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領地での生活は何事もなく過ぎていった。そう何事もなくだ。
レヴァンは焦っていた。あの令嬢が辛そうなそぶりなど全く見せず、王都へ帰る気などないように見えるからだ。
辺境の生活が楽なようには思えない。屋敷こそ国王陛下が用意しただけあって立派なものだが、それも豪奢というよりは要塞で飾り気など全くなかった。さらに僻地だけあって娯楽と呼べそうなものは何もなく、流行りのものの菓子やドレスも手に入らない。
こんな生活は王都で育ったご令嬢にはさぞ辛いだろうと思ったのだが、あの公爵令嬢は屋敷の中を整え、あっというまに居心地の良さそうな空間に作り上げた。
今の彼女の生活と言えば、午前中に屋敷の仕事、午後は自分と一緒に領地の仕事をし、夜には貴族や領地のことを自分に教えるというなんとも大変な生活をしている。
思わずレヴァンは令嬢に問いかけてしまった。
「君はこの生活は辛くはないのか?君にとっていいことは何もないだろう?」
「辛いと思ったことはありませんわ。私にとっていいことがないとは?」
令嬢はきょとんとした顔でレヴァンに問い直した。
「俺は君に手伝ってもらってばかりで何も返せていないだろう…」
「私、愛するということがどういうことか沢山勉強してきましたの。その中にこんな言葉がありましてよ。愛するということはお互いの良いところも悪いところも分かち合い助けあうことだと。」
「つまり、オックスブラッド様が苦手なところは私が補い、私が苦手なことはオックスブラッド様が頑張ってくれたらいいんですの。一人で完璧になる必要はありませんわ。だから何か返す等と気にしないで下さい」
「…ありがとう」
令嬢は面白いことを考え付いたというような様子で
「もし私のことを考えて下さるなら、私のことをアイビーと呼んでくださいませ」と悪戯気に笑った。
その笑みにドキッとしながら「承知した。俺のこともレヴァンと呼んでくれ」というと
「ありがとうございます!お互い名前で呼び合うなんてなんだかとっても”愛してる”って感じですわね」とアイビーは嬉しそうに笑った。
それからというもの二人の距離は更に近づいた…と思う。どうにも自信がないのはレヴァンが昔、婚約者に逃げられたことがあるからだ。それもあって、この年齢まで結婚してこなかったのだ。
何年か前に隣国と戦争がはじまり、泣きながら見送ってくれた婚約者はレヴァンが武勲をあげて戦いから帰ってくると自分を怖がり近づかなくなった。それどころか他に男を作り、そいつと駆け落ちしてしまったのである。
それから半ばやけくそに戦い更に武勲を上げ、辺境伯になり婚約者までもらうことになるとは思いもしなかったが。
アイビーは元婚約者とは比べ物にならないくらいのお嬢様だと思うのだが、俺が鍛錬していても嫌がらないし、顔の傷も怖がらない。
しかしアイビーもやっぱり俺のことを愛せないと言って去ってしまうのではないかと心の奥で思ってしまうのだ。
仕事の休憩中にふと思い立って聞いてみる。
「俺に鍛錬してほしくないとか戦ってほしくないとは思わないのか?」
「私、レヴァン様が鍛錬しているとことを見るのは好きですわ。うーんレヴァン様が怪我をすることを考えると戦ってほしくないとは思いますけれど、何故そんなことを?」
「鍛錬や戦いなど野蛮だろう。令嬢は好まないのではと思ってな」
「レヴァン様が戦ったのは国の為ですわ。貴いことです。野蛮などと思うはずもありません。それに鍛錬はレヴァン様もお好きでしょう?レヴァン様が楽しそうにしてると私も楽しくなってきますの」
「…そうか」
自分が楽しそうだとアイビーまで楽しくなるというなんて、とんでもない口説き文句だと思うのだが言った本人は何も分かっていないらしくケラケラと笑っている。
アイビーはやっぱり普通の令嬢と少し違うと安心すると同時に自分のことについて話すことにする。
「アイビー、食事のあと少し話したいことがあるのだが…」
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