第玖話【捕食者】
荒野で二人の男が向かい合っていた。
太陽が彼らを照らしている。
「部下って……どういうことだよ!?」
尽は海堂を問い詰める。
「そのままの意味だ。こいつらは俺の命令で動いているんだ」
「じゃあ、俺が襲われたのもお前の指令だったってことか?」
「……そういうことになる」
「なっ!?」
訳が分からなかった。
あの夜の出来事を仕組んだのも、全て海堂なのか……?
尽が考えあぐねていると、海堂が口を開いた。
「いまこの国は大変なことになってる。お前の持つ【火】の玉のせいでな」
「この玉が……?いったいなんだってんだ!俺はこれを父さんに渡されただけでなにも――」
ふと、尽にある疑問が思い浮かんだ。
そうだ、これだけは聞いておかねばならない。
「お前は、【火】の玉を持っていたのが俺だと知っていたのか?」
「……いまさら信じてくれと言うのも虫の好い話だが……俺があの時得ていた情報は、あの日あの時間に【火】の玉の持ち主が来るってだけだった。まさか尽、お前だとはな」
海堂の口ぶりからすると、端から尽を殺しに来たわけではないらしい。
「……じゃあ、どうして【一】の玉を知っていた?」
「それは、お前が剥き出しで玉を持っていたからだ」
海堂は俯き、会話しながらも尽と目を合わせようとはしない。
「はじめは見間違いだと思った。この18年間、お前にそんな予兆は感じなかったからな。……それでも、公園で修業をしていたお前を見かけて、信じざるを得なかったんだ」
海堂は弁明をした。
暗い顔をしている海堂に追及する気は起きなかった。
「しかし、そうだと分かっても、俺はどうしてもその玉を手にする必要があったんだ」
「……どういうことだ?」
神妙な顔をして話す海堂に、尽は静かに耳を傾けていた。
今は怒りをあらわにする場面ではない。
現状が分からない以上、多くの情報を得て状況判断をするべきだ。
尽は直感でそう感じ取っていた。
「それは――」
海堂が言葉を発しようとしたその時。
グギャーーッッ!!!
背後からした突然の騒音に、二人は咄嗟に振り向く。
聞き覚えのない、しかし確実に生き物の鳴き声であろう音が聞こえてきた。
「な、なんだよあれ……」
尽が視線を向けた大地には、声の音源は見当たらなった。
しかしそのはるか上空、鳥類のような爬虫類のような生物が滑空しながらこちらに迫ってきていた。
「翼竜……ッ!くそっ、こんな時に!!」
「翼竜?なんだよそれ!あんなもん見たことねえぞ」
「……あれが、いまこの国が襲われている危機の一つだ。今は説明してる暇はない。逃げるぞ!」
「逃げるって、どこにだよ!」
辺りを見渡しても何もないばかりか、上空から隠れられそうな場所すら見当たらない。
尽は再び翼竜のほうへ目を向ける。
すると、翼竜の遥か下方。先程は何もなかった大地に、砂塵を巻き上げながら迫ってくる一つの影が見えた。
「今度は何だ!?」
尽が尋ねるようにして叫ぶと、鬼灯を起こそうとしていた海堂もそちらへ目を向ける。
「ッ――!地龍か!?……いや、違う。あれは……」
尽にも見覚えのある形のその鉄塊は、見る見るうちに近づいてきて、運転手の影が見える距離になった。
「車か!?」
尽がそう言うと、
キキーッ!!
