2.主人公不在の意味
「若様って?」
いきなり現れたござる少女が若様と呼んできたが、ここにいるメンツで若様なんて呼ばれ方をするようなのは一人しかない。すなわち俺である。だが、俺は若様なんて呼ばれるような立場の人間じゃない。思わず聞き返してしまったが、ござる少女は嘆息して答える。
「なにとぼけてるでござるか。その顔、その声。どっからどう見ても若様以外にありえないでござるよ。なにやら変な格好しているでござるが、また妙な遊びでも覚えたでござるか?」
「いや待って欲しい。人違いだぞ、君。俺は若様なんて呼ばれるような人間じゃない」
俺はそうやって否定するが、ござる少女はため息を一つついただけだった。
「またそれでござるか。いい加減、真宮寺家の次期当主としての自覚を持って欲しいでござる」
どうやら、若様なる人物は俺と同じようなことを以前から言っていたらしい。ていうか、今真宮寺家って言った? 俺と同じ名字なんだが。
「いやだからな……」
「ともかく! さっさと本邸に帰るでござる。試しの儀がもうすぐ始まるでござるよ。ほら、ついてくるでござる」
そう言って、ござる少女は俺の腕を掴んで歩き出そうとする。が、それと同時に反対側から俺も引っ張られたため、ござる少女は引っ張ることができずに前方につんのめることになる。
「のぉっ!? な、なに抵抗してるでござるか! さっさとくる!」
「お待ちを。流石に状況がわからない今の状況で勇人様を連れていかれるわけには参りません」
と、反対側から俺を引っ張った存在、青龍がござる少女にそう告げる。
「なにを訳のわからないことを! 若様が侍らせていたから、大目に見ておりましたが、邪魔するというなら容赦致しませぬぞ!」
あれ? 青龍今俺の名前ちゃんと言ったよな? なのにそれスルーですか、ござる少女ちゃん。
「なるほど、同姓同名ってわけか、こりゃ混乱しそうだ」
後ろからボソッとそう呟く白虎。同姓同名? なんのことだ、と思ったがすぐに思い当たった。
そうか、俺と若様とやらが同姓同名なのか。だから青龍が俺の名前をちゃんと言っても、ござる少女はそのままそれを受け入れたと。
なんか、すげーややこしいことになりそう。
「おや、私に勝てるとお思いで?」
「ふん。どこの誰だか知らぬが、それがしこれでも女だてらに、塚原卜伝の流れを汲むもの。刀の扱いでそれがしに勝てる女子はいないでござるよ!」
そう言い放ち、腰の刀を抜き放つござる少女。塚原卜伝ってどっかで聞いたことあるような……。
「新当流の開祖だね。戦国時代の代表的な剣豪だ。しかし、女で新当流ねぇ。100%フカシでしょこりゃ」
後ろで白虎がそう補足する。そういえば、アドミンの奴戦国時代になるって言ってたな。とすると、戦国時代の武将が出てきてもおかしくないのか。でも、和風ファンタジーとも言ってたよな。戦国時代で和風ファンタジーってことなのか? 信長が妖術使ったりする世界なんだろうか。
「覚悟!」
俺と白虎がボケーっと眺めていると、ござる少女が動いた。その踏み込みは重く、切り込みは鋭く、なるほどこれはただのフカシじゃないな、と思えるような剣筋だった。
だが、悲しいかな相手は青龍である。青龍は慌てず騒がず、切り込んできた刀を紙一重で避けると、足払いを一発。そして、見事に転んだござる少女に対して体重をのせたエルボーを鳩尾に一発。うわ、痛そう。
「ぐえっ!」
潰れたカエルのような声を出して、ござる少女は悶絶し始める。流石に鳩尾に一発はやりすぎのような気が……。
「刀を抜くまでもありませんでしたね」
青龍はそうかっこつけるが、いやお前今そもそも刀持ってないだろ。
「ぐ、ぐおおおおおおお……」
ござる少女はお腹を抑えて唸り声を上げながら絶賛悶絶中だ。はぁ、仕方ない。
「動くなよ。『マイナーヒーリング』」
