2.人に相談して頼ることにした
神様が来た翌日の昼。
わたしは、カフェで友人の園子を待っていた。
園子は、高校からのわたしの親友で、今はホテルでウエディングプランナーの仕事をしている。
普段なら土曜日は仕事で捕まることはないのだけど、ダメ元で朝連絡したら、「今日はオフ。久々に会おう」と返事が来て、お昼を一緒に食べることになったのだ。
流石は勇気と幸運のネックレス。
普段だったら、「どうせ忙しいだろう」と、躊躇して連絡すら取らなかっただろう。
神様のアイテムの効果は抜群だ。
早目に行ってお茶を飲みながら待っていると、待ち合わせ時間ちょうどくらい「久し振り!」と園子が現れた。
フワフワの髪の毛に、可愛らしい服。
高校の頃は、わたしと同じオタク系女子だったのに、彼女はすっかり可愛く綺麗になっている。
「お待たせ! 注文した?」
「うん。早く着いたから先に飲み物だけ」
わたし達は、本日のランチを注文すると、おしゃべりを始めた。
「美月から連絡なんて珍しいよね。何か相談ごと?」
「うん。……ええっとね」
わたしは、言い淀んで下を向いた。
今回、ちょっとはマシな外見になりたいと園子に相談したかったのだけど、いざとなると言い出しにくい。
でも、そんなこと言ってる場合じゃないよね。
わたしは、服の下にあるペンダントをそっと上から触った。温かい感触が、勇気をくれる気がする。
わたしは、思い切って顔を上げて言った。
「あのさ。わたし、もうちょっとマシな感じになりたいんだ」
「マシな感じ?」
「外見って言うか。ほら、わたし、高校の頃からずっとオタクっぽいっていうか。垢抜けないじゃない? だから、その、もうちょっと、その、服とか髪型とか変えて……園子みたいに可愛くなりたくて」
わたしの言葉に、園子が目を丸くした。
「え? どうしたの? いきなり? なんかあったの?」
「ええっと……、その、昨日部屋を片付けてたら、急に思い立ったというか」
まさか神様に1年半後の死亡宣告をされたとも言えず、しどろもどろの説明をするわたしを見て、園子はピンときたような顔をした。
「もしかして、会社でなにか言われたとか?」
「あ、うん、まあ、そんなところかな」
わたしが曖昧に誤魔化すと、園子が怒ったような顔をした。
「まったく、ひどいよね、そっちの会社の人。美月のことなんだと思っているんだろう」
「まあ、それはわたしも思う」
色々聞かれると思いきや、美月は何も聞かず、ボソッと言った。
「そっか。それで、見返したいと思ったのね」
今回の件に会社の人は無関係なのだが、そうしておいた方が無難な気がして、わたしは頷いた。
園子は少し考えるように黙ると、ゆっくり尋ねた。
「わたしはウエディングプランナーだから、キレイになる方法は色々知ってると思う。でも、キレイになるってそれなりにお金と努力が必要なのよね。そこんとこ、どう考えてる?」
今まで園子は、わたしを綺麗にしてくれようと、あれこれ提案してきてくれていた。
それを、わたしは「努力とお金がもったいない」と、全部断って来ていたのだ。
でも、今のわたしは前のわたしとは違う。
「うん。努力もお金もかけるつもりだよ」
「予算って聞いて良い?」
さすがはウエディングプランナー。まずは予算から入るのね。
わたしは、軽く息を吸って答えた。
「100万円」
「……は?」
「少ない? なら200万円」
園子が、笑顔のまま固まった。
ちなみに、神様の言っていた軍資金は、朝ちゃんと銀行に振り込まれていた。
2つの口座に2500万円ずつで、計5000万円。
記帳された通帳を見たときは手が震えた。
どうやらあの神様は、相当な太っ腹らしい。
お陰で、奨学金を耳を揃えて返せるし、残りを一年間で使い切ると思えば、ほとんどのことができる。
しかし、そんな事情を知らない園子は、わたしがヤケになっていると思ったらしく、急にガシッと肩を掴んできた。
「あのね。貯金は大切なのよ。そんなに使ったら、いざという時に危ないじゃない! ちゃんと今後のこととか考えてる?!」
「いいの。わたし、本気で変わりたいの」
園子は悩むような顔をしてわたしをジッと見た後、決心したように言った。
「分かった。じゃあ、ちょっと待ってて。ヘアサロンの予約とか、色々確認してみるから」
*
1時間半後。
わたしは、お洒落なヘアサロンの大きな鏡の前に座らされていた。
「あらあらあ。随分痛んでるのね。毛先パサパサよ。こうなると、毛先は切らないとダメね。カラーはどうする?」
「髪の色は元々茶色っぽいし、今日はとりあえず、このままで」
「じゃあ、全体的に軽くしてパーマかけましょうか。手入れも楽になるわよ」
園子とスタイリストのお姉さんが、後ろでわたしの髪型を相談する中、わたしは鏡越しに店の中を見回した。
自分では絶対来ないようなお洒落な隠れ家的サロン。
いつも行っているカット3000円の人がいっぱい待っている雑然とした店とは大違いだ。
園子は自分も髪を切るつもりらしく、わたしの隣の席に座った。
「今日は、とりあえず髪型変えるわよ」
「あ、ありがとう。よろしくお願いします」
「いいのよ。こういうのって、思い立ったが吉日って言うでしょ。でも、運が良いわよね。このヘアサロン、当日予約なんて出来ないのに、たまたまキャンセルが出たんだって」
わたしは、そっと神様のネックレスを押さえた。
幸運のネックレスの威力は、どうやら凄いらしい。
客はわたし達2人だけだったので、園子とわたしは並んで座りながら、これからについて相談した。
園子は、わたしの顔をマジマジと見て言った。
「あのさ。メイクってどうしてる?」
「ファンデーション塗って、眉毛描いてる」
「なんか見てやってる? それとも自己流?」
「昔、化粧品カウンターに座ってるお姉さんに教えてもらって、その通りにしてる」
すると、後ろからスタイリストのお姉さんの声がした。
「それって、8年前くらいじゃない?」
「そうです!」
「だよね。その眉毛の感じとか、8年前くらいに流行った感じそのままだもん」
わたしは、鏡越しに園子とお姉さんの眉毛を見た。言われてみれば、2人の眉毛は結構太い。
もしかして、わたしって、流行おくれの細眉だったってこと?