大きな音を立てて地を這う鉄の物体は動きを止めた。
「なにしてんだ、お前さんたち!んなとこにいたら翼竜に食われちまうぞ!!」
窓から顔を出してきたのは五十代くらいの男だった。
焦っている様子が言動から伝わってくる。
「もしかしてあんた、行商人か?」
「ああ、そうだよ。そっちこそこんなところで何やってんだ?」
「今は説明してる暇はない!」
鳴き声が刻一刻と近くなっているのを感じる。
「金を払うから乗せてくれ!」
「焦ってるのはお互い様さ!乗るならさっさと乗りな!!もたもたしてたらまとめてあいつの胃袋の中だ!」
「恩に着る」
一言だけ礼を言うと、海堂はなかなか目を覚まさない鬼灯を背負って車に乗り込んだ。
二人の慌てざまに尽も続いてそそくさと乗車する。
車は再び砂の大地を走り出すと、全速力で直進を始めた。
しかし、いくら走り続けても鳴き声が鳴りやまない。
それどころか……。
「……詰められてねえか?」
「当たりめえだ!相手はあの翼竜だぞ!こんなオンボロじゃ、じき追いつかれちまう」
「なっ!?じゃあ、意味ねえじゃねえか!」
尽は運転手の言葉に目を見開くと、窓から顔を出して上を見上げる。
明らかに先程よりも近づいているのが見て取れる。
たまらず隣に座っている海堂に呼びかけた。
「おい、海堂!何かないのか?」
「天音さえいれば鬼灯で何とかなるんだがな……」
海堂は少し考えたような顔をすると、ため息をついた。
「……仕方ない。本当は使いたくなかったけどな、今はそんなことも言ってられない」
「何かあるのか?」
「一応な」
そう言うと、懐から不透明な球体を取り出す。
「玉か……?」
「おい、親父」
「俺の名前は早川だ。冥土の土産に一つ覚えときな」
「そうか。早川の親父、この近くに街はあるか?なるべく大きいところがいい」
「ああ、あるぜ。俺が行く予定だったところがな」
「よし」
海堂は球体を握ると、目を瞑った。
そして早川に二、三質問をする。
「あんたの感覚でいい。その街の方位と距離を出来るだけ正確に教えてくれ」
「――っ!お前さん、まさか……」
「なんだ?なにをするんだ!?」
「ごめんな、尽。俺は夜桜さんほど上手くはないからよ、少し酔うかもしれねえけど」
球体に神気が込められていく。
すると、灰色だったそれは次第に透明になっていった。
降下してきているのか、鳴き声はすぐそこで聞こえる。
「よ、よし。方位はこのまままっすぐ、南南東だ。距離はここからだと、そうだな……九里と十五町ってとこだ」
「……ありがとな。二人とも身体を引き締めろ!片手でもいい、何か掴んでおけ!」
海堂はそう叫ぶと球体を強く握りしめ、それとは逆の手で鬼灯の身体を抱える。
大きく息を吸い込んだ。
「【転詠参章‐円陣転移】」
「なっ!お前――ッ!」
尽が驚きの声をあげるや否や、車全体が光に包まれた。
翼竜の鉤爪があわや車体に届く寸前で、光もろとも車は姿を消す。
一人残された捕食者は、一瞬辺りを見渡した後、再び上空へと帰って行った。
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ドスンッ!!
大きな音と衝撃で鬼灯は目を覚ました。
「いてっ……!なんだ……?」
頭を押さえながら周りに目を向けると、車の中であることが分かった。
窓から外を眺めると、少し先に大きな街が見える。
「起きたか、鬼灯」
後ろから海堂の声がした。
「あ、はい。……ここはどこですか?あたしはいったいなにを……?」
自らの記憶を探ろうとして鬼灯が目を向けると、そこには深刻そうな顔をしている海堂がいた。
「まずいことになったな……」
「……ご主人様?」
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「いってぇ!」
頭に走る鈍痛で目を覚ますと、そこは石畳だった。
どうやらここは大通りらしく、多くの人が行きかうのが見える。
近くにいた数人が珍しそうな顔で尽のことを眺めてきた。
「……どこだ、ここ?」
辺りを見渡しても、知っている風景は何一つなかった。
その代わりに、ついさっき見知った顔が泡を吹いて倒れているのが見える。
「おい、早川さん!起きろ!こんなとこで寝ると風邪ひくぞ!」
どれだけ揺り動かしてもびくともしない。
「死んじまったか……?ったく、世話の焼ける。おい、海堂!」
尽の声は、雑踏の騒音にむなしくかき消され、返事は全くなかった。
「……海堂?」
再び辺りを見回す。
尽が自分の置かれている現状を把握するのに、そう時間はかからなかった。