25.別れ
コンコン
アンジェ王女とアンナリーナさんが泊まっている部屋をノックする。
「勇人だ。アンジェさんいるか?」
「ハヤト様ですか。どうぞ開いておりますよ」
その言葉を待って、扉を開ける。中にはアンジェ王女が座っており、横にアンナリーナさんが侍っていた。
「気がつかれたようで何よりです。お体の加減の方は大丈夫ですか?」
「あぁ、もう大丈夫だ。悪い、迷惑をかけたようだ」
そういうと、アンナリーナさんがアンジェさんの対面にある椅子を引く。座れってことか。遠慮なく座らせてもらうことにする。
「今回の件はまじですまなかった。謝って済まされる問題じゃないが、謝らせてくれ。ノーマンさんを守れなかった」
「いえ、ハヤト様のせいでは……。それにノーマンも私を守って逝ったのです。きっと満足した死だったでしょう」
そういうこと言っていいのか、と思ったが。上に立つもの特有の何かがあるのかもしれない。
「そう言ってくれると、俺も幾分か救われるな……。
だが、あんなことがあったあとにこんなことを言うのは気がひけるんだが……。俺はここから去らなくてはいけなくなった」
「え?」
「俺をこの世界に呼んだ存在との契約でな。俺のやるべき事が終わるか、俺のやるべき事が失敗した時、元いた場所に送還されるようになっている。本来ならもうすでに、俺はこの世界にはいない存在だ。無理言って一日だけここにいさせてもらってる。別れを告げる為にな」
「そうですか……。やはりハヤト様は勇者様ではなかったのですね」
「え? そっち?」
俺としてはもっと違う事、無責任だとか色々言われるのは覚悟していたのだが。
「勇者召喚された勇者が元の世界に戻ったという記録はありません。勇者達はすべからくこの地に骨を埋めています。もっとも、フォルレイド王国の扱いが苛烈すぎて、寿命まで生き残った勇者というのもいないのですけどね。つまるところ、帰る手段があるハヤト様は勇者ではないという事です」
少し残念ですけどね。と付け加えるアンジェ王女。
何が残念なのかは聞いてはいけない気がする。
「そう、何度も言ってるが本物の勇者は前島さんだ。神威の出身だとか言ったが、あれはあんたらの勘違いに乗っかった嘘だ。で、どうするアンジェリカ王女。本物の勇者と行くか?」
「行きます。というより今の私たちにそれ以外の選択肢は残されていませんので。ですが、ハヤト様とセイリュウ様とはここでお別れなのですね。正直厳しくなりそうです」
「それに関しては正直すまないとは思ってる。が、これは俺にもどうすることも出来ない問題だ。文句は俺をこの世界に呼び出した管理者に言ってくれ」
そう言って、文句の矛先をアドミンに向ける。まぁ、もっともアドミンの存在なんてこの世界の住人は知らないから、矛先の向けようはなかったりするが。
「いえ、ここまで導いてくれて感謝しております。先立つ物も用意していただき、これ以上何を望みましょうか」
「あ、先立つ物で思い出した。俺これからこの世界去る訳だから、俺の残りの金全部渡しとくわ。俺が持っててもしゃあないし。詫びにもならんだろうがな」
そう言ってアイテムボックスから金を取り出すとアンジェ王女に渡す。
「いえ、ありがとうございます。これでしばらくは持つでしょう」
アンジェ王女は金を受け取るとそのままアンナリーナさんに渡す。
「それじゃ、俺はこれまでだ。一応日が落ちるまではこの世界に留まっているだろうけど、もう会うことはないだろう」
「えぇ。さよならです。ハヤトさん」
最後に俺をさん付けしたのを聞いて、俺はアンジェ王女の部屋を後にした。またこの世界を訪れるかもしれないということとこの世界が滅びに向かっていることは告げないでおいた。変に希望や絶望を持たせてもいけないし、何より俺では彼女達の今後に対して責任を持てない。酷なようだが彼女達はこの滅びゆく世界とともにする運命なのだろう。
そして、俺と青龍の部屋に戻ると、青龍が机で何か作業をしていた。
「あ、お帰り。別れは済ませたの?」
「あぁ。あ、そうそう俺の持ち金はアンジェ王女に渡しておいたから何かあったらそっから使えよ」
「それだったらあたしに渡してくれたらよかったのに……」
「前島さんもいずれ去る予定だろ。それに俺の渡した金ネコババするような人じゃないと思うが」
「それもそっか」
「ところで、青龍は何をして──」
「すいませんが、話しかけないでください。集中してますので」
青龍に話しかけようとしたら食い気味に怒られた。そうか、さっき言ってたスクロールの作成か。
しかし、青龍って何でもできるな。戦闘はもちろん、非戦闘系魔法も使いこなすし、こういう生産系のことも出来るし、こいつにできないことってないんじゃないんだろうか?
