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一文字  作者: しゅばるつ
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第伍話【玉と日常】

 目が覚めると、見慣れない天井と、味噌汁の良い香りが広がっていた。

 料理をする音と、鳥のさえずりが聞こえる。

 壁にかけてある時計を見ると、既に7時を過ぎているらしかった。


「あら、(じん)。起きたのね。朝ごはんにするからこっちに来なさい」


 尽は夜桜(よざくら)に呼ばれると無意識に起き上がり、食卓へ向かった。

 なにか懐かしいものを感じる。


「……いまさらだけど、ここはあんた一人で住んでるのか?」

「あんたじゃなくて夜桜さん。そうね、いまは一人で使わせてもらってるわ」


 夜桜はそういうと、二人分の朝食を食卓に載せた。

 白米に味噌汁、焼鮭がある。まさに日本の朝ごはんといった感じだ。


「今日も学校あるの?」

「明日から夏休みだから、今日は終業式だ。別に行っても行かなくてもいいんだけど」

「ダメよ、学校さぼっちゃ!」


 味噌汁をすすろうとしたら、突然夜桜が身を乗り出して注意してきた。


「べ、別にさぼろうって訳じゃないけど……」


 母親みたいな態度を見せる夜桜に尽は少したじろぐ。


「でも、昨日の連中が学校に来たらどうするんだ?」

「そのために私がいるんじゃない。尽は気にしなくていいわ」

「それは助かる。また突然腕がなくなったりでもしたら大問題だからな」


 冗談交じりにそう言うと、昨日のことを少し思い出した。


「ま、多分昨日の子たちも日が出てる間は来ないだろうけどね」

「そうなのか?」

「おそらく、ね。だから、学校から帰ってきたら特訓するわよ。終業式ってことは午前で終わるんでしょ?」

「……まあな」


 少し思う所がある尽だったが、軽く受け流した。

 時計は7時45分を指している。


「やべ、もうこんな時間か。……って、鞄とか制服とか家じゃねえか!取りに帰ってたら間に合わねえぞ」

「ふっふーん。これをお忘れでないかね、少年」


 腹の立つ口調に反応して夜桜を見ると、彼女は満面のどや顔で【(てん)】の玉を尽に見せつけた。

 人差し指と中指に挟んでいるのがまた無性に腹が立つ。


「あぁ、それか。じゃあ頼むz」


 ゴンッ!!と頭をぶたれた。


「いってぇ!なにすんだ!!」

「なにすんだ、じゃないわよ。ほら、行く前に言うべきことがあるでしょ」

「……今日も綺麗ですね?」


 再び強くぶたれる。


「ご飯を食べたらごちそう様でしょ!まったく、親の顔が見てみたいわ」

「あんたの同僚だってn」

「あんたじゃなくて夜桜さん、ね!」


 尽は頬を掴まれて高く持ち上げられた。身体が浮きそうになるほど高さまで来て、頬っぺたが取れそうになる。


「いででででで、わあった!わあったよ夜桜はん!おいひい朝食ごひほうはまでした!!」


 尽がそう言うと、夜桜はにっこりと笑って手を離した。


「はい、よくできました」


 取れかけた頬をさすっている尽をしり目に、彼女は転玉を使った。


「【転詠(てんえい)参章(さんしょう)円陣転移(サークル)】」



 ヒュンッッ!!!



 眼を開けると、そこはもう尽の部屋だった。

 壁にかけた制服、放りっぱなしの鞄、見慣れた光景がどこか夢見心地の尽を現実に引き戻した。


「やっぱり、現実なんだよな……」

「いまさら何言ってるの。ほら、もう出かけないと遅刻するわよ」


 余計な問答のせいで、時刻は7時50分になっていた。尽の通う二ノ森高校は8時始業である。

 急いで着替えをすると、鞄を持ち玄関に向かった。


「やっべえ!じゃあ、行ってくるわ!」

「はいはい、いってらっしゃい。私も準備が出来たらそっちに向かうから安心しててね」


 尽は背中で声を受け止め、一目散に走って行った。


「さてと、じゃあ始めますか」


 夜桜は元気よく駆け出す背中を見送り、一人準備に取り掛かる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 キーンコーンカーンコーン。