回復魔法をござる少女にかけてやる。パァっと明るく光るとござる少女の悶絶している動きが止まった。と思った次の瞬間、ガバッと立ち上がる。
「それがし! ふっかーつ! いやー、相変わらず若様の術は効くでござるなー。あれ? でも今護符使ってなかったような……?」
疑問符を浮かべるござる少女。ふむ、やはり和風ファンタジーの世界だから、魔法的な何かは存在していると。この世界では術と呼ばれているのか。
そして、今までのやりとりでなんとなく分かったのだが、この子はいわゆるアホの子という奴なのではないだろうか? だから、俺と若様との違いに気づいていないと。
「それにしても、其方なかなかやるでござるな! 体術だけで某の攻撃をさばかれるとは思っても見なかったでござるよ。其方、名のある武芸者と見た! 名はなんと申す」
「青龍と申します」
「偃月刀でござるか? というか、あからさまな偽名なのでござるが……。ま、まぁ敗者の某に名乗る名はないと言われてしまっては納得するしかないのでござるが……」
偃月刀ってなんだ、と思ったが青龍偃月刀のことか? 確か関羽が使ってた武器だっけか。
おっと、それよりこのござる少女に色々聞いておかないとな。
「元気になったなら、とりあえず色々教えてくれるか。まず君は何者だ? なぜ俺を若様と呼ぶ」
俺がそういうと、ござる少女はこの世の終わりかのような表情をし、俺の方を凝視する。
「ち、千代を忘れたの……? あなたの従者の千代だよ!? そんな悲しいこと言わない──、ご、ごほん! そんな悲しいこと言ってくれては困るでござるよ、若様」
なんか、今この子の素が出てたな。本来はああいう感じの子なのか。とするとそれがしとかごさるとかキャラ作ってるのかこいつ。
「あぁ、はいはい千代ちゃんね「千代、とお呼びくだされ」、わかった千代。で、次。なんで俺を若様なんて呼ぶんだ?」
「若様は若様でござるよ。真宮寺家次期当主、真宮寺三郎勇人様。某がお仕えする真宮寺家の嫡男でござる」
わーい、本当に同姓同名だー。なんか、間に三郎とか入ってるけど、これ確か通称とかそういうのだっけ? よく知らんのだが、名前自体は真宮寺勇人になるはずだ。
「なるほどね、とりあえず理解した。次、試しの儀ってなに?」
俺がそういうと、千代ちゃんは今度は残念そうに、本当に残念そうに大きくため息をつく。
「はぁ……。いくら試しの儀が嫌だからって、忘れることはないでありましょうに。試しの儀とは真宮寺家に代々伝わる、陰陽剣の主に選ばれるかどうかを試す儀式のことでござるよ。陰陽剣は意思を持っていると言われ、持つとその精神世界の中に引き釣り込まれるでござる。そこで主にふさわしいか精神を試されるのでござる。開祖、真宮寺竜馬が選ばれて以来、未だに誰も所持者となったことはないという曰く付きの剣でござる。その試しの儀が今日行われ──、ってこんなことしてる場合じゃないでござる! 時間が! 時間が押してるのでござる。早く本邸に帰るでござるよ!」
そう言って、解説の途中で気づいたのか、千代ちゃんが再び俺の手を取り歩き出す。抵抗してもよかったのだが、なんとなくその試しの儀とやらが気になり、抵抗することなくそのまま連れられることにした。
青龍達も今回は邪魔する気はないようで、ゆっくりと俺たちのあとに続いて歩いてくる。
しばらく歩いて森を抜けると、そこに広がっていたのは自然あふれる田舎町だった。
いや、田舎町というのは違うか。いくら田舎でもここまで長閑ではない。なぜなら、見る建物見る建物全部木造だし、農村らしきところには区画整理が一切されてない不揃いな田んぼがあるしで。何よりも電信柱がどこにも見えない。田舎とはいえ電信柱がないなんてあり得ないだろう。
つまるところここは、
「懐かしい景色。って言ったらおかしいんだけど、懐かしい景色だねこりゃ」
「えぇ、大昔に見ている光景です」
うん、この光景。やっぱりここ戦国時代なんだな。




