5.翻訳魔法
塩の売買で金が入った俺たちは昼時ということもあって近くの食事処で食事をしていた。食事料金は一人大銅貨一枚。高いのか安いのか分からんが、周りの客層を見るにほどほどの安さの食事処なのだろう。
メニューなんてなく、注文したものだと大抵作ってくれると言う店だったようだが、この世界の料理は分からないので、全員魔法の言葉「おすすめで」で乗り切った。
注文した料理が運ばれ、前島さんは丁寧に手を合わせていただきますをしてから食べていた。育ちが良いのか、俺の奢りだから見せているのか分からないが、その姿勢には好感が持てた。
「でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
前島さんが食事をしながら、尋ねづらそうに俺に聞いてくる。
「その、青龍さんが従者っていうのはどういうことかなって。奴隷じゃないのは最初に聞いたけど、この人現地の人じゃないんだよね? だったら、なんで二人一緒に転移してるのか気になって。二人とも一緒に神様に転移させてもらったの?」
そう聞かれて、俺は返事に困った。青龍が青龍であることを今更隠すつもりはないが、どこまで言って良いのか判断がつかなかった。
というか、真面目に話すと「ふざけんな」案件であることは自分でも重々承知している。四神の一柱なんて誰が信じるんだって話だしな。
だが、俺はどうも前島さんに警戒されているようなので、ここでウソやごまかしをして好感度を下げるようなことをするのは避けたかった。
「青龍は俺の使い魔だ。青龍・白虎・朱雀・玄武って聞いたことないか? その四神のうちの一柱だよ。ここに一緒にいるのは、俺が青龍をこの場に召喚したからだ。契約によって青龍は俺が自由に召喚したり送還したりできる」
「うわ、青龍ってキラキラネームとかじゃなかったんだ……。まじで四神なんだ。
えっ、てことは地球ってば地味で退屈な機械文明の世界じゃなくて、実は魔法もありのファンタジー世界だったってこと?」
どうやら前島さんは青龍が四神であることをあっさりと信じる模様。まぁ、勇者召喚なんて極めて非現実的な現象の被害者なんだ。今更地球が現代ファンタジーの世界だって知っても驚きは少ないか。
「少なくとも俺が居た世界はな」
「えっ? どういうこと?」
「俺が居た地球と、前島さんが居た地球が同一とは限らないってことさ」
アドミンが言うには、俺から魔力を吸う時は平行世界から魔力を吸ってるらしいからな。平行世界の地球なんてそれこそ無数にあるんだろう。
「そっか、平行世界ってことか」
と今後もすんなりと理解する前島さん。どうも前島さん理解力がかなり高いな。もしかして結構なオタクだったりするのだろうか。
「ていうか、使い魔ってことは真宮寺さんはその現代ファンタジーの地球で魔術師でもやってたの?」
「まぁ、そんな感じ──」
「魔術師ではありませんよ。魔法使いです。勇人様に対してひどい侮辱です。訂正と謝罪を要求します」
俺が答えようとすると、青龍がイラつきながら訂正と謝罪を要求してきた。別に単語の違いぐらいでそんなに怒らんでも。
「魔術師と魔法使いってそんな違うもんなん?」
「えぇ、違います。大いに違います。魔法使いの方が上です。魔術は魔法の一形態に過ぎませんので」
そうなんだ。そう言われても俺はそこらへんの基礎を全く教えて貰ってないから分からんのだが。
「ご、ごめんなさい。侮辱するつもりなんてなくて……」
なんか前島さんは青龍に対してはしおらしいよな。青龍が高圧的だからか? 俺も初対面で高圧的に出ればよかったのか? いや、むしろ警戒されただけか。
「まぁ、無知故の言動ということにいたしましょう」
そう言って何事もなかったかのように流す青龍。ひょっとして無駄に怒ったのは向こうに負い目を感じさせるためじゃなかろうか。なんかそんな気がしてきた。
「で、あの他にも聞きたいことがあるんだけど……」
おずおずと、チラチラと青龍の方を横目で見ながら、俺の方に尋ねてくる前島さん。
「あの、二人は異世界の言葉話せてるみたいなんだけど。それって神様からもらったチートなの? あたしも召喚してすぐは言葉通じてたんだけど、さっき門のところで急に通じなくなったから、気になって……」
これに関してはなんと答えるのが良いのか困ってしまう。
今のところ、異世界言語を通訳するから同行すると言うのが俺が前島さんに対して持っているアドバンテージだ。翻訳魔法があるのでそれで話せますと言ってしまっては、「じゃあ、あたしにもかけて!」となるのは明白だ。
そうすると、「翻訳魔法はかけてもらったから、じゃあさようなら」になってしまう。世界の破滅に関わっているだろう人物をここで失うわけにも──、
「いえ、これは翻訳魔法というものです。未知の言語であろうと翻訳できる魔法であり、チートではありませんよ」
何事もないように、バラす青龍。おいいいい! 青龍何バラしちゃってんの!
「本当! じゃあ、あたしにもそれかけて!」
興奮した前島さんが椅子から立ち上がり青龍のほうに詰め寄る。
ほら、こうなった! 青龍いったい何考えて──、
「かけるのは構いませんが、この魔法の効果は24時間しか持たないので気をつけてくださいね。勇人様も逐次かけ直しをしないといけませんので注意してくださいね」
「に、24時間……」
前島さんはチラと俺の方を見ながら、ゆっくりと椅子に座った。
そうか、時間制限があったのか。だったら、前島さんに翻訳魔法をかけても問題はないな。定期的にかけないと意味ないなら、俺らのアドバンテージが失われるわけじゃない。
「ま、まぁいいわ。24時間だけとはいえ、翻訳出来るんだったらかけてくれないかしら?」
「いいでしょう。さ、勇人様」
え? 俺がやんの? この流れだったら青龍がかける流れだろう。青龍も使えるのに俺がやる必要は、とそこまで考えて気づいた。
なるほど、俺に対して恩を売らせるためか。
まぁ、一緒に旅してたらそのうち青龍が俺の師匠だってことはバレるとは思うが、今ここで恩を売っても別にデメリットもないしな。
「じゃあ、やるぞ。『トランスレイト』」
相変わらずの無詠唱で唱えるが、どうせ前島さんには無詠唱の凄さとか分からないから問題ないだろう。まぁ、そもそもの問題として俺詠唱知らんからな!
「読める! 文字が読める! 周りの人の言葉がわかる! ありがとう、真宮寺さん!」
「お、おう」
そう言って、俺の想像以上に喜ぶ前島さん。なんだろう、やっぱり周りの言葉が一切分からない環境がストレスだったんだろうか。
何はともあれ、言語問題は解決したようで何よりだ。やっぱいちいち通訳するのは手間だからな。




