閑話 その頃のアンジェリカ王女
side アンジェリカ
「疑われてしまいましたね」
宿の部屋に入り、ノーマンもこの部屋に来てから私はそう切り出した。
「姫の言葉を疑うなど! あの従者は勇者の従者をしていることで調子に乗っていおるのではないでしょうか!」
アンナがお冠だ。普段は一歩引いて主張することがないあのアンナが、だ。余程腹に据えかねたのだろう。
「そんなことを言ってはいけませんよ、アンナ。あれが普通の反応です。あの従者の方が言うように、私が王女であることは私の言葉だけでしかないのですから」
「でしたら、王家の証を見せてはいかがでしょう。さすれば向こうも信用するかと」
ノーマンが提案するが、
「無理ですよそれは」
私はその提案を一蹴する。
「何故ですか!?」
「確かに王家の証の複製は重罪です。王家の証を持っていれば王家の人間であることはほぼ確実に証明できるでしょう。ただ、それは相手がこの世界の人間であったならです」
「この世界の人間?」
ノーマンが首を傾げる。まぁ知らないのも無理はない。勇者召喚の儀はフォルレイド王国が秘蔵し、基本的に外部に流れることはないのだから。私だって、王家の人間だからたまたまその一部を知っていただけに過ぎない。
「勇者召喚とは、この世界とは違う異世界から勇者を召喚します。つまり勇者とはこの国はおろかこの世界の住人ですらありません。当然、王家の証の複製が重罪であることも知らず、王家の証そのものを知りません。ゆえに、王家の証を見せたところで、それをさらに本物であると別の方法で証明しなければならないのです。ね、不可能でしょう?」
「……」
「……」
私の言葉に黙る二人。
「で、ではどのようにすれば」
アンナが言うがそんなものは簡単だ。
「あら、簡単ですよ。今後は王女だと言わなければいいのです」
「は?」
ノーマンの目が点になる。私の言ったことそんなに難しかったかしら?
「ここにいるのは、王女アンジェリカ・ノールズ・ウィンダミアではなく、ただの少女アンジェです。そして友達のアンナリーナとノーマン。それでいいのですよ」
「し、しかしそれでは」
ノーマンが渋る。
「と言うより現段階ではそうするしかないのです。あの時はこちらの身を立てるために王女であると宣言しましたが、今となっては逆に重荷となっています。勇者様の信頼を勝ち取るためには、今は王女アンジェリカではダメなのです」
それが私の出した結論だ。
私が王女であることを信じさせることはできない。ならば、一人の人間として信頼させるしかない。これからは冒険者アンジェとして身を立てていく必要があるだろう。
「デニス殿下がいなければ……」
アンナが悔しそうに臍を噛む。
デニス兄上。私の腹違いの兄で第一王子。現在王位継承に最も近いと言われている方だ。私をハメた相手として一番に上がる候補だが、別に兄妹仲は悪くない。
だが、兄妹仲が良かったとしても、それと王位継承で蹴落とすのは別問題である。
私が正室の子で長女であり、正室に他に男子はいない。そんな状況であるため、私にも王位継承権が発生してしまっているのだ。実際、王宮内でも私を推す勢力が一定数存在する。
私自身、王位に興味はないのだが王女自身がそのつもりでも周りの派閥はそうはいかない。あれよあれよと言ううちに担ぎ上げられて、デニス兄上と覇を競う立場となってしまった。
そうなってくると、もはや王位に興味がないなんて言ってられる状況ではなく、周りの人間のためにも本気で王位を目指さなければならない。王族の辛いところである。
さらに、私は兄上と違って民衆の人気が高かった。孤児院の視察や辺境の村の視察などを積極的にこなしていたからだろう。まぁ、その視察を狙われて今回は命を狙われたのだが。
ともかく、その人気もあって王位継承は拮抗とまでは行かずとも、そこそこ対抗できるところまできていた。
だが、そのままいけば兄上の王位は確実だったのだ。わざわざ私を亡き者にする理由はないが、兄上としては少しの不安要素も排除したかったと言うことなのだろうか。
「むしろ、私は今の状況はチャンスだと思っています。勇者様はきっと世界に名だたる活躍をなさるでしょう。それを側で支えたとなれば、王位に返り咲くことも夢ではありません。その為には私の派閥の人たちには今は耐え忍んでいただきましょう」
それに、ちょうどよく勇者様は男性ですしね。と言う言葉は胸の奥に飲み込んでおく。
「では、姫様。王宮に戻らないと言うのは……」
アンナが何かを察したように呟く。
「まぁ、王宮に戻ってもまた殺されることが分かっている、というのもありますが、何より勇者様の側で手柄を立てそれを持ち帰る方が近道だと思ったからです。
大丈夫ですよ。今は冒険者アンジェですが、時が来れば王女アンジェリカに戻ります。それまでになんとしても勇者様の信頼を勝ち得なければなりません。貴方達二人には苦労をかけますが」
「苦労など! 姫様のことを思えばこれぐらいのこと!」
「そうです! 我らのことなど姫様が目的を達成するための道具と思っていただければ」
アンナもノーマンもそう言ってくれる。それ自体は嬉しいのだが、
「ダメですよ二人とも。今の私は姫様じゃありません。アンジェと呼んでくれなければ」
「しかし、それは……」
「流石に……」
流石に家臣の二人は愛称呼びは許容できないようだ。
「なら、妥協点としてお嬢様でどうでしょうか。無謀な貴族の令嬢とそれに付き従う家臣達と言う設定ではどうでしょう」
「それならギリギリ……」
「し、しかしそれでも……」
アンナは渋々ながら納得したようだが、ノーマンはまだ不満なようだ。
「ノーマン。これは命令です。以降はお嬢様と呼ぶように。良いですね?」
「はっ、姫……お嬢様がそう仰られるのなら」
はぁ、これは前途多難ですね。




