16.前島桜の独白
side 桜
「じゃ、これを運びましょう。多分あたしでも持てるはずだし」
あたしの腹パンで気絶したデニスを持ち上げる。うっ、ちょっと重い。
でも、ちょっと重いで済むあたり勇者の身体能力はバケモンよね。召喚される前のあたしだったら成人男性一人持ち上げるとか絶対無理だし。
「お願いしますね、サクラ様。そして、ありがとうございます」
「別に……、ここらであたしも少しは役に立っておかないと示しがつかないし。まぁ、それが汚れ仕事ってのはちょっと思うところあるけど」
「あなたには嫌な仕事を押し付けてしまいましたね。これも私の不徳の致すところです」
そういって再び謝罪してくるアンジェ。その態度自体は好感が持てるんだけど、
「だからいいって。そりゃ殺人嗜好者じゃないから、人殺しは気分良くないわよ。でも、だからといって何もせずには終わりたくなかったからこれでいいのよ。それに、アイツにこれをやらせるわけにはいかなかったし……」
そういって思い浮かべるのは勇人の顔だ。
思えばアイツとは色々あった。最初はいきなりガロの門で言葉が通じなくなった時に横合いから声をかけられた時だ。あの時は正直アイツよりも青龍さんの方に目が行ってたっけ。めちゃくちゃ美人だったからなぁ、なんであんなやつと一緒にいるのかって思ったし。
そうそう、転移者って聞いて青龍さんのこと奴隷だと勘違いしたこともあったっけ。本人に滅茶苦茶怒られたけど。あ、そういえばあの時からか、青龍さんが勇人への好意隠してなかったのは。ぶっちゃけテンパってたせいか思い出すまで忘れてたわ。
それでパーティー組んで初めてのゴブリン退治で、あぁそうだ、あの時首無しゴブリンの死体見て吐いちゃったんだっけ。いやはや、あのあたしがこうなるとはねぇ。未来は分からないもんだよ。そこで、アンジェとも出会ったんだっけ。思い返すとあの時のアイツは……魔法打ってただけで別段かっこよくなかったわね、うん。今見ると感想変わるかもだけど。
で、戻ったら戻ったでモンスターのスタンピードか。これもアイツがあっさり片付けてくれたのよねー。そういえば、アイツは気づいていなかったっぽかったけど、アンナリーナさんとかノーマンさんがアイツを見る目ががらりと変わったのよね、恐怖の目に。まぁ、気持ちは分かるけどね。あんな大魔法使われて同じ態度で接するなんて難しいし。あ、でもあたしは別に怖くはなかったわね。なんのかんので同じ日本人だし、そんな非道ができるような人間には見えなかったし。
その後は──あの襲撃ね。ノーマンさんが死んだあの襲撃。とはいってもあの時は割と無我夢中で何があったかロクに覚えちゃいないんだけど。あたしもよく見てなかったんだけど、多分あの時がアイツの初めての殺人だったと思う。いきなりの人の死と自分の人殺しの気持ちとが入り混じって消化しきれなかったんでしょうね、山賊全部退治した後はアイツは気絶しちゃって。あの時は軟弱なって思ったけど今ならその気持ち痛いほど分かるわ。
で、目覚めるなりアレよ。地球に帰るとか言い出して。あの時のあたしは今思うとちょっと黒歴史だわ。まぁ、ちゃんと迎えにきてくれたからこそ黒歴史になる訳なんだけど、ちょっと恥ずかしいところを見せちゃったわよね。いやでも、本当迎えにきてくれて良かったわ。この世界で骨を埋めるとか絶対ごめんだし。
あーでも、もうアンジェを助けるのも終わったしようやく帰れるのか、地球に。そういえば、アイツ確か結構遠くに住んでたわよね。あー、遠距離はちょっとヤダな。初デートはどこがいいかな? それともアイツに決めてもらう方がいいかな? っていかんいかん。未来のこと今から考えるのは死亡フラグになる。せっかくいい感じになれてるのに、こんなところで死ぬのはごめんだ。
「では、ハヤトさんたちと合流いたしましょうか。兄上は落とさないようにお願いしますね」
「はいはーい、了解でーす」
返事をしながら、デニスを担ぎ直す。
さて、今頃アイツは辺境伯軍と一緒に王城を制圧してる頃か。まぁ、王軍は壊滅状態だしこっちと違ってアイツが直接手を下すようなことはないだろうけどちょっと心配だ。
なんせ、人殺しに関してはあたしの方が先輩だし! ……自分で言ってて悲しくなってきたわね。あたし地球で平穏にやっていけるかしら?
まぁ、向こうはほぼチェック状態だ。こちらが心配するようなことは何もないだろう。
とりあえずこれにてあたしの戦いは終了。後はエピローグを待つだけだ。