すると、スタイリストのお姉さんが遠慮がちに口を開いた。
「もしも、もしも良ければ、わたしの友達を紹介するわよ」
お姉さんの話では、その人は結婚を機に「おうちサロン」を開業した、元美容師のエステティシャンらしい。
「メインはエステだけど、メイクも教えていてね。綺麗になりたいんだったら、かなり良いアドバイスをしてくれると思う」
「林さんが言うんだったら、間違いなさそうですね」
「ええ。腕も人柄も確かよ。大手のエステみたいに無理に契約とかないし、初心者には良いと思うわ。それに、最近ちょっと色々あるみたいで。だから、お互いに良い影響を与え合えるかもしれない」
*
その翌日、わたしはお洒落なマンションの下に立っていた。
いつもだったら、こんなお洒落な場所は気後れするけど、ネックレスと髪型、それに園子に選んでもらった服のお陰で、今日は勇気100倍だ。
ちなみに、髪型はビックリするくらい可愛い髪型になった。パーマで毛先をクルンとさせて、全体的に軽くしただけで、こんなに垢抜けるなんて思わなかった。
わたしが鏡を見て驚いた顔をした時の、園子とスタイストさんの嬉しそうな顔が忘れられない。
「ふふふ、どう? 可愛いでしょ?」
「似合ってるよ。美月。すごくいい! ばっちりよ!」
褒められ慣れてないせいで恥ずかしかったけど、2人の言葉は、わたしの心に少しだけ自信をくれた。
*
マンションのエントランスに入ると、わたしはインターフォンを鳴らした。
「はあい」
「あの。佐藤美月といいまして、佐々木さんから紹介を・・・・」
「はあい。待ってましたよ。どうぞ、お入り下さい」
自動ドアが開いて、わたしは中に入ると、5階まで上がって部屋のインターフォンを押した。
すると、ドアが開いて、びっくりするくらい綺麗な女の人が出て来た。
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
「よ、よろしくお願いします」
家は広々して良い匂いがして、何もかも素敵だった。
気後れしそうになり、わたしはペンダントをグッと握りしめた。
白を基調とした部屋に通されると、椅子を勧められ、良い香りのするお茶を出された。飲むと、少しリラックスした気分になる。後から聞いたら、カモミールのハーブティらしい。
女性は、「流川佳代よ」と名乗ると、カルテのようなものを持って、わたしに尋ねた。
「ええっと、スタイリストの林さんから色々聞いてるけど、キレイになりたいんだって?」
親しみやすい彼女の態度に、わたしは自覚していなかった本音を話していた。
彼氏に便利に使われて悔しかったこと。
会社で「暗い」「デブ」「ブス」などの陰口を叩かれながら、仕事を押し付けられるのが嫌で仕方ないこと。
人の顔色ばかり窺って、自分がないと感じていること。
どうしても自信が持てず、すぐ諦める自分が嫌なこと。
おおよそ、キレイになりたいとはかけ離れているけれど、流川さんは黙って聞いてくれた。
わたしが話し終わると、流川さんがカルテをパンと閉じて言った。
「よく分かったわ。まずは、3ヶ月。外見を整えましょう。外見を変えれば、中身も付いて来るものよ。大丈夫よ。変われるわ」
こう言われて、わたしはようやく気が付いた。
わたしは、ずっと自分が嫌いで、自分を変えたかったんだ。
その日から、わたしは週1回彼女の家に通うことになった。
口座のお金を間違えてました。
教えて頂いてありがとうございました。m(__)m