5.炊き出し
「よし、麦飯炊飯完了.次は味噌汁だね」
「ちゃんと出汁とったか? え? 出汁とってる暇ない? しゃあない、出汁の素で妥協するか」
「勇人様、具はどうされます? ふむ、冷凍のサイコロ豆腐にカットわかめですか。これなら準備に手間要らずでいいですね」
「勇人さん、味噌はどれくらい入れれば良いですか?」
あの後、マザーに広い場所に案内され、そこで野外炊具を展開し、ネットショッピングで食材を買うや否や、炊き出しを開始した俺たち。
なぜか千春も手伝い出して、一緒に作業させてる。千春も料理経験はあるようだが、こんなに大量の食事を作った経験はなく、お互い手探り状態での料理だ。
桜? 桜は料理経験皆無とカミングアウトしてきたので大人しく待機させてる。メシマズかどうかすら分からない人間を厨房に立たせるわけにはいかない。
「うぅ、あたしも料理覚えないと」
なんて、向こうでいじけてる。
しばらくして麦飯と味噌汁が200人分完成する。惣菜に関しては正直作ってる余裕がなかった。汁物と主食だけで勘弁してもらいたい。
食器を1セット分ネットショッピングで買うと、横で千春がそれをコピーする。うん、コピー能力便利じゃあないか。
倍々ゲームで増えて行くので、あっという間に人数分の食器が調達できた。
あれ? よく考えれば惣菜1セット買ってコピーさせれば惣菜も調達できたのでは? と思ったが千春をあまり働かせすぎるのもアレなので今回は見送ることにする。
とりあえず、俺もこんなに大量の食事を一度に作ったことがないので味見をする。
「うん、普通だな」
出汁をちゃんととったわけじゃ無く、出汁の素で妥協したので味はそこまで美味しいというわけではない。
「そう? 美味しいと思うけど」
横で食べる専の桜が同じく味見をしてそう言う。
「俺的にはまだまだだよ」
「これでまだまだとか、どんだけ料理上手いのよ……、お、女としてのプライドががが」
桜が横でなんか言ってるが聞こえないふりをしておいてあげた。まぁ、俺としても彼女の手作り料理と言うのには憧れるので、是非とも料理の腕をあげて欲しいところであるが。
「はーい、並んだ並んだ。美味しい美味しい炊き出しだよー」
お玉とフライパン(結局使わなかった)をガンガンを合わせて音を立てる。
しかし、どうにも集まりが悪い。味噌汁の良い匂いをさせてるはずだが、集まりが悪いのはこれが食べ物の匂いだ、と言うことを知らないのだろう。
それを見かねて、マザーがまず最初に並ぶ。
「お一ついただけますか?」
「おう、じゃんじゃん食べてくれよな!」
麦飯のおにぎりを作り、味噌汁をよそうとその場でマザーが食べ始める。
というか、毒とかそういう警戒はしないのだろうか。いや、むしろ毒でないと言うことを自ら率先して食べることで証明するわけか。相変わらずの献身っぷりだ。
味噌汁を一口飲むと、マザーの目からつぅっと一筋の涙がこぼれる。
「これが……、これが美味しいと言うことなのですね。それに温かい……。す、すいません、みっともないところを……。ぐすっ」
そういいつつも、マザーの目からは涙が止まらない。ついにはぐずり出す始末。
やめろ、罪悪感が半端ないから止めてくれ。良いことしてるのに、泣かれると悪いことしてるみたいじゃないか。
「みなさん。これはヘルスバーとは違う食事です。ここにいるみなさんのために作られた、温かい食事です」
マザーがそう言うと、何人かの人間がふらふらと立ち上がり並び始める。並んでいる中にはさっきの戦士達もいた。
「よし、じゃんじゃん配るぞ。青龍、白虎、千春。どんどん握っていくぞ。あ、桜もせめて配膳だけは協力しろ」
「わかりました」「オッケー」「了解っす」「うん、わかった……」
そう言って、5人体制で麦飯を握り、味噌汁をよそい次々と食事を配っていく。そうして配っていくと、辺りからすすり泣きや一目も憚らず号泣する人たちが次々とでてくる。
やめろ、泣くな。感動して泣いているのは分かるが、泣いてるってだけで罪悪感が刺激されるんだよ!
