思いますが?」
「平行線だ。これ以上の問答に意味はない」
「ですな。では──」
そう言ってレイモンドは剣を抜き放ち──、
カランカラン
床に投げ捨てた。どういうつもりだこのおっさん?
「どういうつもりだ?」
俺の代わりに疑問を呈してくれる辺境伯。うん、俺も聞きたいけどこの場で発言できるような状況じゃないしな。黙って置物になっておきます。
「この状況で、死兵になれるほど私は愚かではないのですよ。それに乱の後を考えるとここで大人しく降っていた方が貴公たちも楽でしょう?」
「……軍務卿には戻れんぞ」
「そこまで厚顔にはなれませんよ。まぁ、最悪部下たちは許してやって欲しいですな。私の首一つで済むなら如何様にも。しかし、軍の機構を維持するためにもそれは悪手だと思いますがな」
そう言って、不敵な笑みを浮かべるレイモンド。
なるほど、俺はこの国の背景とか知らないが、話されてる内容から考えると、どうやらこのおっさんは相当深く軍部に食い込んでいるらしい。このおっさんを殺してしまえば、軍が崩壊してしまうレベルに。おっさんはそれを分かってて、部下共々の助命交渉をしていると言った感じか。
「とりあえず、お前は地下牢に閉じ込める。沙汰はアンジェリカ陛下が下されるだろう」
「慈悲ある沙汰をお願いしますよ」
そう言って、レイモンドは大人しく拘束されていった。残ったのは、無人の玉座と辺境伯軍だけだ。
「しかし、デニス殿下には逃げられたか。今から追っても間に合うまい。いや、王都は奪還し、レイモンドは拘束した。後は諸侯と連携して追い詰めれば如何様にもできる、か」
「その必要はありませんよ、ニコラ」
辺境伯がひとりごちるとその後ろからアンジェの声がかかる。
「これは、アンジェリカ殿下、いえ陛下。ご無事のようで何よりです」
ニコラ辺境伯は振り返ると臣下の礼をとる。アンジェ王女の後ろにはさらに桜がいて、人を一人担いでいた。誰だ?
「デニス兄上はこの通り捕らえました。追跡をする必要はありません」
「なんと……、陛下が別行動したのはこの為でしたか。しかし、このような危険なことはもうやめていただきたい。あらかじめ言っていただければこちらからも兵をよこしたものを……」
「ことは王族の秘に当たることでしたからね。ニコラを信頼していないわけではありませんが、秘密を知るものは少ない方がいい。ゆえに危険でも少人数で行動せざるを得ませんでした」
「なるほど、分かりました。しかし……」
そう言って、ニコラ辺境伯は桜の方を見やる。まぁ、辺境伯軍の兵士より身元不明の少女を信頼したみたいになってるからな。辺境伯としては一言物言いしたい感じだろう。
「サクラ様はいいのですよ。もうすぐこの世界を去るのですから、秘密を知られたところで痛くも痒くもありません。そういう意味で非常に都合が良かったのですよ」
「この世界? 何をおっしゃっているのですか、陛下?」
「まぁ、それに関してはそういうものと納得なさい。それよりも──」
アンジェ王女はそこで言葉を区切ると、コツコツと玉座へと向かい、威厳ある態度でそこに腰掛ける。
「今現在をもって、私、アンジェリカ・ノールズ・ウィンダミアはウィンダミア王国第45代国王として即位いたします。つきましては、最初の施策としてクーデターにより先代国王を弑逆したデニスの処刑をいたします。処刑執行人の選定はニコラ辺境伯あなたにお任せします」
「では、僭越ながらこの私が自ら」
ニコラ辺境伯がそう答えると、桜がデニスの体を肩から降ろす。そこで喝を入れられ、目が覚めるデニス。
「はっ……。ここは?」
「お目覚めですか、兄上」
「アンジェ、貴様! あぐっ!」
アンジェに掴み掛かろうとして足が光輪で縛られているため、もんどりうって転がるデニス。これ、バインドの魔法か? 桜かアンジェ王女のどっちかの仕業か。
「これから兄上を処刑いたします。本当は公開処刑が一番いいのですが、生憎そこまでしている暇はありません。この場で処刑いたします。見届け人はこの玉座の間にいる全員です」
「処刑? 処刑だと!? 貴様、私が温情をかけてわざわざ自裁という方法をとらせてやった恩を忘れたか!」
こいつ何言ってんだ。そんなの恩でもなんでもないだろう。
「そんなのが恩になるとお思いですか? どうやら兄上は錯乱しておられる模様。すぐさま引導を渡してやるのが良さそうですね。ニコラ」
「はっ」
「や、やめっ……」
デニスが言葉を発したのはそこまでだった。そこまで言い終わった次にはデニスは物言わぬ首無し死体へと変貌していた。玉座の間にはコロコロとデニスの生首が転がる。
「これで名実ともに私が王です。皆のもの大義であった。後は王城内の残党を速やかに掃除せよ」
「ははっ!」
いうが早いが、何人かの兵士たちが王宮内に散っていった。残ったのは数名の兵士と辺境伯、それと俺たちだけだ。
「ハヤトさん、サクラ様。ありがとうございます。あなたたちのおかげで私は死の運命から逃れることが出来ました。感謝を」
「感謝なら、勇人の方にしてよ。あたしはほとんどただの付き添いみたいなもんだったし。感謝される謂れはないわよ」
「あら? ハヤトさんが私を助けたのはサクラ様の為なのでしょう? でしたら、あなたにも感謝してもおかしくないのでは?」
「い、いやまぁそうなるのかも知れないけどさ。結局あたしは何もできなかったし……」
そう言って顔を赤くする桜。
「そんなことありませんよ。あなたは私をとても助けてくれました。今回のことじゃありませんよ? 私と共に冒険者として活動してくれたこと、私は忘れてませんよ。いつも私を守ってくださいましたよね?」
「あーうん。それに関してはうん」
それは俺がいない間の話だな。軽く聞いただけだが、アンジェ王女はDランク、桜はCランクに上がったって話だから結構な数の冒険をしてきたんだろうな。俺の知らない間に二人で友情を育んでたようで何よりだ。
「ですので、本当に感謝しているのですよ。本当はそれに見合った褒賞を与えたいのですが、それは不要なのでしょう?」
「当たり前よ。報酬が欲しくて助けたんじゃないわ。アンジェがアンジェだから助けたのよ。みくびらないでもらいたいわね」
「ええ、分かっていますよ」
そう言って互いに微笑み合う二人。うーん、友情って感じだな。
「あぁ、ハヤトさんはどうです? 褒賞、いります?」
そう言って今度は俺の方に話を振ってくる。
「くれるってんならもらうが、金とかだったら、正直もらったところで使い道がないんで辞退したいところだな」
「そうですか、では何か適当な物品を見繕っておきますね」
と、俺には何か物をくれるらしい。正直その物もいらないのだが、最大戦功者の俺が何も受け取らないと、他の活躍した人が何も受け取れなくなってしまうので、俺は受け取らざるを得ない。ここら辺の政治力学は面倒だよな。
そして、しばらくして城内のクーデター勢力は完全に一掃され、王城に静謐が訪れた。




