第漆話【苦しい言い訳】
「尽?おい、尽じゃねえか!」
呼ばれて振り向くと、そこには見慣れた顔の男が立っていた。
「海堂!どうしてこんなとこに?」
「それはこっちの台詞だよ。お前こそどうしてこんなところで寝てるんだ?」
海堂は心底不思議そうな顔をしている
それもそうだ。公園に来たら同級生がベンチで寝ているのだから。
「いや、そのな……色々とあって……」
尽は咄嗟に目をそらしてしまった。
この公園は人通りが少ないからと修行の場所に選んだのに、よりにもよってこいつが来るとは。
どう説明したものか……。
「尽。どう、良くなってきた?」
全く間が悪い。海堂に夜桜を見られてしまった。
別に隠すつもりはなかったが、海堂を巻き込まないためにもなるべく彼女とは関わりをもって欲しくなかった。
どう誤魔化したものかと考えていると、海堂がおもむろに耳打ちをしてきた。
「おい尽!あんな可愛い彼女がいるなんて聞いてねえぞ!どこで知り合ったんだよ!」
「そんなんじゃねえって……」
「じゃあ誰なんだよ、あれ!」
能天気な発言をする海堂に尽は呆れる。
この男なら巻き込んでも大丈夫かも知れないと一瞬考えてしまった。
「ってか大きい声出すな。頭に響く……」
「大丈夫?ほら、飲み物買ってきてあげたわよ」
「ああ、ありがとな」
夜桜が買ってきてくれた緑茶を受け取ると、側面で額を冷やした。
「もう少し寝てないとダメみたいね」
「あの……」
「あら、尽のお友達?」
「あ、はい!海堂護って言います!」
「そう。私は夜桜波留。尽のお父さんの知り合いで、ちょっとの間面倒を見ることになったのよ」
「あ、そうだったんですね」
夜桜の発言に何一つ嘘は無いが、真実を突いているとも言い難かった。
まあ真実を語ることは出来ないのだが……。
疑惑も晴れたところで海堂が質問をしてきた。
「尽、どうかしたんですか……?」
夜桜がこっちを向いてきたので、視線で「誤魔化せ」と伝える。
「……少し身体を動かしすぎて疲れちゃったのよ。そんな大したことはないわ」
「そうですか、それならよかった」
安心そうな顔をする。何だかんだ友達想いの男だ。
すべてを隠しているのも気が引けるが、命がかかっている分仕方がない。
「それよりお前はなんでこんなとこいるんだ?」
「ん?ああ……ちょっとな」
今度は海堂が目をそらす。明らかに何か隠しているようだ。
気にもなるが、こっちが真実を話せていない以上、問い詰めるわけにもいかない。
それに今は他人のことよりも自分のことに集中しなくては。
「……そうか。おい、夜桜さん」
「うん?」
「もう大丈夫だ、ありがとな。続きをやろう」
そう言って尽は長椅子から立ち上がると、玉を掴みなおした。
「海堂君。いま少し時間あるかしら?」
「お、俺っすか?いやまあ……少しだけなら」
「そう。じゃあ一緒にご飯を食べに行きましょう」
「え!?マジっすか??」
「大マジよ。ほら、尽。そんなものしまってご飯に行くわよ」
「あ、尽も一緒なんすね……」
海堂は心底不満そうな顔をする。呑気な男だ。
その一方で、尽は焦りを顔に出していた。
「そんなのんびりしてていいのかよ!!俺は一刻も早く玉をッ――」
ゴフッ!
今度は夜桜の拳が尽の腹部に綺麗に命中した。
「だから……殴ら……なくて……も……」
グタッとした尽の身体を夜桜が担ぐ。
「さ、海堂君、行きましょ」
「えっ……尽、白目向いてますけど……」
「向いてるわね。海堂君は和食派?洋食派?」
「なんかピクピク痙攣してますけど……」
「痙攣してるわね。じゃあすぐそこの食堂にしましょうか」
動揺する海堂も、気絶している尽も気にせず夜桜は足早に食堂へと向かった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
置いて行かれまいと彼女の背中を追う。
その食堂はご亭主と奥さんだけでやっているこじんまりとした所で、いかにも人の良さそうな奥さんが入ってきた3人を出迎えた。
「いらっしゃい!3名様だね。そこの席にどうぞ!」
「さて、ここは私のおごりよ。好きなものを食べなさい」
「は、はあ……。じゃあ生姜焼き定食で」
「私もそれにしようかしら。尽は?」
椅子に座らせた尽を見ると、相変わらずぐったりしている。
夜桜は尽の首を持って縦に揺らした。
「じゃあ、生姜焼き定食3つで」
「はいよ!生姜焼き3つね!」
(やばい……なんかわかんないけどこの人はやばい……)
先程までの憧れの感情はいつしか恐怖に変わっていた。
あの尽を一方的に扱える女性はただ者ではない、本能がそう告げていた。
「そういえば、海堂君はあそこでなにをしていたの?」
「えっ、あっ。そうですね……ほんとは内緒なんですけど、尽も寝てるし」
そう言うと夜桜に耳打ちをした。
「尽の誕生日会をしようと思いまして、その買い出しです」
「誕生日会……?」
「はい。昨日尽の誕生日だったんですけど、なんか予定があるとかで出来なかったので……。せっかくだしこっそりやって驚かしてやろうって、いま友達2人と準備してるとこっす」
「そうだったの。優しいのね」
「いえいえ!そんなことないですよ。こいつとは長い付き合いですから」
「……いつから一緒なの?」
