3.謎の少女前島桜
「さて、この辺でいいかな?」
俺は少女を連れてしばらく歩いて門番の姿が見えなくなるところまで来た。少女はその間中ずっとこちらを睨んでいたが、それは気にしないことにした。
まぁ、明らかに怪しいしな俺。ただ、それでも逃げ出さなかったのは青龍がいるからか。男一人に助けられたなら警戒して逃げ出すぐらいはしただろうが、女性である青龍がいるから警戒も和らいだのだろう。
ていうか、青龍って女でいいんだよな? 四神なんて超越存在だから性別なしとかでも驚かないんだが。まぁ、いつでもお待ちしております、とか言ってるから一応女なんだろうけど。
「一応礼は言っておくわ、ありがとう」
少女は未だにこちらを睨んだまま礼を言う。
「ま、取り敢えず自己紹介といこうか。俺は真宮寺勇人。君と同じ日本人だ。こっちは青龍。俺の従者だ」
「青龍と申します。以後お見知り置きを」
相手が同郷ならカバーストーリーを使う必要もないと感じたので、素直に青龍のことを告げる。まぁ、青龍も文句言ってる様子ないから大丈夫だろう。
「従者……? まぁいいわ。あたしは前島桜。同じく日本人よ」
「おう、よろしくな前島さん。で、同じ日本人のよしみでさっきは助けた訳だが、ちょっとお互いの事情を話し合わないか? 協力できることもあるだろう」
異世界に来て、まず最初にあったのが日本人。これに作為を感じない奴はいないだろう。どうも、この前島さんが世界の破滅とやらに関わっている。俺はそんな気がしてならない。
「結構よ。助けてくれたのは感謝するけど、あたしは誰ともつるむ気はないから。大体からして奴隷なんて連れてる奴、信用できるわけないじゃない。従者なんて綺麗なように言ってるけど、奴隷でしょその人。女の奴隷連れてるような男なんて信用できるわけないじゃない」
だが、前島さんから返ってきたのは辛辣極まる反応だけだった。
うーむ、失敗したな。この反応だったら青龍が用意した夫婦ってカバーストーリの方が万倍もマシだったな。
とはいえ、そこを後悔しても遅いわけで。というか、青龍が奴隷って。
「いや、別に青龍は奴隷じゃないぞ。本当に俺の従者で……」
「言い訳はいいわ。じゃあね、あたしはもう行くから」
「そうですか。では、言葉の通じない異世界での生活頑張ってくださいね」
別れようとする前島さんの後ろから青龍がそう声をかける。その言葉を聞いた瞬間ビクッと反応し、ギギギと首だけをこちらに向ける。
「あ……」
言われて初めて気づいたのか、青い顔をする前島さん。
「それにあなた大事なことを見落としていますね。私は自己紹介の時から日本語を喋っているのですが? この世界で買った奴隷だったら日本語など話せるはずないでしょうに。それすら分からないのですか?
しかも、あろうことに私が勇人様の奴隷? ひどい侮辱ですね。私は勇人様の従者であることに誇りを持っています。なんでも唯々諾々と従うような存在だと思われては甚だ遺憾です。時に導き、時に服従し、時にお諌めする。従者とはかくあるべきだと私は思っております。大体奴隷なのだったらもっと早くに手を出されていますよ。わかりますか? 従者の壁のせいで手を出されていない私の思いを──」
いや、別にお前に手を出さないのは従者とか関係ないんだが……。というか、いやに早口だな。だいぶ興奮してらっしゃるようで。
「その……、ごめんなさい。無神経だったわ」
「いえ、分かってくれたらよろしいのです。それで、どうされますか? 言葉の通じないまま異世界で過ごされますか? それとも通訳ありの異世界生活をなさいますか?」
「……通訳ありでお願いします」
前島さんは観念したのか、首を項垂れて答える。
「あー、じゃあ事情を話すのは俺たちからがいいか? 俺たちは──、なんと言ったらいいんだろうな。あ、そうだ。神様転生だ。いわゆる神様転生をしてここにいる、神様から世界の滅びを救ってくれって頼まれてここにいるんだ」
正確には神様でもないし、転生でもないが状況は似てるので問題ないだろう。
「神様転生ね…・・・。その割には見た目バリバリ日本人だけど」
「転移って言うと座りが悪かっただけだ。神様転移した。これでいいか? じゃ、次はそっちの番だ」
「あたしは──、そうね、そっちの言い方に合わせるなら勇者召喚されてここにいるってことになるのかしら」
「勇者召喚ってことは、王様か王女様に世界を救ってくれって頼まれたとか?」
俺が疑問を投げかけると、前島さんは不機嫌な顔でハッと鼻で笑った。
「だったらよかったんだけどね~。あいつらは自国にとって都合のいい戦力が欲しかっただけよ。あいつらあたしを召喚してまず何したと思う? いきなり問答無用で隷属の首輪つけてきたのよ。そんなまともな王様だったらどれほどよかったことか」
「お、おおう……」
なんかいきなりヘビーな話が出てきたんだが。いきなり奴隷化って確かにそのパターンもよくあることではあるが。
あれ、でも?
「でも、前島さん首輪なんてついてないように見えるけど?」
「それは──。……あたしには束縛無効のギフトがあるから奴隷化の魔法はレジストされたのよ」
「防御的なギフトなんだな。まぁ、勇者っぽくはあるが」
「そうかしら? 成長率増加とか、アイテムボックスとかのギフトの方が良かったわ。まぁ、このギフトのおかげで奴隷にさせられなかったからそれは感謝してるけど。で、束縛無効だから、兵士とかもあたしを拘束することはできなくて、そのまま逃げてきたってわけ」
「なるほど、大変だったんだな」
思わず同情してしまうが、同時に気づいたことがある。王宮で召喚されてその後すぐに逃げ出してきたと言うことは、
「不躾な質問で恐縮だが、この世界のお金を持ってたりとかは……」
「一応ここにくるまでに少し稼いでたけど、国境越えに全額使っちゃって文無しよ。でも安心したわ、あんたと居ればお金は大丈夫そうだし──」
「すまん、俺も文無しだ」
「……」
「……」
食い気味で返答する俺。その後、お互い無言で見つめ合う。
「ど、どうするのよ……?」
再び青い顔でこちらを見つめる前島さんと、横で嘆息する青龍が印象的だった。




