#1
この物語には実際に存在する場所が登場しますが、登場人物についてはフィクションですので予め承知したうえで物語をお楽しみください。
6時38分に伊那市駅に着く電車が出発した。朝早くだというのに乗っている人が多い。伊那松島までワンマン運行するこの電車が茅野に向けて加速を始める。別に私はこの伊那市から乗るものではない。定期券には”宮田 上諏訪”と書かれているし、友達のために席をとっているし(本当はいけないことだが、この日は老人も妊婦さんもいなかった)、宮田に電車が到着した時にはもう席がほとんど空いていなかったことを知っている。
私は、諏訪の扇状地にある高校に通う高1の学生、山梨大樹。少なくとも英語と理科は得意ではない、音楽部で歌っている16歳だ。現在10月2日、誕生日は5月7日。普段一人称は「俺」だか「ぼく」で、文章を書くときはどうしても「私」になってしまうが、これは私の性とスティーブン・キングの「スタンド・バイ・ミー」の読みすぎせいだ。自分の名前の漢字を覚えながら「私」の字を覚えていた。S・キングのせいで早いうちから皮肉を覚えることもできた。時々変な目で見られることもある、田舎暮らしの高校生だ。この文章は、私の一種の日記のようなものだと思って書いている。
さて、伊那市駅の狭く小さい、灰色のホームを抜けるとまずツタとか雑草とやらでまみれた、これまた小さなビルや崩れかけの木造建築が左に見える。その先には少し整っている、つぎはぎの家がやや高く、そして広く並んでいる。「レトロな街 伊那」、なるほど。確かに古めいた雰囲気だ、と、学校に通い始めた頃は思っていた。どうやら街の方とは考えていたことが少し違うようだったが、伊那市の商店街の、特に伊那市駅前にある塾から家に帰るときの、10時っ頃の商店街のあの飲み屋街の明るさが好きだ。「Always 三丁目の夕日」のようだといえば伝わるだろうか。あの大衆食堂のような橙色だ。
電車が走ると一瞬の間に景色が変わっていくが、伊那市・伊那北間は特にその変化を感じるだろう。気づけば先ほど述べた飲み屋街の早朝。そして小さな薄暗い、輩がうろつくと噂の商店街。もうとっくに中華料理屋の看板が見えたと思えばそこはもう、伊那北駅だ。駅前にはおいしいケーキ屋さんがある。ここで先輩が乗ってくる。
飯田線を利用して登校している生徒たちの間ではしっかりとしたコミュニティがあって、先輩後輩そろって仲がいい。(同学年同士は知らないが。)
そういえば、いつもなら伊那市駅から乗ってくる同級生がまだ来ない。なんやかんやで仲のいい
中3の後輩たちは乗ってきているが、そいつだけ来ていない。どうしたのだろうか、風邪だろうかと思っていたら思い出した。「仕事があるから一本早いので行く」とLINEで送られてきていたのだ。それならこの席もあの子達にあげようと、私は俗にいうボックス席を立った。2両目も1両目も空いている席はどこにもない。