第陸話【第一の特訓】
「特訓その一、玉と一体になるべし!」
「なんか古いな……」
夜桜は自分の鞄から【盾】の玉を取り出した。
「じゃあまずはお手本を見せるわよ」
左手をかざすと、光を発する。
「【盾詠参章‐鋼の盾】」
掛け声とともに鋼鉄の盾が飛び出した。
重々しく金属の光を放つそれは、いかにも頑丈そうな見た目をしている。
「と、まあこんな感じよ」
「いや、こんな感じといわれてもな……」
尽からすれば、突然現れるソレは魔法のようにしか見えなかった。
そして、昨日から感じていた疑問をふと口に出す。
「……昨夜といい、今といい、その盾はどこから出て来てるんだ?」
「そうね……どこからと言われれば、玉から、と答えるのが妥当かしら。文字使いは玉に力を込めることで『詠唱』と『変化』を操る事が出来るの」
「『詠唱』と『変化』……?」
「そう。今見せた【鋼の盾】は『詠唱』のほうね。『変化』って言うのは……」
夜桜は再び玉入れを取り出す。昨日も見た【修】の玉だ。
「見てなさい」
そう言うと、夜桜は持っていた竹刀を右手に携え、左手に玉を持つ。
「【修化伍式‐阿修羅の太刀】」
左手で竹刀をなぞるように動かすと、途端に材質が変わり、柄が深紅の立派な日本刀に変化した。
チャキッと音を立て、夜桜は刀を構える。
「こんな風に、ある物の材質や構造など変えて、別の物を造り上げるのが『変化』よ」
尽は驚愕のあまり開いた口が塞がらなかった。竹刀が変化する様にただただ見惚れていた。
尽があっけにとられている様を見て満足すると、夜桜は変化を解除し、竹刀を元に戻した。
「すげえ……玉を持って叫ぶだけでそんな事が出来るようになるのか……!?」
「ただ叫んでるだけではないわ」
そう言うと、再び竹刀で地面に絵を描き始める。
玉と竹刀と人間の絵だ。
「前にも言ったけど、玉って言うのはあくまでも道具よ。それを使うには原動力が必要なの。私たちはそれを【神気】と呼んでいるわ」
「【神気】……?初めて聞くな」
「ようは精神力とか生気の類よ」
胸に手を当てて説明をする。
「身体に流れる神気を込めることで、玉は真価を発揮するの」
「じゃあ、その神気ってのを使えば誰でも玉を扱えるわけか」
「当然のように誰にでも扱えるってわけではないわ。人によって得意、不得意があるものだし、神気が強い者、弱い者など様々なの」
「なるほどな。……ってことは玉の所持数以外にも、そういうところでも優劣が決まるってことか」
一通り玉に関する説明を受けたところで、ふと疑問が浮かぶ。
「……俺にはその神気ってのはあるのか?」
尽が真剣な顔をしてそう言うと、夜桜は声を出して笑い出した。
「勿論あるに決まってるわよ。だって、あなたは赤城尽なんだから」
「説明になってねえけど……」
そんな笑うようなことを言ったか?と尽は思ったが、気にしないことにした。
尽の冷めた目を見ると、夜桜はコホンと一つ咳をして真面目な顔に切り替える。
「さて、説明も終わったところであなたに技を授けるわよ」
「技……?」
「ええ、以前その【一】の玉を使っていた者から教えてもらったのよ。一つ目は変化、【一化壱式‐一騎当千の闘将】、もう一つは詠唱、【一詠壱章‐凶刃の一撃】。まずはこの二つから練習しましょう」
如何にも強そうな響きの技を伝授される。
変化と詠唱、両方使えるのならばこんなにうれしいことはないが、次いつ奴らが攻めてくるか分からないこの短期間に習得することが出来るのだろうか。
「玉に神気を込めながら技の全体像を想像するの。頭の中でより繊細に、より具体的に強く念じてみて」
「想像って言われてもな。どんな技なんだ?」
「私が教えなくても、あなたにならわかるはずよ」
「……ほんとに教える気あるのか?」