 始業の鐘とともに教室へ滑り込むと、担任の伊藤(いとう)が既に待ち構えていた。


「尽が遅れるなんて珍しいな!ほら、さっさと席につけ。出席とるぞー」


 息切れしながら、窓側二列目の後ろから二番目にある自分の席に向かう。席に座ると一番最初に名前を呼ばれた。尽は軽く返事をする。

 ちなみに、この教室に「あ」から始まる苗字は「赤城」だけだ。


赤城(あかぎ)雪人(ゆきと)

「はーい」

井上(いのうえ)悠華(ゆか)

「はい」


 順々と名前が呼ばれていく。尽の呼吸も落ち着いてきた。

 教室を見回すと、いつもいる顔がそこになかった。


乱獅子(らんじし)ー、乱獅子はいないか?」

「鞄はないですよー」

「そうか、森羅(しんら)と乱獅子が休み、と」


 伊藤はそう言うと、持っている名簿に欠席と書き加える。どうやらあの二人は学校に来ていないらしい。

 担任は、今日は全校集会ののち成績表を返し、それが終わったら帰っていいといった旨を生徒に伝えると、「遅れずに体育館に行けよ」とだけ言い残して職員室に帰って行った。

 担任がいなくなり教室がざわざわし始める。


「最終日も来れないのか、あの補欠組は」


 左後ろから声を掛けられる。つまり、窓側の一番後ろだ。

 振り向くと、そこには海堂(かいどう)が座っている。


「なんか聞いてるか?」

「いや、特には何も」

「そっか、尽にも言ってないなら、どうせさぼりだな」

「だろうな」


 海堂と話していると、日常に戻れるような気がしてくる。

 他愛もない会話をしているだけで、心が幾分か落ち着いてきた。


「そういえばお前、昨日大丈夫だったか?」


 突然の問いかけに、尽は少し身体を強張らせた。

 控えめにも大丈夫とは言い難かったが、腕を切られたけど元に戻りました、とも言えない。


「……まあ、なんて事はなかったよ」

「ほんとか?顔色悪いぞ、大丈夫か?」


 幼馴染なだけあって、海堂の眼は鋭かった。


「まあ、気にすんな。ほら、体育館行くぞ」

「……あいよ。また話したくなったら言ってくれや」


 適度な距離感を保てることと、その場の空気が読めることがこの男の最大の長所の一つだった。

 



