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0.勇者召喚

今回は別人物の視点です。

 ──side ???


「じゃあねー、バイバーイ」


「またねー」


 校門で友達と別れ、いつもの帰路に着く。いつもの放課後、いつもの下校。

 今日も何事もなく、無事家に帰れる、──そのはずだった。


「えっ?」


 一瞬感じたのは浮遊感。地に足がついてない感覚。いや、感覚じゃない! 現実に宙に浮かんでる!!


「な、なにこれ!!?」


 地に足が付かず足をバタバタさせる。地面を見ると発光する何か。

 いや、これは魔法陣? なにこれどういうこと。誰か説明して!


 そんなあたしの悲鳴は誰に聞かれることもなく、虚空に消えた。

 これが、あたしの地獄の始まりだったのだ。




「成功だ! 見事召喚できたぞ!」


 次に聞こえたのは、何かわからない言葉だった。いや、語弊があるか。ちゃんとどういう意味の言葉なのかは理解できている。しかし、明らかに話されている言語が別物なのだ。なのに、ちゃんと日本語で理解できている。その事実にあたしは混乱の極みにあった。


「え? え? え?」


 一音節しか発音できなくなってるあたしを尻目に、いきなり目の前に足まで伸びているローブを着たおじさんが、あたしの首に何かを嵌めた。ひょっとして首輪を嵌められた? 気づいた時にはすでに首輪はあたしの首に嵌っており時すでに遅し、そう思った瞬間──、


 バチィッ!!


「痛っ」


 軽い電撃が走ったかと思うと、首輪は砕け散り残骸が地面に落ちる。

 何? 何がしたかったの?


「おい、これはどういうことだ! なぜ壊れた」


「おかしいですね。私が手ずから作った首輪です。不良品のはずがないのですが」


「早く代わりを用意せよ!」


「おい、早く予備をもってこい」


 いきなり矢継ぎ早にいろいろな事態が起こってあたしは冷静になれないでいた。

 そもそもここはどこ? 周りを見渡したらやたら西洋風で豪奢な場所であることはわかる。地面には何やら魔法陣のようなものがある。先ほどあたしが宙に浮いた時に地面にあったものと同じかどうかは判別がつかないが、この状況だ、多分同じようなものなのだろう。

 そして、改めて周りを見ると、あたしのすぐそばにはさっきのローブのおじさんと、いかつい白髭を蓄えた初老のおじさん。さらにその隣には、やたら頑丈そうな時代錯誤な鎧をまとい、剣を靡いた女騎士っぽい人。そして、出入り口と思しき扉の左右には槍を持った同じく時代錯誤な鎧兵士だった。


「陛下、やはりこのようなことは……」


「お前は黙っていろ、アイズ」


「はっ、失礼しました……」


 女騎士さんが、初老のおじさんを陛下と呼んだことから、この人は王様とかとにかく国のトップにいる人なのだろう。

 って違うそうじゃない。地球に王国なんてどれだけあるというのか、今時陛下ってまた時代錯誤な……。

 いや、そうでもない。落ち着けあたし。今のこの状況、どう考えてもここは地球じゃない、それをまず念頭におくべきだ。あの魔法陣、あれがここにあたしを呼び寄せたものであることは間違い無いだろう。ここはどう贔屓目にみても地球とは考えられない。考えられるのは……、考えたくないが異世界というやつなのだろう。あたしはつまり異世界召喚をされた? 最初に呼び出された時に召喚に成功したと言っているからほぼ間違い無いだろう。

 その結論に軽く自嘲する。こんな簡単な結論に達するのにこんなに時間がかかるとは。しかし、そうと分かった以上やることはやらなければ。

 幸いあたしはその手のお話が好きだ。異世界召喚、異世界転移、異世界転生、特に悪役令嬢ものなんか好きだ。オタクではないとは思うが、その手のお話はよく読み耽ってる。

 その経験から察するに、今の状況はあまりよろしくないと思われる。

 普通に考えて、こういう王族がする召喚は勇者召喚、またはクラス召喚と相場が決まっているが、勇者召喚は勇者召喚でもダメな勇者召喚というのは存在する。

 今がまさにそれだ。先ほどあたしの首にはめようとした首輪。ローブのおじさんや、女騎士さんの反応から察するに、おそらくは隷属の首輪。

 嵌められたら一生がそこで終わってしまう。

 先ほどは故障か何かか、幸いにも壊れてくれたが次もそうなるという保証はない。この状況で、「あたしは、隷属を防ぐチートに目覚めてるから大丈夫!」なんて楽観論を信じれるほど現実というのは甘くない。