仕方がないので自分の中での像を思い浮かべる。
前者は名称からして身体能力を向上させる系統だろうか。これを具体的に想像しろと言われても、いまいちしっくりこない。一騎当千、自らの能力を千倍に引き上げるのであれば相当強いものだろう。
後者は名称からあまり想像がつかない。凶刃……刀を使うのか?しかし、夜桜はこれを詠唱だと言った。無から刀を作り出すのか、あるいは斬撃だけを生じて放つのか……。
色々と思い浮かべてみるが、考えれば考えるほど思考の沼に嵌まっていく。
「考えてばかりいても仕方ないな。ものは試しだ」
尽はそう言って立ち上がると、玉を構えた……のはいいのだが。
「……そういえば、神気を込めるってどうやるんだ?」
一番重要なことを聞いていなかった。
「ああ、言うのを忘れていたわ。あなたならすぐ出来ると思うけど、一応、一から教えるわね」
夜桜はそう言うと【盾】の玉を手に取る。
「じゃあ私の真似をして。まずは玉を片手に握って胸に当てる、それから瞳を閉じるの」
尽は夜桜の言うことに従う。
「そうしたら、気持ちが落ち着くまで何回か深呼吸をして」
二人で二、三度深呼吸をする。玉の説明でごちゃごちゃしていた頭もスッと冴え渡った。
「落ち着いたら、身体の中の神気の流れを感じ取る。始めはわからなくてもいいわ。身体中に血液が流れるように、神気が巡っていると思い込むの」
感じ取れと言われていまいちよく分からなかった尽は、彼女の言う通り神気の流れがあると自分に言い聞かせた。
頭のてっぺんから足の指先までグルグルと流れ、循環している。そんな感じだ。
「想像出来たら、今度はそれを胸まで持ってくる。身体中を流れるそれを一か所に寄せ集めるの」
言われるがままに頭の中で思い浮かべると、なにやら玉を持つ手が熱くなってきた。
「……玉が熱くなってきたでしょ?」
「ああ、【火】の玉を持った時みたいだ。あのとき程じゃないけど」
「それは玉に神気を流し込めてる証拠よ。それが出来たら、もう大丈夫。あとは頭の中で想像しながら、技を唱えるだけよ」
「なるほど。……しかし、こんな手順を踏んでたらとても実践では使えないな」
「そんなのはじめだけよ。何度も繰り返しやってればすぐに慣れるから安心して」
昨晩の戦闘を思い出す。戦いの中で鬼灯と夜桜は玉を何度も使っていた。
いずれは俺もああなるのだろうか。
「はじめのうちは神気を扱う練習ね。それが出来てから技の練習といきましょう」
「これじゃあ技を習得するのに何日かかるかわからないな。……昨日のあいつらが待ってくれるとは思わないけど」
「そうね……正直なところ、私もあの子たちの動向を完璧に掴めてるわけじゃないの」
「なっ――!もし今すぐにでも攻めてきたらどうするんだ?」
「多分だけど……それは大丈夫だと思うわ。もしあの男の子が回復系の玉を持っていたならあの場で使っていたはず。あの女の子を見殺す気はなかったみたいだから、多分今頃どこかで誰かに治してもらっているはずよ。その分の時間はあると思う」
「……奴らの援軍が来る可能性は?」
「無いとは言い切れないわね……でも、一応脅しを入れておいたから、そう簡単には来れないはず」
「脅し?」
「ええ、ちょっとね。向こうもこっちの援軍が来る可能性を考慮してるでしょうね」
この女、戦闘力もさることながらなかなかに強かである。
「万が一、来るようなことがあったら私が応戦するわ。あの子たち二人なら私一人で相手できるはず」
「ああ、頼りにしてるぜ」
「一応言っておくけど、こっちの援軍は期待しないでね」
今は夜桜一人に頼るしかないようだ。
一刻も早く自分が戦えるようにならなくては。
尽は玉を強く握りなおした。
「……まずは玉を握って胸に当てる、それから瞳を閉じる――」