 全校集会が終わり、教室に戻ると成績表が返され始めた。

 尽は真っ先に呼ばれる。


「まあ、お前に成績に関しては何も言うことはない。この調子で夏休みも勉学に励むように」

「ありがとうございます」

「それで、だな」


 伊藤の表情が少し暗くなり、小声で話しはじめた。


「森羅と乱獅子のことなんだが……何か聞いてないか?」

「どういうことですか?」

「いやな、家へ電話をかけても誰も出ないんだ。この時間ならどちらも母親が出てくれるはずなんだがな。旅行に行くとか、家族で出かけるとか何か言われてないか?」

「特に聞いてませんけど……。まあ奴らのことなら大丈夫だとは思います」

「だといいんだがなぁ」


 尽の投げやりな返答に、伊藤は苦い顔をした。

 自分のことで精一杯だった尽は、担任との会話中もどこか上の空だった。


「……まあお前がそう言うなら大丈夫か。また何かあったら教えてくれ」

「わかりました」


 成績表を受け取り、自分の席に戻るとふと(ぎょく)のことを思い出した。

 鞄の中から四角い箱を取り出す。夜桜から新しい玉とともに渡されたものだ。箱を開けると、中には【(いち)】と書かれた玉が入っていた。

 恐る恐るそれを掴んでみるが、特に何も起こらない。

 以前【()】の玉に触れたときのような反応はなかった。


「これを使えるように、か……」


 成績の見せあいでざわついている教室で、尽は一人で玉を眺めている。

 そんな中、ただ一人だけ、尽を後ろから見つめている者がいた。




「よーし、これで分け終わったな。貰ってない奴はいないよな?」


 伊藤が教壇に戻ってきた。


「まあ、夏休みは色々あるだろうが、羽目を外しすぎないように。あと、受験する連中はしっかり勉強しておけよ!じゃあ、解散!」


 相変わらずの適当な挨拶に、尽は心の中で苦笑いをした。

 海堂と少し喋ると、足早に下駄箱へ向かい、校門を出た。

 少し歩くと、遠くから呼ばれる声がした。


「おーい、尽!こっちこっち!」


 振り向くとそこには運動着姿の夜桜が立っている。

 どこから持ってきたのか、右手には竹刀を携えていた。

 夜桜のあとをついて行く。




「さて、まずは玉での戦い方の基本を教えるわ。」


 尽は公園の砂場で正座をしていた。

 正面では夜桜が腕組して仁王立ちをしている。


「尽も気づいてると思うけど、玉を持てるのは一人一個というわけではないわ」

鬼灯(ほおずき)ってやつは二つ使ってたな。あん……夜桜さんも三つ持ってたよな?」

「そうね、あなたに見せたのは【(じゅん)】【(しゅう)】【(てん)】の三つ。だけど、私は【(げき)】と言うのも持っているわ」

「へー、それってやっぱすごいのか?」

「……まあ、自分ですごいと言う気はないけれど、一般的な文字使いは【壱玉(いちぎょく)】が大半だわ。持っていて【弐玉(にぎょく)】ってとこ」

「そうだったのか。ほいほい使うもんだから皆じゃらじゃら持ってんのかと思ってた」


 尽が能天気にそう言うと、夜桜は呆れ顔をしてため息をついた。


「前にも言ったけど、玉って言うのは兵器なの。じゃらじゃら持ってるわけないでしょ」


 改めて兵器という認識を深められた尽だったが、目の前にある小さな水晶玉がそれ程恐ろしいものだとはあまり実感が湧かなった。


「なるほどな……。ってことは、これが使えるようになるのも時間がかかるのか?」


 尽はそう言って御守りに入っている【火】の玉を指さした。


「そうね。でもまあ私が教えるんだから大丈夫よ。」


 不安そうな尽とは対照的に自信満々な表情をしている。


「話が少し逸れたわね。文字使いの戦いについてだけれど、基本的には多くの玉を扱えるほうが有利だわ」

「まあそんな気はしてた。隠し玉は多いに越したことないってことだろ?」

「それだけじゃないわ。そうね、昨晩の戦いを振り返ってみましょう。」


 そう言うと夜桜は持っていた竹刀で地面に絵を描き始める。


「昨日の戦い、仮に私が【盾】を持っていなかった場合、あなたはあの場で死んでいたわ」


 真っ二つになった尽の絵を描く。


「そして、私が【修】を持っていなかった場合、今度は大量出血で死んでいたでしょうね」


 血があふれ出す尽の絵を描く。


「さらに【転】を持っていなかった場合、彼女の攻撃に対応できないあなたは、状況が飲み込めないまま訳も分からず死んでいた」


 後ろから串刺しにされる尽が描かれる。


「とまあこんな具合に、玉を持っていなければあなたは三回死んでいたのよ」


 尽はいつになく重い表情をしていた。

 昨日は命拾いをしたと思っていたが、まさかその裏で三人もの犠牲(自分)が出ていたとは。


「つまり、多くの玉を持てば持つほど、死の危険から遠ざけられるってことか」

「そういうこと。とはいえ、使いたいときに使いたい玉を取り出す、またその状況に最適の玉を選択する、それに慣れるだけでも結構場数を踏まなきゃいけないんだけどね」

「でもそれさえ極めれば、多く持ってたもん勝ちってことだろ?」

「……通常はね」

「なんだ、例外があるとでも言いたげだな」

「……どのみち、いまのあなたには関係のない話だわ。少しお喋りしすぎたわね。さあ、日が暮れる前に特訓するわよ!」


 尽の鋭い質問を軽くはぐらかすと、夜桜は実技に移ろうとした。

 仁王立ちで竹刀を肩にのせ、左手を腰に当てる。


「特訓その一、玉と一体になるべし!」

「……なんか古いな」


 熱血教官となった夜桜の指導が始まった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 月明かりの下、逃げ惑う影が二つと、それを追いかける影が一つ動いていた。

 

