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0.迫る死の足音

side ?????


「はあっ……、はぁ……、はぁっ!」

 

 走る、走る。ただひたすらに走っていた。

 足が棒になる。足が痛い。もう走れない。

 足はそう訴えてくる。だが、止まるわけにはいかない。止まれない。

 止まったら──、


「キシシシシシ……」


「ヒィッ!」


 背後から聞こえてくる、妖怪の唸り声。俺は動けない体に叱咤し走り続ける。

 

 なぜだ。なぜこんなことになった。

 俺はただ試しの儀が終わるまで、のんびり森で昼寝をしていただけのはずなのに。

 今まであんな妖怪なんて出たことなかった! ずっと安全な俺の場所だったのに!

 くそっ、くそっ、くそっ!

 刀も護符も何もかも置いてきてしまったのが悔やまれる。刀さえあればあんな獣なんぞ──、


「キシ!」


 一声。妖怪が一声上げる。それと同時に腕に走る鋭い痛み。


「がっ!」


 腕に噛みつかれた。それに気づくと同時に今まで張り詰めた緊張の糸が切れたのか、足がもんどりうってその場で転んでしまう。


「あぐっ……」


 まずいまずいまずいまずい! 立て、立てよ、立てよ俺ぇ! ここで転んだままだと……。

 そう思うが体は動いてくれない。今まで走り詰めだったのだ、呼吸を落ち着けるだけでも一苦労だ。足も腕も思い通りに動いてはくれない。


「ヒィッ!」


 気付けば、妖怪──蜘蛛が俺の目と鼻の先にすでにいた。しかも、最悪なことに一匹じゃない、何匹も、数えたくないぐらいの数の蜘蛛に囲まれていた。

 こ、こいつら、集団で狩りをしてたってのか。いや、違う。俺が追い込まれただけだ。集団がいる方へと俺が追い込まれたんだ。

 絶望が心を支配する。一匹だけでも絶望なのに、この数だ。生存はもはや絶望的と言っていいだろう。


「い、嫌だ! 死にたくない! 母上! 俺が悪かった! 試しの儀をサボったりなんかしないから! 千代! そばにいないのか!? 俺を助けてくれ! 誰か……、誰か助け──」


 シューーー


 俺の言葉はそれ以上紡がれることはなかった。首領と思しき蜘蛛が俺の顔に糸を吹き付けてきたのだ。


「モガモガモガ」


 声を出そうにも、完全に口を塞がれ言葉にならない。

 こいつ、まず声を潰しにきやがった。しかも、ご丁寧に視界だけは確保している状態だ。これなら、体力が回復すれば逃げられる。そう思ったが、問屋は下さなかった。首領の蜘蛛は俺の手に、足に、糸を吹き付け身動きが取れないようにしたのだ。完全に拘束された俺は体力が回復してないのもあってその拘束を解くことはできなかった。

 しかし、首領の蜘蛛は俺を拘束したきり何をするでもなくただ、佇んでいた。

 なんだ、なにをするつもりなんだ? そう思い痛みを堪えながら周りを見る。

 すると群の中から、何匹かの小さい蜘蛛が出てくる。首領が仕草で小さい蜘蛛になにやら指示の様なものを出す。

 すると、小さい蜘蛛は俺に群がると、糸に包まれていない露出した腕や脚などに噛み付いてきた。


「ンンンーーー!」


 声が出ない。痛くて痛くて、悲鳴をあげたいのに声が出ない。

 こ、これは餌として供しているとでも言うのか! 俺はこれから食べられると言うのか!?

 猛烈に抗議したいが、声が出ない。もっとも、声が出たとしてもその抗議が蜘蛛達に伝わるはずもないのだが。

 い、嫌だ! 死ぬだけならまだいい! 戦いの果てに負けたのなら俺が弱かっただけだ! まだ諦めもつく!

 だが、餌として供されて死ぬなんてイヤだ!

 誰か! 誰か助けに来てくれないのか!

 

 俺はひたすらに小さい蜘蛛に群がられ、視界も蜘蛛に覆われながらも意識は保っていた。

 だが、そのむらがった蜘蛛に体のありとあらゆるところに噛み付かれ、肉を喰らわれる。その想像を絶する痛みに、俺の意識は闇に落ちていった。


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