4.この世界の情報
「ふーむ……」
長い、マザーの説明が終わり、俺は一つため息をつく。気づいたら千春君もソファに座って大人しくその内容を聞いていた。箇条書きでまとめるとこんな感じだ。
・この世界は大洪水によって一度滅んでいる。
・滅んでから少なくとも1000年は経っているとか。
・そして、いつの頃からか水からクリーチャーが発生するようになった、原因は不明。
・流体のクリーチャー、ビーストはそのうちの一体。基本的に物理攻撃は効かず、攻撃系の奇跡で持ってしか打倒することができない。
・俺が倒した不定なる者はアルファと呼ばれ、同じく水から発生した別種のクリーチャー。この世界の住人は主にこいつらを打倒し食料としているらしい。
・俺たちが轢き潰したアルファは無事めでたく、このボルトで食料となった。
・食料の生産はエコボックスと呼ばれる機械によって変換される。
・変換された食料はヘルスバーと呼ばれる棒状の食料になるらしく、それだけで生存のための栄養素を満たせるらしい。
・かつては、天空に浮かぶ浮島が存在しそこに移住していた人間の子孫が現在数々のボルトで暮らしている。
・奇跡という超常の力を持つ能力者は神と崇められ、各々戦士と民を持つらしい。(本人曰く、本当の神、真神ではないということ)
・水は基本的には奇跡によって生み出すしか手に入れる方法がなく、水の生成の奇跡が使えないとボルトの神にはなれない。
・地下水脈は? って質問したら、何それって言われた。地下水脈の存在が失伝したのか、地下水脈からもクリーチャーが出てくるから使えないのかは不明。
・雨は? って質問したら、雨は降るけどそこからクリーチャーが生み出されるので使い物にならないらしい。雨が降る時は狩りにも行けないとか。ここに来るまで雨降ってなくてよかった。
・ついでに、雨が降るとクリーチャーが大量発生するので雨上がりは地獄らしい。基本的に周囲からいなくなるまで籠るのだとか。
浅学と言う割には、かなり懇切丁寧に解説してくれたマザーには感謝しかない。と言うか、話してる口ぶりからして相当長生きしてそうな印象だ。神って言ってたからひょっとしたら不老なのかも知れん。
「なんというか、詰んでる世界だなー」
「だねー」
「ですね」
「あたしもそう思う」
「そっすね」
白虎、青龍、桜、千春君が全員で同意する。
「マザー。とりあえず情報提供感謝する。俺もいつまでここにいるかは分からないが、そちらが良ければしばらくここにいるつもりだ。その間戦力として手を貸してもいい。その対価に今後もこの世界についての情報が欲しい。お願いできないだろうか?」
「願ってもないことです。貴方ほどの強き神──、いえ神ではないのでしたね。ともかく、貴方が手を貸してくれるのなら万の味方を得た思いです。今後ともよろしくお願いいたします」
そう言って深く頭を下げるマザー。
後ろを見ると、ヴェラさんも頭を下げてきている。まぁ、トップにだけ頭下げさせて自分は下げないというのは印象悪いしな。俺は気にしないが。
「んで、ちょっとこっちの話をさせて欲しいんだが……。千春君はなんでこの世界に? 俺の方はいわゆる神様転生をしてここにいる状態だ。これで通じるか?」
とりあえず目下のところこの世界の主人公と目される千春君と話をしておきたい。今後の展開を考えるためにも重要なことだ。
「千春でいいですよ、勇人さん。あ、俺は敬語は割とデフォなんで気にしないでください。俺の方も似たようなもんですよ。トラックに轢かれたかと思ったら、神様みたいな人に出会って、チートをもらって「好きに生きろ」って言われてこの世界に、ですよ。でも、こんなポストアポカリプスな世界に放り込んで好きに生きろもないもんですよね。そう思いません?」
ふむ、聞く限りテンプレもテンプレな神様転生みたいだな。しかし、この場合の神様って何ものなんだろうね? さっき話題に出てた、真神とやらか? アドミンは俺にしか干渉ができないからアドミンでないのは確実だし。まぁ、そこら辺は考えてもしゃあないか。
「それはまぁ、同意する」
「確認しなかった俺も悪いですけど、普通異世界転生って言ったら剣と魔法の世界じゃないですか。それがこんなところですよ。文句の一つも言いたくなるってもんですよ」
「で、本題なんだが。神様からどんなチートを貰った? あ、言いたくなければ言わなくても──」
「俺のチートですか? 俺のチートはコピー能力ですよ。スキルとかにとどまらず物体もコピーできるってチート能力です。かなりのチートだとは思うんですけど、こういう物資とかスキルがそもそもない世界だと役に立たないですよね……。それを含めて神からの嫌がらせなのかな……」
俺は気を遣ったのだが、かなり食い気味に答えてくる千春。おいおい、初対面の人物に喋りすぎだろ、桜を見習え。まぁ、喋るように促したのは俺だけどさ。
それにしてもコピー能力ね。スキルをコピーできるのは俺のギフトと同じだが、違うのは物体もコピーできる点だろう。俺のギフトの完全上位互換と言って良いだろう。なかなかいいチートじゃないか。
「そうか、そっちも答えたなら俺も答えるのが礼儀だな。俺はネットショッピングのチートだ。地球のネットワークにアクセスして物を購入することができる」
本当はもうちょっとチートがあるけど、この世界に来る直前にもらったチートはこれだから、こう答えても嘘ではないだろう。
「うわっ、ずるっ! ずるいです! 俺もその能力欲しい! 地球製の品物が自由に買えるってことじゃないですか! 保存食でも何でもいいですから、なんか日本製の食事ください! もう、あのヘルスバーとかいうの食うのは嫌なんです! 日本円ならありますから!」
そう言って一万円札をこちらに差し出して、土下座する勢いで頼んでくる千春。そこまでするほどまずいのかヘルスバーとやらは。
横では、桜が「あー、その気持ちわかるわ。異世界の食事って基本まずいからねー」などと言って頷いてたりする。
「あー、ちょっと待ってろ……」
とりあえず、その半土下座状態をやめさせたいので、適当に某ブロック栄養食と飲むゼリーを注文して千春に渡す。
「ほら、こんなもんでいいか? あと、その1万円は引っ込めてくれ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
今後は両手を合わせてこちらを拝み始めた。やめろ、拝むのはヤメロ。
千春は、一心不乱にブロック栄養食と飲むゼリーを平らげる。あっという間に完食し、ほっと一息つく千春。
ふと、周りを見渡すと強烈な視線が俺に向いていることに気づいた。なんだ?