「はぁはぁはぁ、くそっ、しつこい奴だ!」


 逃げている少年は、既に体力の限界を迎えていた。

 それを見かねた隣の老人が作戦を切り出す。


「……わしがあやつを引きつける、お前はその間に逃げろ」

「――ッ!!無茶です!相手は【代行者(だいこうしゃ)】ですよ!いくら師匠でも――」

「馬鹿者。師匠だからこそ弟子を守るんじゃ。なに、わしもここで死ぬつもりはないわい」


 そういうと師匠と呼ばれていた老人は、持っていた鞄から箱を取り出した。


「これを持っていけ。……どう使うかはお前に任せる」

「そんな……!ぼくも……ぼくも一緒に戦わせてください!!」

「はっはっは、あの臆病者が言うようになったのう。泣き虫は相変わらずじゃけどな」


 老人はそう言うと、泣きじゃくる少年に微笑みかけ頭を撫でた。


「必ず生きて戻る。先に行って待っておれ。【転詠(てんえい)弐章(にしょう)対象転移(たいしょうてんい)】」

「師匠ッ――!!!」


 少年の声だけが響き、実体は一瞬にして消えた。

 辺りが静かになると、老人は後ろから声をかけられた。


「作戦会議は終わりか?」


 銀髪の男が、大刀を右手に持ってそこに立っていた。


「なに、ちょっとションベンしてただけじゃ。律儀に待ってくれて居たとはのう」

「ふん、下らない」


 振り降ろされた大刀を、老人は軽々と躱した。

 少しでも時間を稼ぎたい老人だったが、悟られまいと余裕そうな振る舞いを見せる。


「見たところお前さんは、持っていて【弐玉(にぎょく)】。わしの見立てじゃあ、おそらく【壱玉(いちぎょく)】じゃな」

「……だったらどうした?」

「うわさに聞く代行者もたいしたことはないのう!」


 老人が玉を付けた右腕を掲げる。手首には数珠のように玉が巻き付いていた。


「【地化(ちか)伍式(ごしき)大地改変(わしのにわ)】【沼化(しょうか)捌式(はちしき)攫い沼(かみかくし)】【縛化(ばくか)拾式(じっしき)生命縛りの牢獄(おしおきべや)】」

「――ッ!!」

「その牢獄は、お前さんの命を吸って肥大化していく堅固な代物じゃ。これで殺すとは行かないまでも、時間稼ぎにはなるじゃろう。わしも伊達に長いこと文字使いをやっとるわけじゃない」


 大地が蠢き、男は土の壁に閉じ込められた。

 老人は最後の力を使い果たしたようで、肩で息をしている。

 全力を振り絞った大技が決まり、安堵の表情を浮かべて男に背を向けた。 


「ふう。さて、わしも今のうちに逃げるとするかの」

「……これで抑えたつもりか?」

「なにッ!?」


 老人が声に反応して後ろを振り返ると、土の壁に一線の太刀筋が入った。頑強な岩でできた建造物が崩れ落ちていく。

 銀髪が月に照らされて輝いた。

 老人が反応できない速度で、大刀の間合いまで詰める。


「【銀化(ぎんか)参式(さんしき)銀鮫の刃(ファンタズマ)】」

「ぐあッッッ!!!!!!!」


 男が大刀を振り下ろすと、一瞬にして老体は二つに分かれ、銀髪が紅に染まった。


「……【壱玉】を見下してる時点で貴様らの底が知れるな。玉は身を着飾る道具などではない、人を殺すための兵器だ。唯一を極めることも出来ない雑魚など話にならん」


 男は受け答えの出来ない肉塊にそう言捨てると、その傍に落ちていた玉を拾い無造作にしまった。

 そして、携帯を取り出す。


 プルルルル、ガチャッ!


「任務完了だ。戻るぞ」

『さっすが銀城(ぎんじょう)くん!【玖玉(きゅうぎょく)】相手に一日足らずなんて、仕事は早すぎ!!変態かよっ!』

「……早く(ゲート)を開けろ」

『あれあれ?反論してこないってことは、やっぱり変態さんなんだな~。【壱玉】極めてるだけあるな~。いよっ、変態!』

「いいから早く開けろ!!」

『うっひょ~おっかね~~。はーいはい、今開けるから決めポーズでもして待っててね~』


 プツンと電話を切ると、男の仏頂面はさらに険しいものになっていた。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 大きな音ともに門が現れる。そこには、でかでかと『変態専用門(ぎんじょうくんのもん)』と書かれていた。

 門が開くと、銀髪は内心苛立ちながらも無言でくぐっていった。

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