0.絶望の世界
side ???
「戻ったぜ、マザー」
地上へとつながる階段から私の戦士長ヴェラが戻ってきた。
手にはアルファの死体があり、なんとか1体確保できたようだ。
「お疲れ様です、ヴェラ」
アルファを1体確保出来たことで、ヴェラにねぎらいの言葉を述べる。
「これで、しばらくは持ちますね」
「だがよぉ、1体程度じゃたかがしれてるぜ。ただでさえ無駄飯ぐらいが増えたってのに、このペースじゃ俺たちも餓死するぜ?」
「申し訳ありません。あなたには苦労をかけますね」
「もう一度雨なんか降ったりした日には、俺たち全員お陀仏だ。今のうちにあの無駄飯ぐらいをなんとか追い出したほうがいいんじゃねぇか」
先ほどからヴェラが言ってる無駄飯ぐらいとは、先日私たちが拾った男性のことである。地上で、アルファに襲われていたところをなんとか救ったのだが、言葉が全く通じなかったのだ。
それだけでも怪しい人物なのだが、さらに怪しかったのは随分と小綺麗な格好をしていたことだ。
こちらはボロボロの薄汚れた衣服しかないのに、その男性はまるで“洗濯でもした”かのように綺麗な服装だったのだ。
この崩壊した世界において、水はとても貴重だ。崩壊前にできていたと言う洗濯ができるような人物など怪しいことこの上ない。
だが、そこまで水が潤沢に使えるボルトの存在には興味があった。ゆえに、周りの反対を押し切って彼を我がボルトに迎えることにしたのだが、言葉が通じないという問題があった。
一度受け入れると決めた以上、それを撤回することは出来ず、彼を受け入れることにしたのだが、言葉の壁は厚い。
それ以外にも彼には謎が多かった。
彼になけなしのヘルスバーを与えても、最初は吐き戻してしまったので、思わずヴェラが蹴りを入れてしまったぐらいだ。
その様子に、もしや彼はヘルスバーを今まで食べたことがないのだろうか。そう思ってしまう。ますます、彼の正体が気にかかる。
洗濯に使えるほどの水があり、ヘルスバーに頼らない食事ができるボルト。
あぁ、そこはなんという楽園なのだろうか。ひょっとしたら浮島がまだ機能していてそこから落ちてきた人なのかもしれない。
どちらにせよ、彼の正体が分かれば少しでも裕福な生活をこのボルトの住人たちにさせて上げれるかもしれない。その期待がある以上彼を放り出すことはどうしてもできなかった。
それに何より──、
「いけませんよ、ヴェラ。彼は哀れな迷い子なのです。そんな彼にも手を差し伸べる。それが私のこのボルトでの神としてのあり方です。あなたにも経験があるのではなくて?」
「ちっ」
彼女も私が拾ってこのボルトで育てた人間だ。私にそう言われるとそれ以上何も言えないのだろう。舌打ちをするだけで反論はしてこなかった。
「マザー。あんたのその姿勢には感服するし、それに助けられた奴も大勢いる。だが、それでも無い袖は振れないってやつだ。先立つ物がないとこの先やっていけねーぞ」
「分かっています。次の狩りには私も同行しましょう。攻撃系の奇跡はあまり使えない私ですが、それでもビーストが相手なら逃げるぐらいの時間は稼げます。安全策で行きましょう」
「安全策って言うんなら、マザーが来てくれないのが1番安全なんだがねぇ」
ヴェラはそういいますが、それでも私が狩りについて行くことのメリットを考えると反対はできないのでしょう。
「では、次は私とヴェラ、アレンにステファン、ニコラの5人で狩りに参りましょうか」
「了解。準備しとくぜ。雨が降られる前になんとか1体でも多くアルファを狩らないとな」
ヴェラはそう言ってアルファを引きずりながら退出する。
私はその様子を見送ると、例の彼の元に行くことにする。
依然言葉は通じないが、定期的に様子を見ておかないと、言葉が通じない以上何をするか分からないからだ。
「こんにちは、ごきげんいかがですか?」
『lgkauwhgg……』
まただ、訳の分からない言語で話される。やはり彼と意思疎通は無理なのだろうか。
いや、そんなことはない。言葉は通じなくても身振り手振りだけでも何か通じるかも知れない、私は諦めずになんとか意思疎通を図ろうとするが、
『ghauwkgkw』
一言何か呟くと、それっきり彼はうつむいて言葉を発することはなかった。
「ダメですか……」
彼はこのボルトに来た頃こそ元気だったが、今はこうやって俯いているばかりだった。なんとか彼の元気を取り戻させて上げたいのだが、言葉が通じない以上それも難しいのだろう。
「マザー、準備ができました。行きましょう」
彼との意思疎通をなんとかしようとしていると、アレンが私を呼びに来た。
「わかりました。狩りに向かいましょう」
そう言って私は、彼を置いて狩りに向かう。
さて、この狩りで少しでも稼いでなんとか食いつながなければならない。
真神よ、今日だけは雨を降らさせないようお願いいたします。