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レヴァン・オックスブラッドは最低な気分であった。
なぜなら突如辺境伯の爵位と領地を与えられ更には婚約を言い渡されたからだ。爵位と領地についてはまだよい。この度の武勲で何かしら貰うことにはなるであろうと予想していた。しかし婚約とはなんだ婚約とは。
国王陛下から何の前触れもなしに言い渡されたそれは到底受け入れられるものではなかったが、表立って反抗するわけにもいかず、ひとまず受け入れるしかなかった。
そうしてやってきた顔合わせ。
レヴァンは婚約者である令嬢に目をやった。アイビー・ロータス、公爵家のご令嬢。母親は国王陛下の姉であり、つまりは陛下の姪であるというまさに令嬢の中の令嬢、また大きな緑色の瞳に淡いピンク色の髪の毛。まるで春の妖精のような可憐な令嬢である。
それに比べて自分は今でこそ辺境伯であるが、もとは子爵。武勲を上げて爵位を得た成り上がり。マナーも気品も貴族としては最低限しか身に着けておらず、自信があるのは武芸の腕のみ。髪は黒で瞳は血のように赤い。おまけに顔には大きな傷がある。更には令嬢との年の差は10才もある。
ご令嬢から見たら自分はさぞがさつで野蛮に見えるだろうと思った。また、このご令嬢が婚約解消を言い出すであろうとも。
しかしながら、その予想は覆される。
なぜならその令嬢はすこしおかしな令嬢だったからである。
「私、あなたを愛することにしましたの」
鈴の音が転がるような可憐な声で令嬢が言った言葉にレヴァンは面食らった。
「初めて会ったのに、俺を愛するなんて無理だろう」思わずそう言うと令嬢は至極真面目に
「でも私、人を愛してみたいんですの。しかし婚約者がいながら他の人を愛するなんて問題でしょう?ですから、あなたを愛することにしたんですの」と言い放った。
「愛することを決めて人を愛すなんて聞いたことがないが」
「それはしょうがないですわ。だって私、人を愛するってどんなことだか分からないのですもの。でも私、人を愛してみたいのです」
「俺を愛せなかったらどうするつもりだ?」
「まだ愛してもないのに愛せないかどうかは分かりませんわ。」
レヴァンはため息をついた。顔合わせをすれば令嬢が婚約解消を言いだし、この話はなくなると思っていたのだ。
これは思った以上に面倒臭そうなことになりそうだと思った。
ところが実際には面倒どころではすまなかった。なんとその令嬢と今から一緒に領地で暮らせというのだ。
1年の婚約期間を経て結婚式という、最低限の婚約期間を経て結婚させたいという意図が見え見えなのはまだよい。しかし婚約期間でありながら一緒に暮らすのはいかがなものかと申し出たのだが、令嬢は気にしないどころか好機とばかりに喜んだ。
「私気にしませんわ。一緒に住むのが早いか遅いかだけですもの。それにあなたを愛するにはちょうど良いですし。オックスブラッド様も私が一緒の方が役に立つと思いますの」
「役に立つとは?」
「私はマナーや貴族の力関係だけでなく領地経営についても勉強して参りました。きっとお力になれますわ」
そう言われると、断れない。下位貴族であった自分には確かに知識が足りないのだ。
領地経営についても教えてくれそうな人物を国王に派遣してもらえるように頼むつもりであったが、これでは紹介してもらえないに違いない。
一緒に暮らせば、この令嬢は僻地での暮らしなど耐えられずに逃げだすに決まっている。それまでの辛抱だと思い、レヴァンは令嬢と共に領地へ向かうことになった。
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