 いや、ひょっとしたらその可能性もあるんじゃないかなとは思うけど、その楽観論を今信じるのは危険だ。

 どうにかして逃げたいのだが──、


「……」


 ダメだ。女騎士さんの視線が鋭すぎる。こちらの一挙手一投足を見張ってて動けそうにない。というか、仮に動けたとしても、出入り口にいる鎧兵士を突破する手段がない。


(これは……、ひょっとして詰んでる?)


 絶望があたしを襲いそうになる。だが、諦めてなるものか。折角の異世界召喚なんだ。一生を隷属で終えるなんて嫌だ。意を決して彼らに話しかける。


「あ、あの! ここはどこなんでしょうか? あたしはどうして連れてこられたんでしょうか?」


 なんとも陳腐なセリフだとは自分でも思うが、まずはこれを聞かないと話にならないだろう。とりあえず、会話ができるなら会話でもって突破の糸口を──、


「陛下、予備を持って参りました」


「うむ、すぐにつけよ」


 出入口から、予備の首輪を持ってローブの別の人が入ってきた。

 ていうか、こっちのことガン無視!? 言葉は通じてるんでしょ。だったら会話ぐらいは──、


 ってダメだ、つけられたら終わる! あたしは必死で身をよじって首輪を回避する。


「こら、暴れるな」


 ローブのおじさんが追いかけるが、動きは早くないので簡単に避けられる。とにかく、会話だ。会話で突破口を。


「い、いきなり何しようとしてるんですか!? へんなものつけようとしないでください」


「アイズ、取り押さえろ」


「はっ」


 しかし、国王から返ってきたのは、またしてもガン無視だった。しかも、女騎士さんに取り押さえさせようとする始末。

 ちょ、ちょっと待って。そんな鎧着て俊敏に動ける筋力の人に取り押さえられたら、終わる!

 しかし、あたしの努力も虚しく、あたしは女騎士さんに羽交い締めにされた。耳元で小さく「すまない」と呟いたのが聞こえたが、すまないと思うなら解放しなさいよー! としか思わない。


「は、離して!」


 無駄だと思うが、あたしは羽交い締めを振りほどこうと、腕に力を入れる。


「えっ?」


「何!?」


 するとどうだろう、あっさりと女騎士さんの拘束から逃れることができた。女騎士さんがすまないと思ってるから緩めてくれたのかなと思ったが、女騎士さんの驚愕の表情を見ると、どうやら女騎士さんにとっても不測の事態だったのだろう。


「何をしているアイズ。取り押さえろ!」


 国王の叱咤の声が飛び、あたしは再び捕らえられ──なかった。

 何度拘束されようとあたしはちょっと力を入れるだけですぐさま拘束から解除されたのだ、どうみても物理的に不可能なはずなのにだ。

 まるで、拘束されている部分だけすり抜けるように体が自由に動くのだ。


「アイズ、どういうことだこれは!?」


 国王が憤怒の表情で口角泡を飛ばす。なぜだかわからないが、あたしは拘束とか隷属とかそういうのが聞かない体らしい。


(これが、あたしのチート?)


「わ、分かりません! 確かに完全に拘束してもなぜかすり抜けるのです! も、もしやこれがこの勇者の天恵……!?」


「なんだと!? おい、ステータスシートを出せ!」


 国王の憤怒の表情は治まらない。怒ったままローブのおじさんに命令する。

 だが、ふと思う。絶対に拘束されないなら逃げられるのでは……? 


