4.王宮侵入
「「「『インビジブル』」」」
俺、青龍、白虎の三人で透明化の魔法をかける。するとみるみる間に姿がかき消え、周りの背景と同化する。
「消えた!?」
アンナリーナさんが驚くが、それに構わず言葉を続ける。
「じゃ、次はそっちだ。姿を消すぞ」
「待って。完全に姿が消えたら互いがわからなくなるんじゃないの?」
「それを解決する方法ならある。とりあえずかけるぞ、『インビジブル』」
前島さんが疑問を呈してくるが、構わず2人に透明化の魔法をかける。
「う、うわ。本当に消えてる」
「じゃ、続けて、『パーフェクトアイ』」
魔力、精霊、空気あらゆるものを可視化し、幻影、透明化を見破る魔法である。まぁ、全部を可視化すると視界がえらいことになってしまうので、今回は透明化の看破だけに効果をしぼっている。
「あ、あれ。見えるようになった」
「魔法の効果で見えるようになっただけだ。周りからは変わらず見えてない状態だ。試しに──」
俺はそこいく通行人の肩をポンポンと叩く。通行人はそれに振り向くが俺に気づいた様子はない。盛大に疑問符を浮かべながら通行人は何事もなかったかのように去っていった。
「本当に気づかれてない……」
「このような魔法があるとは……。犯罪などし放題では?」
「相手も同じ魔法使えたらできないだろ。ちゃんと対抗手段ぐらいあるさ」
まぁ、パーフェクトアイは第六位階だから、そもそも使える人がほぼ皆無だけどな!
「ご主人長々話してる場合じゃないよ。さっさと行かないと。効果時間もそんなに長いわけじゃないんだからね」
「そうだな、行くか」
行くと言ってもまず難関の塀越えがある。王宮の正面から他の人物と一緒に入るということも考えたが、王宮の門がいつ開くか分からないので、塀越えを敢行したわけだ。と言っても、魔力消費さえ考えなければ塀越えぐらいは実は訳ないので。
「『ハイジャンプ』」
「「『フライ』」」
俺は空を飛べないので、ジャンプの魔法。青龍と白虎は空中飛行の魔法で前島さんとアンナリーナさんを連れて飛行だ。
「よし楽勝だな」
「こ、こんな簡単に王宮に侵入できてしまうとは……。警備を考え直さなくてはいけないのでは?」
「いや、俺が特殊なだけだから。それはともかく内部の案内は任せたぞ、アンナリーナさん。ここからは会話も最小限だ」
「お任せください。まずは姫様の私室に参りましょう」
そう言って俺たちを先導するアンナリーナさん。それについて行く俺たち。
おっと、一応武器も出しておかないとな。と言っても出すのは陰陽剣だが。
(私たちを倉庫の肥やしにするとはいい度胸ね、勇人。ねぇ、私)
(全くだわ、常に装備しておきなさい。武器や防具は装備しないと意味がないのよ。ねぇ、私)
RPGの村人みたいなこと言うなコイツ。まぁ、ともあれ装備も万全。あとは王宮内を進むだけだ。
王宮内の内装は流石に豪華で、これぞRPGの王城って感じだった。王宮内もアンナリーナさんの案内のおかげで迷わず進むことができている。
途中何人か警備の人間とすれ違ったが、どれもこちらには全く気づくことなく通り過ぎていく。アンナリーナさんとか警備に出くわすたびに身を固くしていたが、そんな必要はないのになー。
そして、目標のアンジェ王女の私室へと辿り着いた。しかし、そばに控えているだろう衛兵は一人もいなかった。なんだこれ怠慢か? まぁこっちにとっては都合がいいが。
鍵は、かかってるか。
「『アンロック』」
開錠の魔法で扉の鍵を開ける。
「本当、犯罪し放題よね……地球で銀行強盗とかやってない?」
失敬な。ていうかそんなんしたら宗玄さんに思いっきり詰められるわ。魔導協会もせっかく入ったのにすぐ破門になるぞ。て言うか、無意味に喋るんじゃない。周りに誰もいないからいいものを。
鍵を開けてそっと扉を開く。すると中にはアンジェ王女がテーブルに座ってそこにいた。テーブルの上にはワインの瓶とグラスがあり、グラスにはワインがなみなみと注がれていた。そして、アンジェ皇女はワイングラスを手に取り──、
「いけません、姫様!」
アンナリーナさんが大声を出してしまった。
おいコラァ!ステルスミッション中だぞ!