あ、あの戦士達も泣いてる。ていうか号泣してるのってヴェラさんじゃねーか。
「うっ……ぐすっ……。美味しい、美味しいよぉ……。うわああああん」
主食も白米じゃなくて麦飯だし、味噌汁も出汁の素でだし、俺的にはイマイチな料理なんだが、それでこんなに号泣されるとは。高級レストランの料理とか出したら憤死するんじゃなかろうか。まぁ、俺の腕では到底提供できないが。
料理のチートとか一瞬思い浮かんだが、利用状況が極めて限定されるのでその考えは封印することにした。
「これで全員に提供できたか?」
「多分、全員だと思うっす。残ったのは俺らの分ですかね?」
「そうなるな、俺たちも食べるとするか」
「いただきますっす」
そう言って、俺たちも食事を始める。千春は味噌汁に麦飯を入れてぶっかけご飯にして食うみたいだ。
というか、青龍と白虎も普通に食事してるな。この前も確かに俺と一緒に保存食食ってはいたが、お前ら飲食不要じゃなかったっけ? ま、こっちが食ってなかったら向こうも気を使うから必要なことかも知れんが。
そうやって、俺たちも落ち着いて食事をしていると、マザーがこちらに話しかけてきた。
「ハヤト様。本当にありがとうございました。ボルトがこんなに笑顔で満ちたのは初めてです。ソルテアボルトを代表して感謝を。お礼の方なのですが、今夜私の部屋に来てください。鍵は開けておきますので」
「あー、さっきは言わなかったが礼の方はいらないぞ。というかそんな重い礼は受け取れません。今回のことはどう考えても俺の自業自得だからな。黙って施されてくれ」
と言うか、夜私の部屋にきてください、と言った時点で桜の視線がめっちゃキツくなったので勘弁してほしい。ハーレムは許容したと言ったがそれはそれ、これはこれってやつなのだろう。自分がまだなのにポッとでのやつに先を越されるのは我慢ならないという感じか。
「そ、そんな! ここまでしていただいたのにお礼の一つもできないようでは畜生にも劣る行為です! 私では不足ですか!? でしたら、ヴェラはどうでしょう? あの娘の方が好みというなら私から一言──、」
「ストップストップ。自分とこの戦士長を売らないの。だからそういう礼はいらないんだってば、どうしてもって言うんならさっきも言ったが情報だ。俺が一番欲しいのはそれだ。それを今後も提供してもらうことで対価としてもらいたい」
「し、しかし、もう既に私が渡せるような情報はすでに話してしまいました……。これ以上は」
「多分だけど、まだまだあると思うぞ」
「え?」
「そうだな、例えばだが、マザーの年齢が知りたいな。口ぶりからしてかなり長生きしてるんだろ? その長生きで見聞きした情報なんて値千金の価値があると思わないか?」
「私の年齢ですか? 100から先は数えていませんが1000歳は超えてるはずです。神になれば不老になりますので、年齢とは無縁の存在になります。しかし、私は世界が滅んだ後はほとんどボルトに篭りっきりでしたので、経験などは乏しく……」
「ほら、あった新情報。神は不老になる。あんたたちにとっては当たり前の情報かもしれないが、俺にとっては未知の情報だ。そういう“当たり前”をどんどん教えて欲しいわけだ。俺たちは無知な子供とでも思ってくれ。そんな感じで是非とも頼む」
「あ……、はい!」
そう言って嬉しそうな笑顔を浮かべるマザー。ふぅ、とりあえず重い礼は回避できたか。いずれこの世界を去ることを考えるとそんな重い礼は正直受け取れない。
まぁ、いずれこの世界を去るのになんで無神経に炊き出ししてるんだって突っ込まれるかもだが、そっちはほら、俺の不注意から生じた自業自得の結果なので。
しかし、この世界の絶望っぷりを考えると何かしら支援はした方がいいかなとは思うのだが。定期的な炊き出しはいずれ終わりが来る。ほんとどうしたもんかな。