「そうですね、幼稚園の時には知ってたから、もう15年近くになりますかね」
「へえ。それじゃあ二人はずっと一緒なのね」
「そんな、腐れ縁ってやつですよ。お互い迷惑かけてかけられてって感じですかね。小学生の時なんて、みんなで秘密基地を作ろうって言ったらこいつ、他の人が段ボールを集めてくる中、一人だけノコギリとカナヅチ持ってきて木切り始めたんですよ。しまいには電気とか水道まで通すって言ってきて……あん時はほんと驚きましたよ」
「一度やりだしたら止まらないっていうのは、いまの尽を見てたら分かる気もするわ」
「そんなんばっかですよ!それと、こんなことも――」
二人で笑いながら談笑をしていると、3人分の生姜焼き定食が運ばれてきた。
匂いにつられてか、同時に尽も目を覚ます。
「ん……?何だこの匂いは……」
「ほら、尽起きなさい。お昼ご飯よ」
「!?なんでこんなとこに?……ダメだ、何も思い出せない……」
「記憶まで無くなるのか……」
このお姉さんには気を付けようと思った海堂だった。
「ご馳走様でした!すみません、俺までご馳走になって。」
「いえいえ、いいのよ。尽の面白い話も聞かせてもらったし」
「そんな!あんなのでしたらいくらでも話しますよ!」
「おい待て海堂、何の話をしたんだ」
尽の睨みなど、目の前の女性に比べたら大したことないと思えた海堂だった。
3人は食堂を後にする。時間は13時を過ぎるくらいだ。
「じゃあ、ぼくはこれで!尽も護身術の稽古頑張れよ!」
「いったいどんな誤魔化し方をしたんだ……」
去り行く海堂の背中を眺めながらつぶやいた。
寝てる間に何があったのだろうか。
「あの子……15年来の知り合いって言ってたけど?」
「ん?そうだな、もうそれくらいになるか。……どうかしたのか?」
「いえ、ちょっとね……」
夜桜は少し難しそうな顔をしていた。
まさか海堂にこいつを会わせることになるとは。
「さ、続きをやりましょう。午後は技の稽古に入るわよ」
「おう!こっちは早くやりたくてうずうずしてたんだ」
尽は玉を取り出して修行の続きを始める。
玉に神気を込める――。
あたりが暗くなってきた。もう既に19時を回ったくらいだろうか。
「はぁはぁはぁ……」
尽は肩で息をしていた。
かれこれ6時間、一切の休憩なしだ。
「もう一回……!【一詠壱章‐凶刃の一撃】」
玉に神気を込める。玉は熱を帯び、光を発する……が。
「くっ!まただ、何も起こらねぇ……!」
「想像力が足りないのよ。もっと全体像を明確にして」
「そうは言ってもよ……」
変化よりも先に詠唱を習得しようと思ったのは、こちらのほうが想像が容易であったからだ。
この技は名前からして、斬撃を飛ばすものであろう。
とはいえ、もともと自分で編み出したものでないのだから、想像しろと言われても難しい。
夜桜に何度聞いても、一向に手掛かりは与えてくれない。
「こんなんでほんとに間に合うのか?」
「そんなことを言っている暇があったらもう一度やりなさい。今日は形にするまで帰らせないわよ」
「言われなくても分かってるよ。俺もそのつもりだ」
午後から夜桜の目つきが明らかに変わっていた。寝ている間に何かあったのだろうか?
だがそんなことを気にしている余裕はない。今は一分でも一秒でも早く技を習得するんだ。
「弱気になってはダメ。余計な考えはすべて取り除いて、技のことだけを考えなさい……ってもう聞こえてないみたいね」
尽は瞳を閉じて深く深呼吸をした。
描け。自分の考える技の全体像を。
創り上げろ。細部まで、より具体的に。
凶刃……人を殺す刃だ。
ふと、昨日の出来事がよみがえる。鬼灯に腕を斬られた時だ。
あの時、俺は確実に死んでいた。あいつは殺す気で襲い掛かってきていたんだ。
相手を殺すという、純粋で絶対的な感情を持って。
思い出せ、あの殺意のこもった一撃を。
人を殺すための一撃を。
「すーっ、【一詠壱章‐凶刃の一撃】!!」
尽が玉に神気を込めて力強く叫ぶと、玉から閃光が放たれた。
その光は一直線に飛び、目の前の木が大きな音を立てて倒れる。
あとに残されたのは両断された切り株と、砂場に頭を打ち付けた大木の幹だった。
「やった……のか……?」
「すごいわ。さすが尽ね」
夜桜はそう言うと、木の根本へ駆け寄り【修】の玉を取り出した。
あっという間に大木は元通りに修復されてしまう。
「よくやったわね。……何も手助けをしてあげられなくてごめんなさい」
「別にいいよ。どうせ、なにか訳があってのことなんだろ?」
「……そこまで分かってたの。そうよ。文字使いって言うのは、集中力と想像力、そしてそこから生み出される創造力が強さの秘訣なの。初心者が真っ先に技のいろはを教わってしまうと、想像力で他人を勝るのは難しくなってしまう。だから尽には、一から技を覚えてもらいたかった」
「そんなことだろうと思ってたよ。くっ……また頭が……」
尽はまた頭痛を訴えた。6時間近く神気を出していたのだから当然だ。
夜桜はその神気量にも驚いたが、敢えて尽には言わなかった。
「頑張ったわね。さ、背負ってあげるから、帰るわよ」
「あぁ、悪いな」
遊園地帰りの親子のように、尽は夜桜に全体重を任せた。
ゆらゆら揺られて、夢見心地で帰っていく。
まさか家で彼らが待ち伏せしているとも知らずに……。