8.ニコラ辺境伯
「うむ、確かに辺境伯領に相違ないな。勇者殿はまこと不思議なお方だな。その一端を我が国のために使っていただければ……、っと我が国のためではないのでしたな。では、やつの屋敷の方に参るとしましょうか」
ゲートをくぐると、テオ宰相が待ち構えており、無駄にポージングなど取っていたりした。暑苦しい。
「本当に、辺境伯領ですわ。あの短時間でどうやって……」
アンジェ王女もゲートから出てくる。全員が出てきたところでゲートを閉じると、ここからでも見える大きな屋敷に向かって歩き出す。
「ところで、宰相殿。訪問は歩きでいいのかい? こういう場合は先ぶれを出したり、ちゃんとした馬車で訪問するのが礼儀だろうに」
歩き出してすぐに、白虎がそう疑問を投げかける。そうか、貴族ってそういう面倒なところがあるんだな。
「それはその通りだが、なにぶん緊急事態ゆえな。それに奴なら、このような形の訪問でもなんとかなろう」
そう言ってガハハと笑うテオ宰相。こういうところは脳筋っぽいんだよなぁ。
まぁ、街中を歩いてさしたるイベントがあるわけでもなく、問題なく辺境伯の屋敷へと辿り着く俺たち一向。
「ニコラの奴は在宅かな?」
開口一番そう切り出すテオ宰相。おいおい、いきなりそれで大丈夫か? 門番が思い切り不審の目で見てるんだが。
「む、なんだ貴様は? ここが辺境伯様のお屋敷と知ってのことか」
「おう、職務ご苦労。私はテオ・ガストーネ、ウィンダミア王国宰相である。ニコラ・ヴィットーリオ辺境伯はご在宅かな?」
「宰相だと!? そんなのが来るという報告は受けていないぞ! 貴様宰相殿の名を騙って何が目的だ!」
おいおい、信じられてないじゃないか。やっぱりちゃんと先ぶれとか出したほうが良かったんじゃないのか? 大丈夫か本当に。
「おおう。やはり信じられないか。なら、ニコラのやつに伝えてくれないか。私の名前と、『賭けの借り』と『ラブレター』とな。それで無理なようなら大人しく帰るさ」
「そんなものを伝える必要がどこに──」
「おいまて、暗号っぽいこと言ってるぞ。本物だったらどうするつもりだ」
「だが!」
「とりあえず俺が伝えてくる。お前はここで待ってろ」
そう言って、門番の一人が屋敷内へと入っていく。その間、もう一人の門番は親の仇でも見るかのようにこちらを睨みつけてくる。
武器を向けてないだけマシというレベルの敵意の向けようである。
どうも座りが悪い感じがするが、宰相はどこ吹く風といった感じだ。何度でもいう、こいつ本当に宰相か? 色々と肝座りすぎだろ。
しばらくすると、門番の一人が戻ってきた。
「辺境伯様がお会いになるそうだ。入れ」
その言葉とともに門扉が開かれる。宰相は最初からこれを見越して来たってことか。地味にアンジェ王女が横でホッとした雰囲気を出していたのを俺は見逃さなかった。
さて、辺境伯と会談か。
※ ※ ※ ※
門兵の案内で、応接間まで通された俺たちだが、冷静に考えて俺ここにくる必要あったのかな? アンジェ王女とテオ宰相だけで良かったのでは? 前島さんなんて特に空気ですごい居た堪れない感出してるぞ。まぁ、来るなとは言われなかったから来たわけだが。青龍と白虎はそれはもう堂々としたものだ。一応ここに来るまでに宰相に簡単に自己紹介をしてるが、従者ですぐらいの紹介しかしてない。従者が主人より堂々してるというのはいかがなものか。
そうやって待っていると、応接間のドアが開き、ロマンスグレーの壮年の男性が入ってくる。入ってきてテオ宰相の顔を見るなり思いっきり顔を顰める。
「よもやと思ったが、本当にお前とはな。なぜ先ぶれも出さずに訪問した。それにこの御仁たちは何も……、で、殿下!? なぜ我が領に!? 言ってくださればお迎えに上がったものを!」
しかめた顔のまま、あたりを見渡しアンジェ王女に気づくと床に膝を付き臣下の礼をとる。
「良いのです、ニコラ。顔をあげなさい。此度は火急の件につき先ぶれを出すこともできませんでした。許してください」
「は、ははっ。して、火急の件とは? テオの奴が一緒にいることと何か関係が?」
「はい。王都にてデニス兄上がクーデターを起こしました。父上は弑逆され、私の一派の者どもや、母上は捕らえられ、私も自裁を迫られました」
「ク、クーデターですと!? それに国王陛下が崩御なされた!? い、一大ではございませんか! し、しかし殿下がここにおられるということは王妃様はすでに……」
「いえ、それは大丈夫です。母上も私の一派の者どもも全員無事です。ハヤトさんの力により、今は異界に匿っていただいております」
「い、異界? 殿下このような状況で冗談は……」
「冗談ではないぞ、ニコラ。私もその異界には足を踏み入れたが、あれはまさしく異界であった。マナの流れ、大気の様子。生息する動植物たち。何を取ってもこの世界とは違っていた。自然あふれる美しい場所ではあったが、見る者が見れば一目で異界とわかる場所だ」
「……お前がそういうのならばそうなのだろうが、俄には信じられぬ」
「ならば、お前も後で来るといい。すぐに理解出来るさ」
「それもいいが、まずは今目の前のことを片付ける方が先決である。王都から殿下たちがお逃げになったという事は分かった。それで殿下はこの老骨を頼り、何をなしたいのですかな?」
そう言って、ニコラ辺境伯の目がギラリと光る。老骨って年かね? まだギリギリ中年ってレベルだと思うんだが。まぁ、昔は今より平均寿命短いし、この中世世界観では十分老いてるのかもしれんが。
「デニス兄上を討ちます。ニコラ辺境伯にはそれに協力していただきたいのです」
アンジェ王女は毅然とした表情ではっきりとそう告げた。まぁ、そうなるよな。そうしなければ何のためにここまで来たって話だ。
「ふむ……それについては私も異論はございませんが、大義名分はどうされます? やはり順当に王陛下の弑逆が妥当かと存じますが」
「私もそれがいいと思う。さしあたって、軍を差し向けるわけだが、フォルレイド王国に対する守りはどうする? かの国は勇者召喚を成功させたと聞く。その勇者を旗頭に攻めてくることも──、いや勇者は脱走したのだったな。ならば当面は最低限の守りでいいことになる」
そう言って、テオ宰相は前島さんはチラリと横目で見る。勇者という単語で前島さんがビクっと反応するが、幸いニコラ辺境伯には気付かれていないようだ。
「勇者が脱走? そのような情報は私には入って来てないが……」
「確かな情報ですよ、ニコラ。なぜならここにいるサクラ様がその勇者様なのですから」
あ、それバラしちゃうのか。バラして大丈夫か? 前島さんがなんかに利用されない? もしそうなったらこっちにも考えがあるんだが。
「ど、どうも。ご紹介にあずかりました、勇者、前島桜です」
前島さんは一歩前に出てそう挨拶する。気持ちはわかるがそういう時は背筋を伸ばせ、前をシャキッと見ろ。オドオドしてたら舐められるぞ。
「貴殿がフォルレイド王国の召喚した勇者か……。いや、了解した。勇者が向こうにいないとなれば大規模な侵攻はないと言ってもいいだろう」
「では?」
アンジェ王女が最後に確認するように尋ねる。
「兵を起こしましょう。簒奪者であるデニス殿下を討ちます」