「ハヤト様、今のは一体……? それは食事なのですか?」
しまった。こいつら居たの忘れてた。千春に集中しすぎてマザー達の存在を忘れてた。千春が食べたブロック栄養食と飲むゼリーの空箱を全員で食い入るように見つめている。
「あー……。マザー達も食べます?」
俺はそう言いながら、もう一度人数分ブロック栄養食と飲むゼリーを出す。こういう時チャージ無限は便利だな。一応日本円も妖退治のバイトでそれなりには持っているが、流石にその資金では装甲車とか買うのは厳しいからな。
俺が出した食べ物を恐る恐る手に取るマザー達。包装を剥くのにも難儀していたようだが、無事食事を開始する。
「ーーーーーーー◆⭐︎△※★□!!!!???」
口にした瞬間、全員から得も言われぬ声が上がる。
あれ、おかしいな? ちゃんと翻訳魔法は機能しているはずだが、何言ってるか全然理解できない。
「こ、これは……これは一体。これが味という物なのですか?」
マザーが妙なことを言う。んな大げさなと思うが、そう言わせるほどマズイor味がしないのかヘルスバーとやらは。
飲むゼリーもブロック栄養食も普通の食事に比べたらそんなに美味しい物でもないはずなんだが。
「そんな大げさな」
「いや、大げさってもんでもないですよ勇人さん。あのクソ不味くて夢にみそうなヘルスバー食った後だと、こんなの天上の美味に思えますって。ましてやこの人達、ヘルスバー以外の食べ物多分食べたことないですよね。そりゃ感動で打ち震えてもおかしくないですよ」
「マジかー……」
今更ながらやってしまった感が強い。途上国において旅行者が現地の子供にジュースを上げようとしたら、「(贅沢な)味を覚えるから、上げないでください!」と親に拒否られたと言う話を思い出す。
俺がやってしまったのはそう言うことなのだ。地獄のような味しか知らないところに麻薬にも等しい天上の美味を与えてしまったのだ。
とはいえ、覆水盆に返らず。やってしまったことはしょうがない。今後の付き合いをどうにか考えなければならないが、今は横に置こう。
そう思っていたが、マザーに先に行動を起こされてしまった。
「お、お願いします! ハヤト様! この! この食事をこのボルトの住人達に分け与えてくれないでしょうか! このボルトの住人達はヘルスバー以外の食事を知りません! そのヘルスバーすら今は満足に与えれていない状況なのです! 恥知らずなお願いであることは重々承知しております! ですが、お願いします! 対価は……ろくに与えられるものはありませんが、この身を所望するならいくらでも! どうかお願いします!」
「あーあ、やっちゃったね、ご主人」
マザーが完全に土下座してこちらに頼むこむと、それを後ろから黙って見ていた白虎が声をかけてくる。
「言うな、俺も後悔してるんだから……」
「しかし、現実問題としてどうされますか、勇人様? この人のお願いとはいえ、あまり贅沢を覚えさせてしまってはここの人たちのためになりませんが」
「でも、正直助けては上げたいわよね。餓死寸前みたいな見た目を放っておくのは後味が悪いというか……」
青龍と白虎は反対より、桜は支援に賛成といったところか。
「いやもうここまできたらやるしかないだろ。炊き出しだ炊き出し。適当に大鍋でもネットショッピングで買って──」
「あ、ご主人。買うんだったら野外炊具1号改を買ってよ。一品物じゃないからあるはずだよ」
「野外炊具? まぁ、よく分からんがお前がそう言うんだったらそれを買おうか」
白虎のいう通り、野外炊具とやらを検索する。1号と1号改、2号とかがあったのだが、
「なんか、これ車輪ついてるんだが?」
「そりゃ、自衛隊の車両だからねそれ。まぁ、自走能力はなくて牽引するやつだけど」
自衛隊のかよ! 装甲車の時といい、お前自衛隊好きだな。まぁ、炊き出しの機能はあるようなので、それを購入。展開は──
「マザー、どこか広い場所はないか? そこで食事を提供したい」
「は、はい!」
そうやって顔を上げたマザーは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
うーん、心が痛い。