「取りあえず、できるまで暇だから話でもしない? そっちはどこ出身でどこ高校に通ってたの?」
「そんな話してる場合か? 言語覚える努力した方がよくないか?」
そう半眼で指摘してやると、前島さんが少したじろぐ。
「そ、そうは言っても教えてくれる人がまだ見つかってないし……。個人的には向こうさえよければアンナリーナさん辺りに教えてもらおうかなーって思ってるけど」
「まぁ、妥当なところか。それが無理ならギルドに依頼出して教えてもらうとかか」
「それも考えたけど、文字を教えてもらうならともかく、言語を教えてっていう依頼極めて不自然じゃない? お前何語喋ってるの、ってなるし。だったら事情を飲み込んでくれる人に言語教えてもらうのがいいかなって」
「そう言われればそうか」
「ふぅ……、一つ完成しました。前島さんどうぞ。私は次の作成に入ります」
「あ、ありがとうございます」
前島さんと雑談していると青龍がスクロールを完成させた。ていうか、出来るの結構早くね? それならもっと作れるんじゃって思ったが、そうか材料がないのか。時間があってもその問題がある以上、これ以上は望めないか。
そして、宣言通り3つ作ったところで原材料が尽き、青龍のスクロール作成は終了した。その間俺たちは出身がどこだの、どういう生活をしてただの、普通の高校生らしい雑談に興じていた。
「それじゃ、これでお別れなのね」
「あぁ、だがまた来るからな。それまで待っててくれ」
「言っとくけど、ちゃんと迎えに来てよね! 来なかったら末代まで祟るからね!」
「大丈夫だ。仮に次の異世界救済に失敗してもまた次がある。それが失敗してもまた次が。そう失敗ばかりは起きないだろうからいずれは次元跳躍のチートを手に入れて見せるさ」
「あたしが心配することじゃないけど、失敗前提なのはどうなのよ……」
「それだけの覚悟ってことさ。必ず迎えに行くさ」
「うーん、お話ならここでキュンってなるようなセリフなのに、全くビビッと来ないわ。顔は悪くないのにねー。何が悪いんだろ」
「俺が知るかよ」
ただ、顔は悪くないと言われたのはちょっと嬉しかったりする。周りにイケメンが多かったからな。
そんな話をしていると、俺自身が淡い光に包まれ始める。
「始まったか」
「これに付いていければ楽なのに……」
前島さんが文句を垂れる。
「そういうな、仕方ないだろ」
「勇人様。地球に戻ったら私を呼ぶのを忘れないでくださいね。私達は単独で次元を渡れないもので」
「あ、それ地球に帰る時もいるんだ」
青龍に指摘されて初めて気付く。そうか、異世界に行った時と帰った時と両方使わないとダメなのか。地味に面倒だな。
「それじゃ、真宮寺さん。ううん、勇人くん。またね!」
「あぁ、またな!」
最後にそう別れの挨拶をして、俺の意識は暗転する。




