第捌話【待ち人】
7月下旬の夜、日は落ちているがまだ暗くはなく、尽は夜桜の背中の上で揺られながら帰路についていた。
終日の修行の末、【一】の玉の技を習得した尽は体力の限界を迎えていた。
家に着くころには20時を回っていた。
……不意に、夜桜が足が止まる。
「着いたか?悪いな、背負ってもらって」
「……尽、お客さんみたいよ」
尽がぼんやりとした意識のなか目を開けると、家のそばに人影が見えた。
それはつい先ほども見かけた顔だった。
「海堂……?またお前か、今度は何だ?」
「ああ、尽。……待ってたよ」
海堂の表情が上手く読み取れない。
昼間のような笑顔が無いようにも見える。
「……どうだ、【一】の玉は使えるようになったか?」
「――ッ!?」
不意に相手の口から飛び出た単語に驚く。
だが、尽はそれを悟られないように誤魔化すことに努めた。
「何を言ってるんだ?玉……?なんのことだか……」
「あれだけの神気を出してたんだ、余程の馬鹿でもなきゃ気付くさ。誤魔化さなくたっていい、俺たちの仲だ」
「お前……何を言って……?」
尽が目をこすると、彼の両隣に人影がもう二つ立っているのに気が付く。
「ん?他にも誰かいるのか……?」
逆光で影しか見えないが、どこかで見覚えのある形をしていた。
尽がその記憶が呼び起こそうとすると、夜桜の背中から落とされた。
「痛っ……!なにすんだよいきなり!」
「……尽、玉を構えなさい」
「は?お前も何言ってん――」
「はやく!!」
夜桜の激しい剣幕に、尽は一瞬硬直する。
静寂の隙間に海堂が割って入ってきた。
「いえ、そんな怯える必要はないですよ。夜桜さん」
「あなた、もしかして……」
「違いますよ!勘違いしないでください、俺はただ――」
ガキンッッ!!!!
金属同士がぶつかり合い、火花が散る。
夜桜はいつの間にか【盾】の玉を取り出しており、尽を守るように盾を突き出していた。
「よぉ、しばらくぶりだな!元気にしてたかぁ?盾女ぁぁ!!!!」
「……やっぱりね、あなたの神気は分かりやすいわ」
目の前には、尽の腕を切り落とした張本人が再び刀を振り下ろして立っていた。
明らかに以前とは眼が違う。
「なっ!なんでお前が!?」
「また会ったなぁ、ボンクラ。逃げきれたとでも思ったか?あいにくな、こっちはそんな軟な鍛え方してねぇんだよ!」
じりじりと盾に刀を押し付けながら、後ろにいる尽に強く迫る。
相変わらず強気の鬼灯であったが、まだ傷が完治していないのか、服には血が滲んでいた。
「……その割には息遣いが荒いわね」
「残念だがそれは気のせいだぜ」
刀を強く押すと、一度後ろへ大きく飛び刀を構えなおす。
「今度は油断しねぇ……【灯詠伍章‐灯台下暗し】」
「……!」
「――ッ!?」
「ちっ!」
たちまち鬼灯の姿が消え、暗闇が二人を襲う。
夜桜は素早く【転】の玉を取り出すと、尽に呼びかける。
「尽!また飛ばすわよ!」
「んなことさせるかよ!!」
【転】の玉を使おうとする夜桜を、鬼灯が刀で妨害する。
素早く盾を構えると、再び攻撃を防いだ。
斬撃が防がれるや否や、すぐさま姿を消す。
「これじゃ埒があかないわね……」
以前も苦戦した相手の戦法に夜桜は困り顔をしていた。
それに加えて、こちらの手の内は見られているのだからやり辛い。
「おい、海堂!どういうことだ!!」
尽は戦う二人に目もくれず、海堂に大声で問いかける。
海堂は額に手を当てて、苦しそうな表情をしため息をついた。
「お前、こいつらの味方なのか?」
「……そうだ」
尽は衝撃の一言に言葉を失った。
海堂が自分の命を狙ってきたやつらの仲間?