(ダメだ。捕らえられないだけで、殺されたら終わる)


 今はあたしを捕らえて奴隷化しようとしてるから生かされているだけだ。逃げようとしたら即座に殺されてもおかしくない。

 でも、逃げる絶好のチャンスでもある……。


 そんな風にまごまごしていると、ローブのおじさんが何か巻物みたいなのを懐から取り出す。


「『ステータス』」


 ローブのおじさんがそう唱えると、巻物みたいなのは燃え尽き中空に文字が表示される。それにはあたしにも読める文字でこう書かれていた。



名前:前島 桜

称号:勇者 異世界人 縛られぬ者

レベル:1


HP:A

MP:B

力 :A

頑丈:B

器用:B

速さ:EX

魔力:A

運 :EX


《所持スキル》

剣技LV5 光魔法LV5


《ギフト》

全状態異常無効


(まぁ、あるわよね、ステータス。ていうか全体的に高い。EXって何?Aの上ってこと? 運がEXとは到底思えないんだけど……)


 何故だか、他人事のようにそれを見ていた。そして、注目すべきは速さEXだった。ギフトとやらも気になるが、一番気になるのはこれだ。


(これ、速さってことは逃げ足もこれに準ずるってことよね……。これ走って逃げれるのでは……?)


 そう思うが、今は流石に行動には移せない。何せこの王城(だと思う多分)の内部構造も把握してないのだ。捕まることは絶対にないが、追い詰められれば殺されるかもしれない。そう思えば行動に移すことはできない。


「ぜ、全状態異常無効だと!? それでは隷属させられないではないか!」


 あ、ついに隷属って認めた。というかやっぱりそうだったのか。これは確実にダメなパターンの勇者召喚だわ。


「れ、隷属って何ですか!? あたしに何をするつもりだったんですか!?」


 隷属って推測はしてたけど、一応主張はしとく。ほら、あたしか弱い女の子だし。


「陛下。先ほど拘束から抜け出したのも、おそらくその天恵かと。“束縛”という状態異常と見做されるのでしょう」


 女騎士さんがそう補足する。やば、そう考えるとあたしって無敵じゃね? 毒も効かないし、拘束もされないって誘拐とか絶対されないし、毒で変なことされることも絶対ないし。


「ぐぐぐぐぐぐ!!」


 国王が怒りの表情のまま唸り出す。ていうか、さっきからずっと怒ってばっかで疲れないのかしら。


「ええい! この女を地下牢に閉じ込めておけ!」


 国王がそう命令するが、女騎士さん始め、その場にいる兵士さんたちは戸惑いの表情だ。その表情が表す言葉は一つ


「どうやって?」


 そう、今のあたしを拘束することは誰にも出来ない。すなわち牢屋に連行するということが不可能なのだ。だが──、


「わかりました。大人しく連行されます。牢屋に案内してください」


 あたしは自分からそう言った。別にとち狂ったわけでもなく、ちゃんと勝算あってのことだった。“束縛”すら状態異常に含まれるなら、“投獄”という状態も状態異常に含まれるのではないか、と踏んだのだ。

 それに、国王の心中はあくまで奴隷化にこだわっているようだ。ここで心変わりされて、「殺せ」なんて言われた日には即座に終わる。

 そう考えると、自分から牢屋に入るのを志願した方が確実に生き残れる目がある。


「ふん、自分から牢に入りたがるとは殊勝な奴だ。おい、アイズ。牢に案内してやれ」


「はっ」


 さっきまで、戸惑っててロクに状況を把握できてなさそうなセリフしか吐いてないあたしが、急に殊勝なことを言い出したことになんの疑問もいだかない国王。こいつ愚王だな。間違いない。まぁ、異世界から召喚した勇者を隷属しようとした時点で愚王なのは明白だけど。


「……」


 そして、あたしは女騎士さんの後について無事投獄された。その道すがら女騎士さんは一言も喋らなかったが、あたしを投獄した後の表情を見るに、きっとあたしの画策していることには気付いているのだろう。

 にも関わらず、あの場で王に指摘しなかったのはこの人の優しさか。

 まぁ、もうこの国からおさらばするんで関係ないですけどね! さようなら女騎士さん。もう会わねぇよ!


 ちなみに、あたしの目論見通り牢屋からはなんの苦もなく脱出できたことを付け加えておく。その後、王城から脱出するのには一悶着あったのだが、それはまた別の機会にということで。


 ともかく、これで脱出完了! さて、これからどうしよう。


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