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翌朝、目が覚めて台所に向かうと、また夜桜が朝食を作って待っていた。
「……おはよう」
「あら、おはよう。今起こしに行こうと思ったのに、早いのね」
「昨日は疲れてすぐ寝ちまったからな」
昨日は夕方過ぎまで公園で特訓すると、夕食ついでに家に帰り、そのまま家の庭で特訓をしていた。
日付けが変わる直前までやっていたため、心身ともに疲れ切っていた。
「今日も一日特訓か?」
「そうね。ひとまず神気を玉に込める練習をしてから、慣れてきたら技を使ってみましょう」
「そうだな、さっさと俺も戦えるようにならないと――」
尽は喋りながら箸に手を伸ばしたが、何やら鋭い視線を感じたので手を引っ込める。
視線で何を訴えているのかが伝わってくる。
いったい、どこまで母親気取りなのだろうか。
「……はあ。いただきます」
「はい、召し上がれ」
夜桜はにっこり笑うと、自分も食前の挨拶をすまし朝食を食べ始めた。
相変わらず食事は美味い。
「毎朝作ってもらって悪いな」
食後のお茶をすすりながら、感謝の言葉を述べた。
いままでは食事は自分で作っていたから、その分の手間が省かれるのは結構ありがたかった。
なによりも父親がいたころを思い出す。
「そんなこと気にしなくていいのよ。いまはあなたの保護者みたいなものなんだから」
皿洗いをしながら答えた。
母親が生きていたらこんな感じだったのかな。
「……ありがとな」
「はいはい、どういたしまして」
尽の想いを知ってか知らずか、夜桜は尽の言葉を軽く流した。
再び昨日の公園へ来る。まだ10時前だ。
「よし、始めるか」
【一】の玉を握って、胸元に持ってくる。
昨日の手順を思い出し、何度も復習を重ねた。
もとより尽は物覚えの良いほうである。1時間もすると、握るだけで神気を込められるようになった。
「流石だわ。尽ならすぐに出来るようになると思っていたけど、こんなに早いとはね」
夜桜は感嘆の声を漏らした。
「あん……夜桜さんの教え方が良かったんだろ」
「あら、持ち上げても何も出ないわよ?」
自分でも思った以上に早く習得出来た尽は、心に少しの余裕が出来ていた。
夜桜もその様子に気が付いたようで、微笑みかけた。
「休んでいる暇はないわよ、と言いたいとこだけれど、少し休憩をしましょう」
「いいのか?俺のことなら気にしなくて大丈夫だぞ?早く技も使えるようになりたいしな」
「……そう」
返事が返ってきたかと思うと、急に拳が飛んできた。
持ち前の反射神経でそれを受け止め、体勢を立て直す。
突然の出来事に驚いた尽は声を上げた。
しかし。
「――ッ!なにすんだいきな……り……?」
なんだ?視界が歪んでまっすぐ前が見られない。
夜桜が何かやったのか?
ふらふらする頭をなんとか彼女のほうへ向ける。
「……やっぱりね。初めて神気を使ったり、久しぶりに神気を使うとそうなるのよ」
夜桜は近づいて尽に肩を貸すと、公園の長椅子まで運んだ。
「少し横になってなさい」
「なんだ……これは……?」
「車酔いみたいなものよ。突然体内の神気を動かしすぎたの。しばらくすれば良くなるわ」
それで休憩にすると言ったのか。
……だからって殴る必要はないだろうが。
尽は横になりながらそう思ったが、口には出さなかった。
「飲み物買ってくるから、そこで大人しくしてなさい」
夜桜がその場から離れる。
もともと車酔いのしやすい体質であったため、結構辛かった。
しばらくの間、尽は一人でただただ空を眺めていた。
「……いつぶりだろうな、こうやって空を見上げるのは」
「尽?おい、尽じゃねえか!」
呼ばれて振り向くと、そこには見慣れた顔の男が立っていた。