15.逃亡者
side デニス
「はぁっ、はぁっ、はぁ!」
荒く息をつきながらひたすら通路を走る。
くそっ、くそっ、くそっ! 何なのだあれは。星が落ちてくるなど冗談ではない! アンジェめ一体どこであんな術師を手に入れたと言うのか! ふざけるなよ! こんなとこで終わるわけにはいかないのだ! 何としても生き抜いて再起せねば。
幸いにして、私の支持者はまだ存在している。そのなかでもジュドー侯爵が一番の最大手か。ともかく、ここを何としても脱出してジュドー侯爵領まで逃げ延びる! 王座ぐらいはやつに一旦くれてやる。だが、最後に勝つのは私なのだ!
「陛下。出口が見えました。後少しです!」
一緒についてきた従者がそういうと、前方の方に光が見える。よし、ここを出れば──、
「どこにいかれるのですか、兄上」
「なぁっ!?」
出口を出た瞬間待ち構えていたのは、アンジェだった。傍には一人女がいるが誰だ? こいつの従者ではないはずだ。いや、そんな些細なことよりも。
「何故ここが!?」
「随分と間抜けなことをおっしゃるのですね。ここは王族専用の隠し通路。私が知らないとでも思っているのですか? 兄上ならきっとここを通るだろうと思って待ち伏せをしていたのです」
くっ、アンジェもここを知っていたか。だが──、
「待ち伏せ? 待ち伏せだと!? そんな二人きりでか? そちらは二人に対してこちらは五人だ。数の差は歴然──」
「いいことを教えてあげましょう兄上。こちらにおられる方はフォルレイド王国が召喚した勇者、マエジマサクラ様です」
「どうも、ご紹介に預かりました、前島桜です。デニス陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
と全く敬っていない態度でそう挨拶する女。
「なっ! 勇者!? 勇者だと!?」
勇者。異界より召喚され、神よりの恩寵であるギフトを授かりし決戦兵器。それが勇者だ。
「ふ、ふはははは! 一瞬驚いたが何てことはない。私は知っているぞ、勇者は大抵は人も殺せない甘ちゃんだとな。そんなものを連れてきて私をどうにかできると──」
「人殺しってさ、とっても辛いんだよね。私も童貞卒業した日はそりゃもうゲーゲー吐いたわ。やる前は気絶した勇人のこと情けないって思ってたけど、自分がなるとそりゃもう全然気分が違うわね」
「なんの話をしている……」
目の前の勇者は突然独白のようなものを始めた。
「でもさ、人殺しってさ。慣れるのよ。最初の殺人は盗賊が相手だった。やらなきゃこっちがヤられる。そんな状況でとっさに手がでちゃったのよね。戦闘終わったらそりゃもう嘔吐よ。次の殺人は同業者だったかな? 素行が悪くて悪行を重ねてた奴だったから、一回目と同じ感じでやれたけどそれでも気分は悪かったわ。その次はまた山賊。この頃になるとちょっと気分悪いかなってレベルだった。4回目は……、いやもういいか。ともかく今の私は殺人を躊躇するような生やさしい精神はしてないってことよ」
勇者はそういうと剣を構える。それを見て私の護衛たちも剣を構え、私の壁になる。
「こ、殺せ! 勇者だか何だか知らんが、この人数に勝てると──」
瞬間、護衛の一人の首が飛んだ。
「は?」
「人数が、何だって……?」
勇者は完全に目が据わった表情でこちらを冷淡に見つめていた。
「悪いけど手加減して上げられないの。あ、陛下だけは殺すなって言われてるから殺さないで上げるけど、護衛の人たちは御愁傷様。まぁ、この人についたのを後悔しながら死んでいってね」
ゆらり、と勇者の剣が揺れる。そして、剣がブレる度に、護衛の首が、足が、腕が飛んでいく。
なんだ……、何なのだこれは!? これが決戦兵器たる勇者の力なのか!?
「はい、終わり。これであたしも少しは役に立てたかな……? あーやっぱ気分悪い。悪人じゃないと、気分悪くなるもんなのね」
そして、気づけばこの場に立っているのはアンジェと勇者、私だけになってしまっていた。
「ば、馬鹿な……」
「これまでです兄上。お覚悟を」
「アンジェ……貴様そこまでして王位が欲しいか!」
「その言葉そっくりそのままお返しします。私は最初から王位などどうでも良かった。兄上の補佐なり、他家に降嫁するなりの待遇で良かったのです。兄上が野心を剥き出しにしなければ私もあなたの妹のままでいることが出来たのです。馬鹿なことをしましたね」
「『ライトバインド』」
「がっ……」
勇者の使う魔法によって、私は光の輪で拘束された。
「おごっ!」
そして、同時に腹に強烈な一撃を喰らい、私の意識は暗転した。




