2.帰還者前島桜
side 桜
家に無事帰れたあとはそれはもう大変だった。家族は泣きながらあたしに抱きついてくるし、警察にも連絡することにもなるしでもうてんやわんや。
こりゃ、勇人のいうとおり一緒に帰らなくて正解だったわね。大変なことになったであろうのは想像にかたくない。
しばらくは、今までどこに行ってたんだと詰問の嵐だったけど、そこはその間の記憶がないとでも言って誤魔化しておいた。流石に異世界に召喚されてましたなんて言ったらもれなく黄色い救急車のお世話になってしまう。
流石にそれはアレなので、記憶がないで押し通すことにした。家族は少しばかり不審に思っていたようだが、あたしに話す気がないのがわかるとそれ以上追求はしてこなかった。
さて、そんなこんな色々あったが、ようやく帰ってこれた地球だ。今は夏休みも終わりかけの頃合いだから、学校には行かなくて済むが夏休みが明けたら学校に復学しないといけない。
それよりも目下の問題は──、
勇人と連絡を取る手段がないということだ。いや、本当ならあの場で連絡先の交換をしておきたかったのだが、勇人がいうように同じ地球じゃない可能性もあったし、それ以前の問題としてあたしのスマホの電源はとっくに切れていたので交換のしようがなかったというのはあるが。
うーん、会いたいなー。早く会いにきてくれないかなー。あたしはしばらくをそんな感じで悶々と過ごしていた。
side 勇人
「さて、桜の家の前に来たはいいが……」
どうやって誘い出すか。俺の今の心境はそれに尽きる。
正面から尋ねる? 行方不明から帰ってきた少女を尋ねる見知らぬ高校生。俺なら警察呼ぶね。
透明化して家に入る? いい案かも知れないが、桜にバレた時に軽蔑の目で見られそう。それに見てはいけないもの(着替えとか)を見てしまいそうだ。却下。
「マジでどうするか……」
異世界に行くまであと1日。今日誘わなければ異世界に行ってしまうので今日のうちに誘いたいのだが、誘う難易度が高い。くそっ、なんとかして連絡を取る方法考えておくべきだった。
「あ、勇人! 来てくれたんだ! うんまぁ、あんた約束は守る男だからね。心配はしてなかったけどね!」
そうやってまごまごしていると、後ろからいきなり声をかけられビクッとする。が、すぐに聞いたことある声を思い直し振り返る。
「驚かせるな……。こっちはあからさまに不審者ムーブなんだからいきなり声かけはビビるぞ」
振り返った先にいたのは正しく桜だった。うん、ちゃんと元気そうだな。安心した。
「あはは、ごめんごめん。ちゃんと迎えにきてくれてありがとう。で、元気してた?」
「それはこっちが聞くべきことだと思うがな。まぁ、元気だよ。で、約束通り迎えに来たんだが」
「あー……」
俺がそういうと、桜は視線を泳がせ目を逸らす。
「それなんだけど、ちょっとしばらくは無理かなーって。ほら、行方不明から帰ってきたばっかりじゃない? それが行先を告げるとしてもまた行方不明はどうかなって」
「あぁ、その点は大丈夫だ。管理者からそういうのに便利なアイテムを貰ってきてる」
そう言って俺はアイテムボックスから固定化の指輪を取り出す。
「こいつは固定化の指輪。身につけていれば異世界に行っている間、地球での時間が経過しないというアイテムだ。俺はその能力をデフォで貰っているから心配ないが、お前は違うだろ? だから、これがあれば自由に異世界旅ができるってわけだ」
「そ、そうなんだ……」
ん? 嬉しそうにするかと思ったら、なんか歯切れが悪いな。よく見ると顔も赤いし、なんだ?
「じゃ、じゃあ、それ付けてくれる?」
そう言って、モジモジしながら左手を差し出してくる桜。おい、待て。この状況って。
「待て、勘違いするな。これはそういう指輪じゃない」
「わ、分かってるわよ。でも、そういう雰囲気を味わいたいの。つけるぐらいいいじゃない。ほら、付けてよ」
はぁ。俺は短く嘆息すると、仕方なく。本当に仕方なく左手に薬指に嵌めてやることにした。
「っ……、えへへ」
桜ははにかむと薬指にはめた指輪を愛おしそうに撫でる。
はぁ、まだ付き合ってもいないのにこれでいいのか? まぁ、桜が満足そうならそれでいいか。
「じゃ、明日には異世界に行くから、それを伝えに来たんだ。異世界に行ってから改めて迎えにくる」
「うん、わかった。あ、じゃあ連絡先の交換……はする意味ないのか」
「いや、意味あるぞ。どうやら俺の地球とお前の地球は同じ地球らしいからな。この前帰ってきたときにそれは確認済みだ」
「ほんと! じゃ、早速交換しましょ!」
さっき落ち込んだかと思えば、次の瞬間には喜びの表情を浮かべる桜。喜怒哀楽が激しいやっちゃな。
「じゃ、今夜お話ししましょ! 寝落ちは許さないからね!」
そう言って、喜色満面で俺と別れ、家に入っていく桜。
今夜お話しって何するんだ? そう思った俺だが、その夜にここで止めておかなかったことを後悔する。
夜のべつまくなしにトークアプリから送信される桜からのトークに俺は辟易しっぱなしだった。
これが、現役女子高生のマシンガントーク……。適当な返事を返すわけにもいかず、きちんと返信を返す俺。
トークが終わりを迎えたのはとっくに日付が変わり、深夜になってからだった。
くそっ、昼間の俺の軽率さを殴りたい。




