3.変わり者到来の予感
上下ジャージの宗玄さんはランニングでもしてたのか軽く息が上がっていた。ていうか、この人いつもカソック(って言うんだっけ? 修道士の服)着てる姿しか見てないから、こういう普通の格好してるの見るのは新鮮だ。
「宗玄さんもこんなところに来るんだな。ランニングでもしてたのか?」
「えぇ、定期的に運動はするように心がけていますよ。そちらは──」
「ちょっと外国人観光客に、二人で案内をしていただけだよ」
宗玄さんは一応「こちら側」の人間ではあるが、それでも異世界転移に関しては話してないし、広める気もないので、適当な言い訳でお茶を濁しておく。
「えぇ、そのようですね。燃えるような赤い髪が綺麗な女性ですね。一体どこの国の方なのですか?」
「勇人クン。この人は勇人クンの知り合い? 親しそうに話してるけど」
「に、日本語お上手ですね。下手したらネイティブより上手くないですか?」
アーミンの日本語の流暢さに驚く宗玄さん。こいつの世界の銀河は日本語が公用語らしいからな。ネイティブなのは当たり前なんだが。
「上手いも何も──、そうね『日本』は好きだから言葉を必死で覚えたのよ。とっかかりはホラームービーだったんだけどね」
取り敢えず、こっちの想定した設定に乗っかってくれるようだ。しかし、例の件をまだ根に持っているのか、ホラームービーの下りで責めるような視線をこちらに向けてくる。
「ホ、ホラー映画ですか。アニメとか漫画ならともかくホラー映画が始まりとは珍しいですね。お名前をお伺いしても?」
「アーミン・ブランケンハイムよ。そちらは?」
「なるほど、ドイツの方でしたか。私は白石宗玄。場末の教会で神父をやっております。お見知り置きを」
アーミンの自己紹介で勝手にドイツ人と誤解した宗玄さん。なるほど、アーミンの名前ってドイツ系の名前なのか。ドイツ語と言えばクーゲルシュライバーとかぐらいしか知らない俺だが、名前聞いて一発で国名当てるとか宗玄さん教養が深いな。
「あ、あたしは前島桜。勇人の彼女──」
「を自称してる不審者だ。こいつの言うことは話半分にお願いする」
「ちょっと!」
変な自己紹介をされる前に桜の言葉に割って入る。
「なるほど、勇人さんも苦労してそうですね。そうそう、勇人さんここで会ったのもなんです。ちょっとこちらへ」
そう言って、宗玄さんはアーミンや桜と少し離れた場所で俺に手招きをする。なんだ、なにがあるんだ?
俺が疑問に思って取り敢えず近づくと宗玄さんはさらに耳を寄せて内緒話をしてくる。
「以前こう言ったのを覚えていますか? 勇人さんの第七位階以上の古代魔法の秘密を求めて、協会の変わり者が来る可能性がある、と」
「そういえば言ってたな。……まさか」
「えぇ、先刻私の教会に挨拶に来ました。名前はレン・クロムウェル。一応勇人さんのことは当たり障りのないことしか言ってませんが、接触に気をつけてください。取り敢えず、しばらくは教会には顔を出さないほうが良いでしょう」
「忠告助かる」
名前がレンってことは女か。女率相変わらず高いなおい。まぁ、俺の写真とかが流出してるとは思えんし、教会を避けて行動すれば出会うことはないだろう。
「じゃ、俺はアーミンの奴を案内しなきゃならんので」
内緒話も終わったので、わざとらしく声を大きくする。
「えぇ、ではまた会いましょう勇人さん」
そう言ってランニングを再開する宗玄さん。しばらくすると見えなくなるので、その頃合いを見計らってたのか、桜が声をかけてくる。
「で、結局あの人誰?」
「俺に裏の仕事を割り振ってくれる、ここいら一体の魔法使いたちの管理者だよ。俺が結構稼いでるって言ったろ? あれ、あの人が紹介してくれる裏の仕事で稼いだんだよ」
「つまり私で例えるなら、ここら一帯のエスパーの元締めというわけね」
「そう言うこと」
アーミンの例えはどうなんだとは思うが、間違ってはいないので肯定する。
「てことは、『こっち側』の人なんじゃない。なんで内緒話なんかしてたの?」
桜はどうも自分達の目の前で堂々と内緒話をされたのが気に入らないらしい。ふくれっ面で抗議をしてくる。
「あの人には世話になってはいるが、異世界転移のことについては話してないし、お前らが関係者ってのもあの時点では分からないだろ。付け加えるなら、往来で堂々と裏の話を話すのもまずいだろ」
「ぐ……、それはそうだけど」
「まぁ、気にするな。内緒話の内容はごくごく私的なことだよ。別に話してもいいが、前後の状況知らない状況で話しても意味不明だろ。家に帰ったらじっくり話してやるよ」
まだ食い下がる桜に俺は大人しく話の内容を教えることにする。まぁ、大した内容じゃないし、それでこいつが大人しくなるなら安い必要経費だ。
「そんなことより早く公園を周りましょうよ。こんなに天然の自然があるなんて素晴らしいわ。空気も全然違うし、ムービーでは体験できないことだわ」
アーミンは見るもの全てが楽しいのか、とても生き生きしてるように思える。
「それにしてもこんなチャチな自然公園がそんなに楽しいかねぇ。宇宙時代とはいえ、未開の惑星ぐらいあるだろうに」
俺がふとそんな感想を漏らすと、アーミンはちっちっと指を振って否定する。
「分かってないわね、勇人クン。確かに未開の惑星に行けば自然があるかもしれない。でもね、そこは文明のかけらもないただの荒れ放題の自然よ。文明と自然が調和しているこの空間は本当に素晴らしいわ。人によっては管理された自然なんて自然じゃないって言うだろうけど、私には断然こっちの方がいいわ。文明の香りを感じる自然。あぁ、異世界って素晴らしい!」
なんかよくわからん感動のされ方をしてるが、アーミンが楽しそうならそれでいいか。
俺たちはその後はしゃぎ回るアーミンを宥めながら、自然公園を一周し、帰宅の途についた。
桜に関しては、内緒話の内容をバックグランド込みで教えてやった後に、家に帰してやった。向こうから連絡がない限り次に会うのは次の異世界行きだな。