閑話 地球の魔法について
今回は設定解説回なので、読み飛ばしていただいても本編の進行には支障はありません。
「さて、じゃあ時間もできたところで、講義の時間と行こうか」
辺境伯が兵を取りまとめている間、客間に通された俺たちだが、入るなりいきなり白虎がそう切り出してきた。
「講義? それって魔法についてってやつか?」
「そ、教科書なんて上等なものはないけど、早速講義していこうか。しっかり頭に叩き込んでよ」
白虎はそういうと俺を椅子に座らせ、自身は立って講義を始めた。
「まず、魔法とは何か、からだけど。簡単に言えば魔力を消費して超常の現象を起こすのが魔法さ。大気中にあるマナを燃料とし、生物の体内にあるオドを着火剤として行使する技術さ。
で、魔法というのはその発動の仕方や性質によって5種類に分類される。古代魔法、精霊魔法、信仰魔法、汎用魔法、固有魔法の5つだ。
古代魔法はご主人はメインで使ってるからよく知ってるよね。発動体を媒介とし、詠唱、魔法陣などを用いて超常の現象を起こす魔法。それが古代魔法だ。なんで、古代魔法かっていうのは私も知らない。私が習得した時からすでに古代魔法って名前だったしね。できた時からその名前だったのかもしれないね」
そこで白虎は言葉を一区切りし、さらに続ける。
「次、精霊魔法。精霊を媒介とし自然の延長である現象を起こす魔法だ。風を吹かしたり火を発射したり。古代魔法が0から1を作り出す魔法だとしたら、精霊魔法は1を2や10に増幅する魔法って考えるといい。その特徴上、精霊力の働かない場所では魔法を発動することができない。そして、発動には精霊視と呼ばれる先天的な技能が必要になる。精霊を感じる感覚だね。これがなければ精霊魔法は使えない」
精霊視か、なるほど青龍が俺に精霊魔法を教えなかったのはそのせいか。先天的技能ならできないと思ってもしょうがない。だが、アドミンの言が正しければ俺は先天的な技能ですら習得できるはずだ。だが、習得条件がわからんな。どうやったら先天技能を習得できるのか。そこら辺は要調査だな。
「精霊視は後天的に身につけることは出来ないのか?」
「出来ない。──と言いたいところだが、実は方法があるんじゃないかとは言われてるね」
「それは?」
「精霊術師の家系が今まで絶えることなく続いているのがその状況証拠さ。血筋で受け継がれるわけでもない、純粋な先天的な技能である精霊視だ。そんなの普通で考えたらどっかで家系が途絶えるのが普通だ。だが、精霊術師たちは現代においてその命脈を保っている。だから、精霊術師たちは後天的に精霊視を身につける方法を持っていると思われている。思われているんだが、こいつら秘匿主義がすごくてね。全然情報を公開しようとしないんだよ。だから、公式の見解は精霊視を後天的に身につけることはできない、だ」
そう言って、困ったように頭をかく白虎。こいつでも知らないことあるんだな。講義とか言ってるし、永く生きてるから何でも知ってるかと思ったんだが。
「ま、続けていこう。次は信仰魔法。信仰を媒介に、いわゆる奇跡と称されるような超常の現象を起こす魔法だ。使える内容は一般的に想像される白魔法とか僧侶の使う奇跡とか、そんな感じの内容さ。性質的に攻撃系は極端に少ない。治療系がメインだね。だが、この魔法系統は現在遺失していて誰も使うことができないようになっている。
なぜか。それはこの魔法が世界に浸透する信仰の力によって発動する魔法だからだ。大昔の精霊信仰から始まり、世界的宗教の台頭、それによって世界は大いなる信仰の力を得た。それらの信仰のエネルギーを元に、信仰魔法は奇跡を体現してきた。翻って今の世はどうか。もちろん世界の信仰が消えたわけじゃない。だが、かつての信仰のエネルギーと比しても今の信仰のエネルギーは限りなく弱い。科学全盛のこの時代、かつてのような奇跡を行使することはすでに不可能になっているのさ。だが、信仰魔法のメカニズムが消えたわけじゃない。例えば新興宗教の教祖が自らへの信仰エネルギーを手に入れることが出来れば──、そうだね怪我を癒す奇跡ぐらいは使えるんじゃないかな? だが、できてその程度だ。信仰魔法はもう使えないと言っていいね。だから、治療系統をどうにか会得するには別の方法に頼らざるを得ない」
「別の方法って?」
俺はそう尋ねるが、白虎はニヤリと笑うだけで答えようとはしなかった。
「さて、次だ。次は汎用魔法。汎用って名前がついてるように、前の3種に該当しない、いわゆるそれ以外の魔力を使う超常の現象が一纏めにされた魔法系統さ。特徴として、他の3種がある程度自動でやってくれる魔力のコントロールを手動で行う必要があるので、他の3種に比べて習得難易度は高いね。内容は多岐にわたって、錬金術や、付与術、召喚術なんかがこれに当たる。あと、魔術ね。これはちょっと特殊なので後述するよ。基本的に○○術って言われたら汎用魔法と思っていい」
白虎はそこまで言い切ると、チラと青龍の方を見る。
なんだ? なんか、青龍が関係してるのか?