そんなはずは……!
こいつは俺の幼馴染で、今日の昼間だって一緒に……!
「すまない、尽」
「なんで……なんで謝ってんだ海堂!!」
「違うんだ、話を聞いてく――」
「隙だらけじゃねぇか!!」
鬼灯の刀が無防備の尽にめがけて振り下ろされる。
ハッと気付いた時にはもう遅かった。
肩に深く刀が突き刺さる。
ポタ、ポタと紅い雫が身体から零れた。
「夜桜!!」
「……これくらい平気よ」
「そんな、俺をかばって……!」
「何をしてるの!私のことより、相手を見なさい!!」
尽が鬼灯に視線を向けると、既に刀の間合いまで詰められていた。
女の殺意が全身を覆う。
「また腕でもいっとくかぁ!?」
再び、尽めがけて刀が軌跡を描く。
尽は痛みを覚悟するかのように目をつぶった。
だがその時。
「【番詠壱章‐刹那の番人】」
天音の声が聞こえた。
目を開けると、寸前のところで鬼灯の動きが止まっている。
どうやら何かの技を掛けられたようだ。
「天音ぇ!邪魔すんじゃねぇ!!」
「……よくやった、天音」
「いえ、止まるのは一瞬だけです。今のうちに」
海堂が静止している鬼灯の前に立ち、手のひらを顔の前に当てる。
よく見ると、片手に玉を握っていた。
「――!?海堂、お前!!」
「【蒼詠参章‐眼前蒼白】。眠れ、鬼灯」
海堂の詠唱により、鬼灯は目を閉じたかと思うと、海堂にもたれかかるようにして倒れる。
どうやら意識を失ってしまったようだ。
予期せぬ出来事に一瞬動きを止めるが、今が好機だと分かると、夜桜は【転】を握りなおした。
「今よ、尽。【転詠弐章】――くッ!」
先程の傷が思ったよりも深いようだ。
詠唱しようとした身体が、一度地面にへたり込む。
「夜桜!大丈夫か!?」
「だ、大丈夫よ……。ほら、動かないで……【転詠弐章‐対象転移】」
夜桜は何とか詠唱をする。
光が尽を包み、そのまま姿が消えるのを確認すると、膝をつき【修】の玉を取り出した。
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尽が目を開けると、そこは見知らぬ土地だった。
草木がまばらに生え、岩や砂だけの殺風景が広がっている。
辺りには家一軒すら見当たらない。
どこかの荒野へ飛ばされてしまったのだろうか。
「どこだ……ここ……?」
誰に聞くわけでもなく、独り言のように呟いた。
広い大地に尽の声が吹き抜ける。
「ここは……本当の日本だ」
突然、後ろから返答が返ってきた。
驚き振りかえると、そこには鬼灯を抱えた海堂がいた。
辺りを見渡している。
「海堂!追いかけてきたのか!?」
「いや……どうやら俺も飛ばされたみたいだな。夜桜さんは傷を負っていた。詠唱が不完全だったんだろう」
海堂は尽の何倍も現状を把握し、きわめて落ち着いていた。
あの時の夜桜は鬼灯につけられた傷に堪えながら詠唱をしていた。
神気が不十分だったのか、集中力が足りなかったのか、それほど傷が深かったのだろう。
「夜桜のやつ……大丈夫か……?」
「……夜桜さんなら大丈夫だろう。あの人は回復系の玉を持っていると天音が言っていた」
「――ッ!お前……色々説明してもらうぞ」
先程までの状況を思い出した尽は、海堂の襟首をつかんで問い詰めた。
「……分かったよ。お前を巻き込みたくはなかったんだけどな」
海堂は尽の手を振り払うと、抱えている鬼灯を地面に寝かせた。
彼女からは先程のまでの殺気が嘘のように消え、穏やかな表情をしている。
「こいつらは、俺の部下だ」
海堂が尽の眼を見据えて話し始めた。