何もないところからのいきなりの大声にびっくりしたのかアンジェ王女はワイングラスを落としてしまう。分厚いカーペットの上に落ちたのでグラスが割れることはなかったが、中身が溢れ上等なカーペットがワインを吸う。
「今の声はアンナ……? いえ、そんなはずはないですよね。死に瀕して幻聴まで聞こえてしまったようですね……」
「いや、幻聴じゃないぞ。『パーフェクトアイ』」
面倒なので、アンジェ王女にもパーフェクトアイをかける。すると、アンジェ王女の目が驚愕に開かれる。
「ハヤトさん!? それにサクラ様に、アンナも」
「しっ、静かにしろ。他の奴らには見えないようにしてるが騒がれると面倒だ」
「勇人様。先程の大声に気づかれた様子はありません。大丈夫でしょう」
青龍はドアの外に出て周りを伺うとそう声をかけてきた。青龍がそう言ってくれるなら安心だな。コイツの気配感知から逃れられた奴は──、いたな。あの謎山賊集団。あれも多分第一王子の手のものだろう。そう考えると青龍の気配感知も今回に限ってはあまり信用してはいけないかもしれない。
「ハヤトさんはなぜここに? 故郷に帰ったのではなかったのですか?」
「ちょっと心残りがあったんでな、戻ってきた。あぁ、心配するな。故郷に帰るのはいつでもできる。だから、その前にやり残したことを片付けようと思ってな」
「そう……ですか。お気持ちはありがたいですが、そのお気持ちも無駄になってしまうかと思うと申し訳なく思います」
「何があったんだ?」
「クーデターです。私の留守中を狙い、デニス兄上が父上を謀殺。私の母上を監禁し、私に自死を迫ってきました」
「なっ!?」
アンジェ王女の言葉にアンナリーナさんが驚愕する。
自死ってことは、ひょっとしてさっき飲もうとしてたワインって毒入り? アンナリーナさんはナイスインターセプトだったと言うわけか。
古代魔法じゃ毒は治療できないからな。
「それは穏やかじゃないな。て言うか、なんで大人しく飲むんだ? 抵抗はしないのか?」
「……私の派閥のものや、母上を人質に取られています。私が大人しく自裁すれば彼らには手を出さないとも」
「そんなの嘘に決まってるわよ! クーデターなんて起こした時点で自分と違う勢力の人間なんて皆殺しするに決まってるんだから!」
前島さんも憤慨する。まぁ、それには俺も同意だ。しかし、面倒なことになったな。
「ここから逆転するには、そのデニス王子。いや、デニス王か。そいつをどうにかしないといけないってことか」
そう言って俺は天を仰ぐ。難しいな、トップであるデニス王を殺せばうまく行くかもしれんが、俺的には特に悪いことしてない相手を殺すのはいただけない。それに暴力に暴力で排除し返すのもなんか違う気がする。ましてや俺は真正赤の他人だ。これがアンジェ王女が独自で反抗するならまだ色々と大義名分もつくのだが。
「一つ聞くんだけどさ。王女様の派閥の人ってどんな人たちがいるのさ。軍閥系? 法衣貴族系? それとも地方領主たち?」
俺が悩んでると白虎が横から口を出してくる。
「その分類ですと、法衣貴族系にあたりますね。軍閥はデニス兄上が押さえておりますので」
「……まぁ、クーデターなんてするぐらいだからそうなるよね。ごめんバカなこと聞いたわ」
「ただ、地方領主の中でも私の味方をしてくれている人はいます。ニコラ辺境伯などがそうですね」
「辺境伯! そりゃまた強いどころが味方になってくれてるんじゃん。でも、辺境伯の軍を率いるとなると王都は遠い、か」
白虎はテンションを上げるが、すぐに降下する。それよりもちょっと気になるんだが、
「辺境伯ってあんまり強そうな感じしないんだけど。なんか、田舎領主っぽい」
「ばっか、ご主人なに言ってんのさ。辺境伯ってのは国境警備を任されてる王からの信任の厚い爵位なんだよ? 位で言えば、国にもよるけど伯爵の上、侯爵に相当する地位さ。国境警備に当たる都合上保持武力も相当なものだよ。だから、対クーデターのいい戦力になると思ったんだけど」
流石にここまでテレポートさせるには魔法の規模が足りないかー、と白虎は付け加える。
「ついでに言えば時間も足りませんね。自死を迫られて、すでに毒入りの酒を渡されてる以上、今すぐ決着を付けなければアンジェリカ王女も派閥の者も、元王妃もあの世行きです」
うーん、聞けば聞くほど詰んでるな今の状況。俺的に一番したいことはアンジェ王女の無事の確保なんだが、人質がいる以上アンジェ王女は大人しくついてきてはくれないだろう。
だからと言って、元王妃や、派閥の人間をまとめて逃すのは現実的に不可能だ。やはりそうなると、ここは──
「デニス王の暗殺しかないのか」
そう低い声で言うと、前島さんがびくっと震える。
「い、いやあのいきなり暗殺はちょっと、て言うかいま昼間よ?」
「別に闇に紛れて殺すだけが暗殺じゃないぞ。白昼堂々殺しても暗殺は暗殺だ」
「ちょいちょい待ったご主人。何も暗殺だけが解決方法じゃないよ」
「じゃあどうするんだ? 例えば魔法で白痴にしたとしても効果時間の問題がある。命は無事です、でも精神は死んでますって状況にするのは難しいぞ」
俺の言葉に白虎はかぶりを振って、
「いや、そうじゃなくって。要はアンジェリカ王女の一派を無事に逃すことができれば問題ない訳じゃない? で、その後で辺境伯と交渉してクーデターを収めて貰えばいい。最初の一派の避難さえできればあとは任せてオッケーなわけだ」
「いや、だからその一派の避難が難しいわけでな。何人いると思ってんだ。どこに避難させるつもりだ?」
「ちょっと賭けになるけど方法がない訳じゃない。ご主人、一旦地球に戻って私を召喚し直してくれないか? 私に考えがある」
白虎は決意を秘めた目で俺にそう語りかけた。




