第参話【闘う女】
「【盾詠壱章‐青銅の盾】!」
目の前には青緑の盾が尽を守るようにそびえ立っていた。
茫然としていると後ろから声を掛けられる。
「尽!あなた尽よね!?よかった、間に合った!」
振り向くと、そこには髪の綺麗な女性が立っていた。
女は尽の腕を見て小さな悲鳴を上げる。
「っ!!あなた腕が!ちょっと待ってて……」
女はそう言うと荷物の中から手帳のような箱を取り出し、そこに入っていた【修】の玉を握った。
地面に無様な格好で座り込んでいた尽に近づくと、その場にしゃがんで肩に手を当てる。
「少し痛いかも知れないけど我慢しててね。【修詠弐章‐部分修復】」
尽の肩口から光が放たれたかと思うと、切られたはずの腕がみるみるうちに元通りになっていった。
「っつ!腕が、戻った……!?」
「これで良し。……痛がってる暇はないみたいよ。ほら、立って」
腕が元通りになったのは信じがたかったが、痛みは完全に引いている。
女の手を取り立ち上がると、尽を守ってくれた盾がだんだんと消えていった。
消えた盾の向こうで、先程吹き飛んだ刀を構えて鬼灯が立っている。
「なんだ、こいつの援軍か?あいにく、そいつはもう――ッ!!……腕が、治ってやがる……!?てめえ……いったい何しやがった!!」
「あなたに教えることは何もないわ。私が来たからには好き勝手はさせない。来るなら来なさい。」
二人の女が相対してにらみ合っている。
鬼灯の後ろにいた天音が声をかけた。
「不測の事態だ。鬼灯、いったん下がろう」
彼は女の登場にも尽の腕にも顔色一つ変えず、現状の最適解を提案した。
既に頭に血が上りきっている鬼灯が耳を貸すことは、当然のようになかった。
「何言ってんだ天音。見ただろ、こいつの玉は【盾】と回復系の何かだ。どうせろくに戦えやしない!」
「冷静になれ鬼灯。まだ何か隠してるかも――」
「うるせえ!!!!!!!!!」
鬼灯は天音の発言を遮り、後ろを振り返ることなく叫んだ。
「あたしが斬った腕が簡単に元通りになったんじゃ鬼灯家の威信にかかわるんだよ!!黙ってるわけにはいかねえだろ」
腕を治されたことでよほど苛立っているらしい。
正面を向いたまま首だけを天音のほうに向けると、先程の鬼のような眼はさらに鋭くなり、とてつもない殺気を放っていた。
「もう一度斬る。そんで、あそこの女も殺す。それで文句ないだろ」
「…………はあ。もう勝手にしていいよ。その代わり、けがしても責任は取らないからね」
「ああ、上等だ」
天音は鬼灯を説得するのを諦めたらしかった。
彼女は言い終わると同時に尽に向かって斬りかかってきた。
「二度は治させねえぞ!」
「【盾詠弐章‐鉄の盾】」
鬼灯の太刀はまたも女の盾によって防がれる。
「ちっ!また盾女か、うざってえな!!」
今度は刀を飛ばすこともなく、素早く体勢を整えた。
鬼灯が玉を取り出す。
「こんな雑魚共に使うとはな……まあ仕方ねえ。【灯詠伍章‐灯台下暗し】」
姿が消えていく。暗闇に溶け込んだ鬼灯を尽は完全に見失ってしまった。
見渡す限りの闇。
どこから刀が飛び出してくるかと思うと、気が気でなかった。
――ガサッ!
鬼灯は尽の背後から突然現れた。素早く首筋に斬りかかる。
すると、女が隠していた小太刀でそれを受け止めた。
鬼灯の姿があらわになる。
「はっ!そんなん隠し持ってたのか。用心深い野郎だな!だがもう分かったろ、この技の前じゃてめえの盾は間に合わねえ。その棒切れが折れるまで付き合ってやるよ!」
鬼灯は一転して優勢になり、余裕そうな表情をしている。
「……確かに、ここにいると危ないわね」
そうつぶやくと、女は先程の箱から玉を、今度は二つ取り出し尽の近くへ駆け寄った。
「尽、いきなりで悪いけど、少し遠い所へ行ってて」
「今度は何をする気だ?」
「大丈夫。私もすぐに行くから、心配しないで。【転詠弐章‐対象転移】」
女が唱えた瞬間、尽の姿がその場から消えた。
「ちっ。まだ隠していやがったか。まさかてめえが【参玉】だとはな。」
「あの子をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかない。もうあの子はいないけど、まだやる気なら付き合ってあげるわ」
「言うじゃねえか。それが最後の言葉になるかもな!」
そう言うと鬼灯はまた消えた。
長い静寂が訪れる。
何一つ音のない世界が広がっていく。
「こっちだ」
またも背後を取った鬼灯は太刀を大きく振る。
盾を貼ることの出来ない間合いまで詰められていた。
「くらいやがれッッ!!」
「見えてるわよ。【撃詠壱章‐斬撃】!!」
鋭い斬撃が鬼灯の胴体に直撃した。
右肩から左腰にかけて紅い液体が勢いよく噴き出す。
「ぐぁッッッ!!!!!」
「ごめんなさいね。あいにく私は【参玉】じゃないわ」
「て、てめえ……【肆玉】か……聞いてねえ…ぞ……!」
鬼灯はその場に倒れこむ。思いもよらぬ攻撃が、無防備であった鬼灯には致命傷となった。
女は地に伏せる彼女に近づいたが、とどめを刺すような気配はない。
「……あなたもやるの?」
後ろで潜んでいた天音に向かって問いかける。
「いやいや、もうお手上げだ。鬼灯がやられたんだ。ぼくにどうこう出来る相手じゃあないよ」
「そ、賢明なのね。ちなみに、あなたたちの目的は何なの?【火】の玉で何をするつもり?」
「……答えたくないと言ったら?」
「まあ、答えなくても別にいいわ。大体は見当がついてるし」
「ははっ、全部バレてるってことか」
問答の最中でも天音に焦っている様子はない。今度は天音が女に質問をする。
「じゃあ、君はいったい何者なんだい?【肆玉】で君のような風体の人は、ぼくの情報にもご主人様の指令書にもない」
「……そうね、【炎神隊】とだけ伝えておくわ」
「――ッ!……そうか、それなら納得だよ」
聞き終わると女は天音に背を向けて歩き出した。
その背中に声をかける。
「見逃してくれるのかい?」
「別に、私は殺しをしに来てるわけじゃないの。あなたたちと一緒にしないで」
「そうだね。それは光栄だ」
女はそう言うと先程の【転】の玉を取り出した。
「【転詠壱章‐単体転移】」
辺りに再び静けさが漂った。
「……行ったか」
天音はその場に誰もいないのを確認すると、服の中から携帯を出してどこかへ電話をかけた。
「はい、天音です。大変なことになりました。はい、軽く状況報告をさせていただきます。こちらの被害は、鬼灯が軽傷のみです。……はい、申し訳ございません。相手は赤城尽と【炎神隊】を名乗る【肆玉】の女が一人です。玉は、確定しているものが【盾】【転】【撃】の3つ、あと1つは回復系のものだと思われます。……はい、わかりました」
天音はそう言って携帯を閉じると、小さくため息をついた。
振り返ってしゃがみ込み、意識が朦朧としている鬼灯に話しかける。
「うぅ……」
「ほら鬼灯、帰るよ」
そう言うと天音は軽々と鬼灯を持ち上げ、山道を歩き始めた。
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「いってえ……。どこだ、ここ……?」
気が付くと、尽は見覚えのない建物の中にいた。