「で、最後。固有魔法。これはちょいと特殊で人間には使えない魔法系統だ。呼んで名の通り、各個人に固有の特殊な魔法のことを指す。私の場合は錬成魔法と呼ばれる魔法を使える。肉体を媒介とし、触れたものの性質、材質、魔力性質などを変化させる魔法さ。あの女郎蜘蛛の呪殺とやらを無効化したのはこの錬成魔法だ。魔力の性質を変化させ、空気中に霧散させたんだ。
ただ、この魔法の欠点として対象に触れていなければ効果をなさないという点がある。まぁ、だから私は格闘技を極めてるんだけどね。相手に素手で触れに行くために」
白虎が格闘技やってるのってそんな理由があるのか。てっきり素手が好きなだけかと思ってた。
「で、青龍の方は結界魔法と呼ばれる、固有魔法が使え──」
「そこから先は私が解説いたします」
白虎が言いかけると、すかさず青龍が横から口を挟んでくる。
「私の固有魔法は結界魔法。楔を媒介とし、結界の要となるものを設置し、その要同士を繋いだ空間に任意の効果を及ぼす魔法です。結界の要となるものは何でもいいのですが、私は常に楔を持ち歩いています。性質上、3つ以上の点が必要になることと、下準備が必ず必要となるのであまり使い勝手がいいとは言えない魔法ですね」
「よく言うよ。要になるものさえあれば何でもいい上に、ほぼ何でもできる万能魔法じゃないか」
「何でもできるのは貴方もでしょう? まぁ、そちらは触れなければいけないという制約がありますが。お互い様でしょう」
「ま、そうかもね」
そう言って肩をすくめる白虎。何だろう。隣の芝生は青いってやつなのかな?
「じゃ、固有魔法の解説は終わったところで、後回しにしていた魔術の解説に入ろうか。これは、魔法で実現していた超常の現象を魔法のメカニズムに頼ることなく実現しようという試みで作られた比較的新しい手法だ。私がメインで使ってる魔法系統でもある。詠唱や魔法陣を使うのは魔法と変わらないが、発動体はいらないし、精霊視も、信仰の力もいらない」
発動体がいらないのか。それは便利そうだ。前みたいに精神世界に連れて行かれても魔術なら発動できるようになるかもしれん。
「発動に必要なのは魔力と魔術式。その二つが揃うことで理論上は無詠唱も可能となる。魔術式とはいわゆる魔術の設計図だ。それを構成し、それに魔力を通すことで発動が可能となる。で、この魔術式だが多彩なカスタマイズが可能なのが最大の特徴だ。魔術師本人にとって最適な魔術式は魔術師ごとに異なるし、同じ効果の魔術でも、全く違う魔術式であるということもある。ゆえに、魔術式は魔術師にとっては秘匿すべき情報で、教えてもらおうなんて考えない方がいいよ」
白虎はそう言ってにっこりとこちらに微笑むと話を続ける。
「魔術式は例えるなら、数学の計算式に似ている。計算式に無理やり例えるなら、例えば私が女郎蜘蛛の巣を焼いたファイアーの魔法。あれは演算子1つ、解が2の条件で計算式を作れと言ったものになるという感じだね。この条件に当てはまる式はいくらでもあるね? もっとも単純な1+1=2でもいいし、1×2=2でもいい。それこそ計算式は無数にある。この無数にある中で魔術師は個性を出したり自分に最適な魔術式を作り出すわけだ。
魔術式の組み立てに関しては基本的には詠唱や魔法陣で行われるが、正しく組み立てられるなら身振りや手振り、はたまた脳内で組み立てるとかも可能なんで、さっき言ったように無詠唱も十分可能な技術だ。
だが、魔術にも欠点がある。それは他人から教えてもらうことができないという点だね」
「ん、どういうことだ?」
他人に教えてもらうことができないとはどういうことだろうか? それだった開祖以外は魔術を使えないことになるが。
「まぁ、理論を教えることは出来るんだよ。魔術式の構成に関してとかね。でも、魔術式そのものを教えることはできない。秘匿情報というのもあるけど、詠唱をそのまま丸ママ覚えれば発動できる古代魔法と違って、他人の魔術式を使っても十全に魔術が発動するとは限らない。基本一人一個対応だからね。だから、魔術を使うには魔術師本人が魔術式を独自に編み出し使用しなければならない。だから、魔術を使うには長い修練が必要となってしまう。それが欠点だ」
「なるほど」
その理論だと、俺が習得するのは難しそうな魔法系統だな。俺のやることは他人のコピーだからな。他人のをコピーしても発動が難しいとなると、俺が魔術を習得するのは諦めた方がいいかもしれん。
「ま、もっと講義したいことはあるけど、今回はこんなところかな?」
白虎がそう締めくくると共に、コンコンと扉をノックされる音が聞こえる。
どうぞ、と促すとアンナリーナさんが中に入ってきた。
「ハヤト様、辺境伯様の準備が出来たそうです。外壁の外にお越しくださいとのことです」
「分かった。じゃあ、行くぞお前ら」
「オッケー!」
白虎が元気よく返事すると共に走り出す。元気だなー。




